一番星をこの手に堕とせ!

阿月杏

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1 ぽんこつ魔族の重大任務

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 ――話は、しばらく前に遡る。


 魔界で暮らしていた俺はある日、『宵闇の魔王』ことネイロ様の屋敷に呼ばれた。
 ネイロ様は、家系図上では俺の従兄弟に相当する方。なのだが、『魔王』という呼び名の通り、俺たち一族のボス的存在でもあった。

「お久しぶりです、ネイロ様」
「よく来たね、ノア。顔を上げて」

 灰色の長い髪、荘厳で立派なツノ。鋭くも優しい眼差しからは、まさに魔王のカリスマ性を感じられる。
 ネイロ様には、俺が一人前の魔族になれるよう、仕事を回してもらったり、人脈を繋げてもらったり……何かと良くしていただいている。表向きは他の魔族にも恐れられる『魔王』だが、身内にはわりと甘い。それがネイロ様だ。
 そんなネイロ様は、椅子に腰掛けたまま、俺に向けて語りかける。

「今日は、ノアに頼みたい仕事があって」
「仕事……ですか」
「そう。お前は……『宵闇の魔王』たる私の血縁でありながら、魔力をほとんど持たない子だろう?」
「……はい」

 というのは、俺のコンプレックスだ。
 『魔王』と呼ばれる存在は、魔族の中でも豊富な魔力を持ち、様々な魔法を使いこなすことが出来る。従って、その血を引く魔族も、優秀な者であることが多い……のだが。
 どういうわけか、俺はほとんど魔力を持っていない。ツノや尻尾は生えているし、背中の羽で飛ぶことも出来る……が、魔法はさっぱり使えないのである。つまるところ、俺は魔王の血縁の中でも『ハズレ』なのだ。

「……可愛げのないぽんこつ魔族に、出来る仕事なんてあるんですか?」
「こらこら、そんなことを言わないでおくれ。私からしたら、ノアはとても可愛い子だよ。魔力こそないけれど、聡明で勉強熱心で……決してぽんこつなどではないさ」

 ネイロ様のフォローが手厚い……。
 が、しかし。ここまでベタ褒めするということは、何か厄介な仕事なのかもしれない。『大丈夫、ノアなら出来るから』という言葉に、何度丸め込まれてきたことか。
 そんな俺の警戒は、どうやら当たっていたらしい。

「我ら魔族を祓わんとする組織の一つ、エレンゼ教会。そこに、『星の子』と呼ばれる――シエル・クロムハートという少年がいる」

 ひらり、と一枚の紙が俺の手元に飛んでくる。
 それは、ネイロ様が挙げた少年……『シエル・クロムハート』の資料らしい。ざっと目を通した限り、人相書きや生い立ちなど、簡単な情報が載っているようだ。

「彼は人間としては驚異的な量の聖魔力を有しており……このまま教会の教育を受け、神官として成長すれば、間違いなく我ら魔族にとって恐ろしい敵となることが予想されている」

 なるほど、と俺は資料を読みながら頷く。
 魔族が聖魔術を浴びると、身体は焼かれ、魔力も削り取られるという。聖魔力を持つ人間は、魔族の天敵なのだ。今はまだ幼いようだが、人間の成長は早い。うかうかしていたら、すぐに俺たち魔族を滅ぼしかねない存在になるだろう。

「ということで、ノア。お前には、この少年を"堕として"ほしいのだ」
「……え?」

 俺は資料から顔を上げる。
 ネイロ様は穏やかな微笑みで、俺のことを見つめていた。それはもう、何てことないように、だ。

「教会に人間の振りをして潜入し、『星の子』が我らの敵にならぬよう誘導するのだ。あわよくば、我らの仲間に引き込んでも良い」
「ちょっ……ちょっと待ってください。確かに俺の魔力は少ないですが……それでも、れっきとした魔族ですよ? 教会に忍び込むなんて、いくら何でも無茶じゃありませんか?」

 ただ人間の中に紛れるとは訳が違うのだ。
 教会の人間というのは、大抵魔族を敵視している。聖魔術を使える人間もいることだろう。もし正体に気付かれるようなことがあれば、俺の身は確実に危険に晒される。当然、ネイロ様はそれを分かっていると思うのだが……。

「いいや、ノアなら出来る」

 きっぱりと言い切られる。

「魔力の少ない魔族なら、他にもいる。その中でノアにこの仕事を任せたいと思ったのは……お前を信頼しているからだよ」
「……」

 そう、ネイロ様はこういう方。身内に甘いが、それはそれとして容赦なく駒としても使うのだ。優しい囁きで言いくるめて、逆らえないようにして。
 そんなことを言われてしまうと、黙るほかない。……従うほかない。

「……分かりましたよ。やれば良いんでしょう、やれば」
「ふふ、ありがとう。私はノアのことを信じているからね」


 ……そんなこんなで、俺には重大任務が課せられてしまったのである。
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