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第2章 異世界の始まり
第五話『少年と文字〜前編〜』
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翌朝。
柔らかな光が窓から差し込み、ハルトはまぶたをゆっくりと開いた。
部屋の外から聞こえる物音に気づいて起き上がると、エリナたち三人が装備を整えているところだった。
エリナは腰に短剣を下げ、ダリオは肩に剣を担ぎ、アレンは槍のような武器を手にしている。どうやら出かける準備をしているようだ。
ハルトの視線に気づいたエリナが近寄り、両手で「待ってて」と示すように掌を前に出し、さらに部屋を指差して笑顔を見せた。
言葉が通じなくても、その意図ははっきりわかる。
――家で待っていてほしい。
ハルトは静かに頷いた。
3人が家を出ていき、扉が閉じると急に静けさが降りた。
一人残されたハルトは、時間を潰そうと部屋を見回し、棚に並べられた本の一冊を手に取った。
革表紙の重たい本。
ぱらぱらとページをめくる。
しかし、そこに並ぶ文字はまるで暗号のようだった。
線や曲線が絡み合った見慣れぬ文字列。
人との会話なら、相手の表情やジェスチャーで意味を推測できた。けれど、文字はそうはいかない。
「……無理だな」
小さく呟いて本を閉じる。
どうあがいても読めそうにない。
ため息をつき、ハルトは本を棚に戻した。
リリアたちが出ていった後、しばらくは大人しく家の中を見回していたハルトだったが、やがて落ち着かない気持ちが胸をざわつかせた。
(……少しくらいなら、外に出ても大丈夫だろ)
そう考えて扉を開けると、眼前には賑やかな町の光景が広がっていた。
石畳の道、木と石で作られた家々、行き交う人々の声。
耳に飛び込んでくる会話はまだ完全には理解できないが、単語や抑揚、身振りでなんとなくの意味が掴める。
買い物の値段交渉、近所の世間話、子どもたちのはしゃぎ声。
少しずつ、この世界の生活の匂いが肌に染み込んでいくようだった。
歩いているうちに、鮮やかな色合いの果物が山と積まれた露店の前で足が止まった。
見たこともない紫色の球体、星型に割れた実、表面が光沢を帯びた青緑の果物。
好奇心に突き動かされ、ハルトは一つを指差し、首をかしげながら尋ねる。
「……これは?」
店主らしき中年の男は少し驚いたように眉を上げ、短く名前を告げた。
ハルトは復唱する。
別の果物を指差し、また問いかける。
「これは?」
店主はまた答える。
そして復唱。
――そのやり取りを繰り返すこと、数分。
「これは?」
「これは?」
「これは?」
店主の表情がみるみる険しくなっていくのがわかった。
やがて男は声を荒げ、手を振り払うようにして怒鳴った。
「◇※△――!」
具体的な意味はわからない。
だが、その口調と仕草から、「冷やかしなら帰れ」と言っているのだと直感できた。
ハルトは反射的に身を引き、居心地の悪さを感じながら露店を離れた。
石畳の道を歩いていると、ふと視線の先に一組の男女……いや、男と少年の姿が映った。
男は粗野な風貌で、無精髭に乱れた衣服をまとい、がっしりとした手で隣の少年の手首を強く握っている。
少年は小柄で、年の頃は十歳にも満たないだろうか。
ぱっと見には親子にも見える。だが、仕草や雰囲気のどこかが決定的に違った。
男の眼差しは、子に向けるものというより獲物を押さえ込むような硬さがあり、少年の表情には萎縮と怯えしかなかった。
すれ違いざま、ハルトは無意識に少年の方へと視線を送る。
――目が合った。
一瞬。だが、その瞳の奥に、確かな「恐怖」が宿っているのが伝わった。
その瞬間、ハルトの脳裏に弟の顔が重なった。
胸がざわつき、足は自然に動き出していた。
(……放っておけない)
ハルトは、距離を取ってその男と少年の後を追っていた。
人通りの少ない裏通りを抜け、さらに奥まった細い路地を進んだ先。
男は古びた木造の建物へと入っていった。
表札もなく、窓は板で打ち付けられ、外からは生活感すらほとんど感じられない。
ハルトは少し離れた場所に身を潜め、様子を窺った。
やがて周囲に人気がなくなったのを確かめてから、ゆっくりと家の近くへ移動する。
扉に耳を寄せ、息を殺した。
――静寂。
しばらくは何も聞こえなかった。
だが、十分ほど経った頃、不意に「ガタッ」と何かが倒れるような音がした。
続けて、か細い声が一瞬だけ漏れ出す。
「……っ!」
それは少年の声に違いなかった。だが、すぐに途切れた。
おそらく男が口を塞いだのだろう。
胸の奥が熱くなる。
考えるより先に、ハルトの足は動いていた。
「……ッ!」
全身に力を込め、扉へと蹴りを叩き込む。
乾いた衝撃音とともに、古びた木の扉が勢いよく内側へ吹き飛んだ。
柔らかな光が窓から差し込み、ハルトはまぶたをゆっくりと開いた。
部屋の外から聞こえる物音に気づいて起き上がると、エリナたち三人が装備を整えているところだった。
エリナは腰に短剣を下げ、ダリオは肩に剣を担ぎ、アレンは槍のような武器を手にしている。どうやら出かける準備をしているようだ。
ハルトの視線に気づいたエリナが近寄り、両手で「待ってて」と示すように掌を前に出し、さらに部屋を指差して笑顔を見せた。
言葉が通じなくても、その意図ははっきりわかる。
――家で待っていてほしい。
ハルトは静かに頷いた。
3人が家を出ていき、扉が閉じると急に静けさが降りた。
一人残されたハルトは、時間を潰そうと部屋を見回し、棚に並べられた本の一冊を手に取った。
革表紙の重たい本。
ぱらぱらとページをめくる。
しかし、そこに並ぶ文字はまるで暗号のようだった。
線や曲線が絡み合った見慣れぬ文字列。
人との会話なら、相手の表情やジェスチャーで意味を推測できた。けれど、文字はそうはいかない。
「……無理だな」
小さく呟いて本を閉じる。
どうあがいても読めそうにない。
ため息をつき、ハルトは本を棚に戻した。
リリアたちが出ていった後、しばらくは大人しく家の中を見回していたハルトだったが、やがて落ち着かない気持ちが胸をざわつかせた。
(……少しくらいなら、外に出ても大丈夫だろ)
そう考えて扉を開けると、眼前には賑やかな町の光景が広がっていた。
石畳の道、木と石で作られた家々、行き交う人々の声。
耳に飛び込んでくる会話はまだ完全には理解できないが、単語や抑揚、身振りでなんとなくの意味が掴める。
買い物の値段交渉、近所の世間話、子どもたちのはしゃぎ声。
少しずつ、この世界の生活の匂いが肌に染み込んでいくようだった。
歩いているうちに、鮮やかな色合いの果物が山と積まれた露店の前で足が止まった。
見たこともない紫色の球体、星型に割れた実、表面が光沢を帯びた青緑の果物。
好奇心に突き動かされ、ハルトは一つを指差し、首をかしげながら尋ねる。
「……これは?」
店主らしき中年の男は少し驚いたように眉を上げ、短く名前を告げた。
ハルトは復唱する。
別の果物を指差し、また問いかける。
「これは?」
店主はまた答える。
そして復唱。
――そのやり取りを繰り返すこと、数分。
「これは?」
「これは?」
「これは?」
店主の表情がみるみる険しくなっていくのがわかった。
やがて男は声を荒げ、手を振り払うようにして怒鳴った。
「◇※△――!」
具体的な意味はわからない。
だが、その口調と仕草から、「冷やかしなら帰れ」と言っているのだと直感できた。
ハルトは反射的に身を引き、居心地の悪さを感じながら露店を離れた。
石畳の道を歩いていると、ふと視線の先に一組の男女……いや、男と少年の姿が映った。
男は粗野な風貌で、無精髭に乱れた衣服をまとい、がっしりとした手で隣の少年の手首を強く握っている。
少年は小柄で、年の頃は十歳にも満たないだろうか。
ぱっと見には親子にも見える。だが、仕草や雰囲気のどこかが決定的に違った。
男の眼差しは、子に向けるものというより獲物を押さえ込むような硬さがあり、少年の表情には萎縮と怯えしかなかった。
すれ違いざま、ハルトは無意識に少年の方へと視線を送る。
――目が合った。
一瞬。だが、その瞳の奥に、確かな「恐怖」が宿っているのが伝わった。
その瞬間、ハルトの脳裏に弟の顔が重なった。
胸がざわつき、足は自然に動き出していた。
(……放っておけない)
ハルトは、距離を取ってその男と少年の後を追っていた。
人通りの少ない裏通りを抜け、さらに奥まった細い路地を進んだ先。
男は古びた木造の建物へと入っていった。
表札もなく、窓は板で打ち付けられ、外からは生活感すらほとんど感じられない。
ハルトは少し離れた場所に身を潜め、様子を窺った。
やがて周囲に人気がなくなったのを確かめてから、ゆっくりと家の近くへ移動する。
扉に耳を寄せ、息を殺した。
――静寂。
しばらくは何も聞こえなかった。
だが、十分ほど経った頃、不意に「ガタッ」と何かが倒れるような音がした。
続けて、か細い声が一瞬だけ漏れ出す。
「……っ!」
それは少年の声に違いなかった。だが、すぐに途切れた。
おそらく男が口を塞いだのだろう。
胸の奥が熱くなる。
考えるより先に、ハルトの足は動いていた。
「……ッ!」
全身に力を込め、扉へと蹴りを叩き込む。
乾いた衝撃音とともに、古びた木の扉が勢いよく内側へ吹き飛んだ。
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