完璧地球人は魔法無しで異世界を救う

前方に瓜

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第2章 異世界の始まり

第六話『少年と文字〜後編〜』

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蹴破った扉の向こう。
目に飛び込んできた光景に、ハルトの血が一瞬で沸騰した。

薄暗い部屋の中。
男は全裸で、少年の服は裂け、肩口や腕に無惨な痕が残っていた。
その顔は怯えと涙で濡れ、震えながら助けを求めるようにこちらを見つめている。

――頭の中が真っ白になった。

理屈も、逡巡もなかった。
ただ真っ直ぐに男の元へと駆け寄る。

「ッ――!」

勢いのまま振り抜かれた拳が、男の顔面を正面から打ち砕いた。
鈍い衝撃音。
巨体が床に転がり、そのまま動かなくなる。

ハルトは荒い息を吐きながら拳を握り締めたまま、もう一発を叩き込もうと腕を振り上げ――
だが、直前で止まった。

(……これ以上は、死ぬ)

自分の力の強さを自覚していたからこそ、冷静な思考がわずかに残った。
震える拳を下ろし、ハルトはただ気絶した男を睨みつけることしかできなかった。

気絶した男を一瞥《いちべつ》したあと、ハルトは少年の前にしゃがみ込んだ。
怯えた瞳をまっすぐに見つめ、できるだけ優しい笑みを浮かべる。

「……大丈夫か?」

言葉は伝わらないかもしれない。
だが両手を胸に当て、首を傾げるジェスチャーで気遣いを示すと、少年は涙を拭いながら小さく頷いた。

安心の息がこぼれる。

ハルトは昨日はエリナたちから教わった言葉を思い出し、ゆっくりと口にした。
「……オレに、“言葉を教えてほしい”」

少年は驚いたように瞬きをしたあと、こくりと頷いた。
その仕草に、ほんの少し笑顔が戻っているのが見えた。

「よし、行こう」

ハルトは少年の体を軽々と抱え上げ、背中に乗せる。
そしてそのまま駆け出した。
町の喧騒の中へ戻るために。
そして、自分の帰る場所――あの家へ帰るために。

少年を背負って走り出すと、ハルトはすぐに自分の異常さに気づいた。
石畳の道を全力で駆け抜けているのに、息は乱れず、脚は軽い。
視界の端を流れていく景色の速さは、まるで馬車の車輪のようだった。

(……速い。しかも、疲れない……これが“森羅万象”の力か)

背中の少年が楽しげな声を上げる。
言葉は完全には理解できないが、風を切る声色と笑顔で「まるで馬車みたいだ!」と喜んでいるのが伝わった。

走る合間も、少年は周囲の物を指差しては言葉を教えてくれた。
「――トラ(道)」
「――ナヴ(家)」
「――フィオ(空)」

ハルトは復唱しながら頭に叩き込んでいく。
昨日から続く学びの連鎖が、まるで自然に呼吸するかのように身についていった。

やがて、背中の少年が胸に手を当てて名乗る。
「……カイル」

それが自分の名前だと理解するのに時間はかからなかった。
「カイル……」
呼び返すと、少年は少し照れたように笑った。

しかし、ボロボロに裂けた服を見て、ハルトの胸は締め付けられる。
(……こんな姿で、一人にしていいのか?)

必死にジェスチャーで「家に帰そう」と伝えてみる。
けれど、カイルは首を横に振り、背中にしがみついた。
その小さな体の震えが、どれほど帰りたくないのかを雄弁に語っていた。

「……そうか」

無理に突き放すことはできなかった。
ハルトは進路を変え、リリアたちの家へと走り続けた。
少年を――カイルを連れて。

家に戻ると、ハルトは昨日手に取って読めなかった本をもう一度開いた。
そしてカイルを隣に座らせ、必死にジェスチャーで「文字を教えてほしい」と頼む。

カイルは少し驚いた顔をしたが、すぐに笑って頷き、本の文字を指差しながら一つひとつ声に出していった。
「ア……ベ……カ……」
子どもの声が響くたび、ハルトの頭に鮮やかにその形と音が焼き付いていく。

もともと異常な記憶力を持つハルトにとって、その作業は呼吸のように自然だった。
わずか一時間ほどで、文字の形と読み方をすべて習得してしまったのだ。

次にハルトは、本をめくりながら単語を指差し、カイルに読んでもらう。
「……ミルナ(水)」「……ゾラン(光)」
カイルが意味を知っているものは答えてくれた。
けれど、ところどころで首をかしげ、分からない単語は飛ばしていく。

(あとでエリナたちに聞けばいいな……)

そう心の中で考えつつ、ハルトは次々と新しい単語を頭に刻んでいった。
その作業は終わりのないゲームのようで、いつの間にか二人は夢中になっていた。

気づけば、窓の外の光は赤く染まり、やがて闇に包まれていく。
本を挟んで向かい合うハルトとカイルは、日が暮れるまで黙々とその学びを続けていた。
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