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第五話「銀髪の幼馴染」

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 忘れもしないミハイルとの初めての出会い……。

 小学校一年生、母に紹介されたのが芥川ミハイルだった。なんでも父の兄がロシア人のお嫁さんと結婚していたらしく、ミハイルは俺にとって従兄弟(いとこ)の幼馴染だった。

 家に遊びに来た時、母から「一緒に遊んであげなさい」と言われてミハイルと遊ぶことになった。
 まだ可愛げがあった俺はミハイルを連れて家の敷地の庭に出た。

 丁度、ミニサイズのすべり台や縄跳びがあったので遊ぶための道具は十分揃っていた。

「ぼく銀治って言うんだ、よろしくね!」

 はにかんで握手しようと手を差し出すが、ミハイルはもじもじとして手を出してくれない。

「どうしたの?」
「う、ううん……その……」
「そう? なら握手しよ!」
「あ、くしゅ……?」
「そうだよ!」

 首を傾げながら呟くミハイル。俺はミハイルの手を掴んで握り締めた。

「はい、握手!」
「あくしゅ……」
「そう、これで僕とミハイルは友達だよ!」

 はにかんで笑顔で言うと、ようやくミハイルは嬉しそうに微笑んだ。

「ぎんじ、君……?」
「なに?」
「ぎ……ぎん……ぎんじ」

 何か言いづらそうに何回も名前を口にするミハイルに、今度は俺が首を傾げた。

「呼びにくいならギンって呼んでいいよ!」
「ぎ……ギン君?」
「うん!」

 大人しそうな雰囲気と話し方だったから俺はここで勘違いをした……盛大に間違えた……。

 ――俺はミハイルが女の子だと思って接していた……。

 二人で交互に縄跳びやすべり台で遊び、かけっこをしたり……とても楽しかった事は今でも微かに記憶に残っている。

 昼間から遊んでいたのに気が付けば夕方だった。
 父の兄夫婦がもう帰る時間ということで、玄関から俺たちに向けて声が聞こえた。

「ミー君、帰るよー」
「うん!」

「わぁ……」

 綺麗な長い銀髪の女性がミハイルを呼んでいた。めちゃくちゃ綺麗だった。母と比べると天と地かと思う程綺麗だった。神様か女神かと思った。

「ギン君っ!」

 見惚れている間にミハイルが俺の視界に横から映り込んできた。一歩前に出たらぶつかる距離感に少しドキドキする。

「な、なに?」
「その……ミー君って呼んで欲しいなって……」
「ミー君?」
「うん!」

 満面の笑みのミハイルに顔が熱くなっていた。

「また遊んでね!」
「う、うん!」

 目線を逸らすために顔を横に向けたその時だった。

 不意に抱きつかれ――
「ちゅっ……」

 頬に柔らかいものが当たる感覚、微かに触れた肌の温かさに、俺は驚いて目を見開いていた。
「っと……」

 離れたミハイルに目を向ける。

「……え……えっ⁉」

 手を後ろに回してもじもじするミハイルに顔が熱くなる。

「そ、その……一緒に遊んでくれたお礼に……と思って……んじゃ!」

 言い終えると照れた顔のミハイルが庭から玄関に向かって走り出した。

 初めてキスをされた俺はまだ感触の残る頬を手で押さえながら固まっていた。

 胸の中で動くものを感じたのはこの時が初めてだったかもしれない……。奪われた俺のファーストラブ……。

 そして、次に会った時は小学校三年生の時――

 スカートを履いて女の子の恰好で現れたから、確実に女の子だと思っていた。思わされた。

 だが、事件は唐突に起きた。

 夏場に遊びに来ていたミハイルと俺は家族全員でプールに遊びに行った。その時だってミハイルは女の子の恰好だった。可愛かったし嬉しかった。

 しかし、なぜか男子更衣室で着替え始めるミハイルに俺の視線は果てしなく泳いでいた。とてつもなくドキドキした。好きな女の子が目の前で着替えるなんて一生の宝物だと、そう思っていた。

 ――だが、冷めるまでは一瞬だった。

「なっ……ななっ……⁉」
「どしたの?」
「え、え……」
「うん?」

 ミハイルにアレが付いていた…………。

 昔の俺に教えてやりたい……。ミハイルは好きにならないでと……。もし、過去の俺に伝えられるなら拳を握り締めながら伝えてあげたい……。

 俺の……俺の初恋は……木っ端微塵に、粉々に、散り散りに砕け散った。

 まさかの初恋の相手が男の子だった衝撃に全俺が泣いた……。


 悔しくて泣き崩れたあの夜は今でも忘れない……――
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