理葬境

忍原富臣

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第三話「黒百合村」

~終わりの始まり~

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みんよ」

 剛昌ごうしょうは諦めに似た表情を一瞬だけ浮かべた後、真剣な顔つきで泯へと声を掛けた。
 泯は剛昌を見返す。

「はい」
「……黒百合村の一件、大儀であった」
「はい……」

 泯は姿勢を正して剛昌の言葉を頂戴した。しかし、込み上げてくるものに耐えられず、泯は再び笑い出した。
 泯の様子に剛昌は困惑した面持ちで問いかける。

「何かおかしかったか?」
「……いや、その、本当に兄様は不器用だなと」

 話の流れから感謝を述べるまでの間、剛昌は色々な事を考えていた。だが、起承転結の「起」と「結」しかない剛昌の言葉に、泯は涙を流して笑っていた。

 泯の態度に怒ったのか、剛昌は少しだけ眉をひそめて首を振った。

「ふん……」
「ふふっ、すみません」
「謝罪する者の態度ではないな」

 横目で睨む剛昌とは逆に、泯は微笑みながら「そうですね」と返事をした。
 剛昌の妹である泯には、ある程度兄の考えている事は分かっていた。本気で怒らず、注意するほどの優しい怒り方。口調は強いが確かにそこには剛昌なりの温もりがあった。

「ゴホン……まあいい。それよりも席を変わってくれ。ここはどうも落ち着かん」
「はいっ」

 剛昌は手記のある自分の椅子へと場所を移り、泯もいつも通りの位置に自然と身体が動いていた。
 双方が定位置へと戻った後、剛昌は手記の内容に再び目を通して黒百合村の事を考えた。

 剛昌は真剣な表情で手記を見つめる。

「それにしても……」

 机に肘をついて考える剛昌。空気が変わった事を感じて、泯も忍びとしての顔へと切り替える。

「どうしたのですか?」

 一人で考察している剛昌に泯はその内容を尋ねる。

「これで本当に終わったのだろうか、とな……」
「どういうことですか?」
「手記に残された言葉を手掛かりに黒百合村を破壊したが――」

 剛昌はそこで言葉を切った。目のやり場を変えながら次に発する言葉を探しているようだった。

「もしも……]

 剛昌の口がゆっくり開いた。

「はい」

「もしも、飢饉で苦しんでいった民達全員の恨みで春桜様が死んだのなら、息子である春栄様も危ないかもしれない……」
「それは……」

 泯は否定しようとした。だが、春桜の手記を見てしまったせいで剛昌に返す言葉は浮かばない。信じがたいけれど、民に呪われて死んだのは手記を読めば間違いなさそうだ。
 飢饉による供養の出来なかった者達の怨念なら、黒百合村だけで済まされる話ではないのかもしれない。

 つまり、悪夢の根源は黒百合村だけではないのかもしれない――
 剛昌と泯が互いに考えることは同じだった。

「剛昌様、すぐに他の村や町に調査しに参ります」
「いや、今日は一日身体を休ませろ。昨日から寝てないのだろう」
「これくらいどうってことはありません」

 黒百合村は王城から半日はかかる場所。その為、泯は昨日の朝、太陽が上がると同時に出発した。馬を途中で降りて仮眠し、夜中に任務を開始。それから王城へと帰ってくるまでの間、泯はきちんとした睡眠をとっていなかった。

 剛昌は冷静に泯へと次の任務を告げる。

「途中で体調を崩されては困る。明日、城下町と周囲の村の様子を見てきてくれ」
「しかし……」
「黒百合村の事もすぐに広まる。私はそちらの準備を進めておく」
「……承知致しました。少し休んでから――」

 ギィィ……と音を立てて開く扉に二人は瞬時に視線を向けた。

「少し失礼しますね」

「お前……」
「貴方は……」

 剛昌の部屋へと入ってきたのは大臣の翠雲すいうんだった。

「何をこそこそしているのかと思えば……私に隠し事なんて水臭いですね」

 微笑みながらゆったりとした翠雲とは対照的に、二人は内心で激しく動揺していた。

「……」
「翠雲様……」
「あまり聞き耳を立てる趣味はないんですけどね……今回ばかりは放っておけません」

 翠雲はそう言いながら中へと入って扉をそっと閉めた。

「剛昌、話して頂けますか?」

 いつもは微笑む翠雲が、この時ばかりは「話せ」と言わんばかりの強めの口調で剛昌へと問いかけた。

「これは俺の問題、口出し無用だ」

 剛昌も言い返して睨みつけたが、翠雲もまた剛昌のことを冷徹に見返した。

「いえ、私達の問題です。黒百合村の件を私が知らないとでもお思いですか?」

「なっ……⁉」

 翠雲の言葉に声を出して驚いたのは泯だった。今さっき、遠い道のりを帰ってきたばかりなのに、翠雲は今日の黒百合村の出来事を知っているような口振りをした。

「泯、お前は席を外せ……」

 剛昌が翠雲の方を向いたまま、泯へと手で合図を送る。

「……承知致しました。翠雲様、失礼致します……」

 泯は頭を下げて、翠雲の横をするりと抜けてその場を逃げるように出ていった。
 扉がそっと閉まるのを確認し、剛昌は軽く深呼吸をした。そして、立っている翠雲へと呟くように声を掛けた。

「立ち話もなんだ、座れ」
「そうですね」

 翠雲は剛昌に向かい合うように椅子へと座った。
 剛昌は手記を手元に寄せ、翠雲に悟られないように手を手記の上に乗せた。

「それで、いつから聞いていたんだ」
「何をですか?」
「俺たちの話をだ」
「いえ、聞いていませんよ。入る前に少しだけ黒百合村のことが聞こえたくらいです」

 微笑む翠雲に対して剛昌は苛立ちを見せる。

「聞き耳を立てていたのではないのか?」
「ですから、入るときに少しだけ」

 指と指の幅で「少し」と伝える翠雲に剛昌は長い溜め息を吐いた。

「だからお前は嫌いなんだ……」
「私は好きなんですけどね」

 にこやかにしている翠雲に主導権を握られまいと、剛昌は翠雲を威圧的な目で睨みつけた。

「それで、いつから気付いていたんだ?」
「貴方が城下町で聞いて回っている時ですかね」

 やはりこいつにはお見通しだったのかと、剛昌は頭を抱えた。

「……情報は兵士達からか?」
「ええ、貴方は律儀ですから必ず兵士を連れて行く。そこに大臣の火(ひ)詠(えい)に頼んで同行してもらったのですよ」

 翠雲は少しだけ微笑み、剛昌は苦笑していた。

「お前の一番弟子の火詠か……面倒なことをしてくれる……」
「兵隊長の時からの付き合いですからね、貴方も知っているでしょう?」

「だからあの時、あの兵士は尋ねて来たのか……」

 同行する兵士は基本的に話しかけないのが暗黙の了解だった。しかし、火詠は詮索する為に道中で剛昌へと質問をした。

 情報を聞くためにあんな子芝居を……と、剛昌は怪訝な表情を浮かべた。

「ええ、そして火詠には黒百合村の任務にも同行してもらいました」
「何処までも抜け目のない男だ……」

 翠雲に知られていたことに溜め息が止まらない剛昌。

「さて……」

 先程まで微笑んでいた翠雲は表情を切り替えて真剣な目で剛昌を見つめた。

「貴方も、いつまでも一人で責任を負うのはよくない。話していただけますか?」
「……」

 剛昌は迷っていた。手記のことを翠雲に伝えれば動きやすくなる。それに、この男ならば解決まで導くことが出来るかもしれない。ただ、それは自分の望む結果ではない。
 全ての責任を持って最後は自らも消える。帳消しにするというのが剛昌の考えだった。
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