別れさせ屋 ~番解消、承ります~

冬木水奈

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3.再会

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 時籐は更科と見つめ合って暫時絶句した。
 見下ろす顔は少し大人びてはいるが、かつての同級生そのものだった。
 色素の薄い髪と目に、小造りに整った顔立ち、秀でた額と透き通るような薄茶の目。
 男にしては繊細に整ったその顔立ちゆえに、一部の生徒から王子とあだ名されていたことを思い出す。更科はまさにその表現が正しいような美男子だった。
 その横顔をこっそり追うようになったのはいつからだったか。

「うわ、時籐? 二年と三年のとき同じクラスだった時籐だよな? N中の」
「……ああ」
「こんな偶然あるんだなー! 久しぶり、元気してた? って、そういうアレじゃねえか今。ごめん、俺ここにいちゃいけねぇよな」
「……まあ、オメガじゃないんなら」

 すると更科はコートを手に席を立った。そしてこちらに目が釘付けになっている客たちに頭を下げる。

「すみません、間違えて入りました。すぐに出ます」

 それから一緒に来た青年に顔を向けて小さい声で言う。

「一旦出ましょう。他でどこか場所探しますんで」
「……そうですね。我儘言ってすみません、僕のせいで」
「全然大丈夫です。安心な環境で話したいっていうのもよくわかりますし」

 このあたりでだんだん気まずくなってきた。どうやらこの店に来ようと言ったのは「ちぃちゃん」と呼ばれた青年の方らしい。
 安心な環境――おそらくはアルファやベータの男がいない空間のことだ。
 だが、肝心の話し相手はアルファの更科である。更科は怖くないのか。
 話し方からして友人や恋人ではない。どちらかというと頼み事を受けた知り合いかなにかに見えるが、訳ありのようだ。
 察するに込み入った話をしたいが他のアルファがいる場所は嫌、ということだったのだろう。
 ここにきてなんだか自分がとてつもない悪者のように思えてくる。

 更科は、時籐が出会った中で最も安全なアルファの一人である。中学時代、怖い思いをしたことは一度もなかった。
 おそらくはそういった人柄を考慮してママも特別に入店を許可したのだ。
 そして更科はしっかりと抑制剤を飲むという配慮までしてこの店に来た。実際、更科がアルファだと気付いた様子の者は時藤以外にいなかった。
 それを自分が暴露し、店から追い出すような真似をしたのだ。残業続きでイライラしていたとはいえ、幼稚すぎる自分が恥ずかしかった。
 だがどうすることもできない。時籐は気まずい思いで、謝りながら店を出る二人を見送った。
 そうして席に戻り、ため息を吐く。やってしまった。更科との再会がこんな最悪な形になるとは……。

「はぁ……」

 更科は昔からオメガに優しかった。
 それは時籐に限った話ではなく、クラスの他のオメガにもそうだった。彼に感謝したオメガは時籐だけではなかったに違いないと断言できる。
 思春期特有の残酷さでもって下品なからかいをする男子生徒を、彼はいつもそれとなく窘めていた。そして排斥されがちなオメガを必ずクラスの輪の中に入れた。
 だから今でもオメガからの相談に乗ることも多いのかもしれない。
 今日もそういった話だったとしたら、それをぶち壊し、晒し上げるような真似をして二人を店から追い出した自分はどう見えただろうか? 
 ネックガードは独身の印――いまだ独身でその上狭量で過敏なオメガだと思われたに違いない。
 普通に考えて自分を追い出した相手をよくは思えないだろう。

「ったく、何であんなこと言っちゃったかな……」

 酒を煽りながら呟くように言う。どんなに後悔したところで過去は変えられない。覆水盆に返らず。ちょっと憧れていた同級生との再会は、嫌な奴として見られただけで終わりだった。
 それからの食事は味がしなかった。そして酒のペースだけが上がってゆき、グラスが次々空になる。

「何でうまくいかないんだよ~……」

 酔いが回り、カウンターに突っ伏してくだを巻いていると、ママが手からグラスを取り上げた。

「ほーら、もう終わり。ね? 帰れなくなっちゃうよ」
「もう一杯~……」
「はいお水。これ飲んで目ぇ覚ましなさい」

 非情にもおかわりは貰えなかった。時籐は酔いつぶれる一歩手前で踏みとどまり、席を立つ。
 時計を見るともう二十三時半を回っていた。あまりぐずぐずしていると終電に間に合わなくなる。

「ママ~、お会計お願いします」
「はいはい、今日は飲んだねえ~」

 ママはお釣りを手渡しながら言った。

「あのことは気にしなくていいからね。私も悪かったし」

 ここで周囲に人がいないのを確認し、声を低めて言う。

「啓ちゃんと知り合いみたいだから今ここでは話せないけど、今度会ったらそれとなく聞いてみて。私が何で入店許可したかわかってくれると思う」
「その必要はないよ。もう納得してるから」
「えっ? そうなの?」

 ママは意外そうな顔をした。それに頷いてみせる。

「うん。あいつはめちゃくちゃいい奴だからオメガに危害を加えることは絶対ない、そういう判断だろ? わかるよ、俺もあいつに助けられたことあるし」
「やっぱり知り合いだったのね」
「そう。中学ん時の同級生。その頃からめちゃくちゃいい奴でさ、怖い思いしたことなんてなかった。オメガにめっちゃ優しくて色々相談とかも乗ってたみたい。今もそういうことしてんだな」
「そうみたいね」
「なんかごめん。余計な事しちゃって」

 するとママはあいまいに笑った。

「いいのよ」
「あいつにも後で謝っとかなきゃなあ……連絡先知らねえけど」
「じゃあ今度ちぃちゃん来たときにでも聞いといてあげる」
「いいよそんな……」
「いいのいいの。今回の件は私も悪かったし、そのぐらいさせて?」
「……わかった。ありがとう」

 ママは笑顔で頷いて時籐の肩をポンと叩いた。

「それじゃあね、気をつけて」
「うん。じゃあまた」

 時籐はありがとうございましたー、という明るい声を背に店を出た。
 そしてフラフラと千鳥足で帰宅したのだった。

 ◇

  やっと更科に謝れたのはそれから約十日後のことだった。
 宣言通り「ちぃちゃん」から更科の連絡先を聞いてくれたママからゲットした番号にかけて、直接謝ったのだ。
 更科ははじめ戸惑っていたようだが、バーでのことだと説明すると笑って許してくれた。そして、せっかく久しぶりに会ったんだから飯でも行こうぜ、と誘ってくれた。
 その誘いを受けた時、応じるかどうかは正直迷った。
 アルファの更科とは『Fortissimo』のようなオメガフレンドリーな店に行けない。すなわち、周りに他のアルファが複数いるかもしれない空間に行く、ということである。
 それには正直抵抗があった。建前では平等でも、いまだオメガ差別というのは根強く、特にネックガード装着の状態で外出すると嫌なことを言われたりすることも少なくないからだ。
 だが、最終的にはオーケーした。更科と一緒であれば何かあったとき庇ってくれるという確信があったからだ。
 そこまで確信できるのは、中学時代にその行動をいちいち目で追っていたことがあるからだった。
 おそらく更科は初恋の人だったのだと思う。当時は男を好きになるなんてありえないと思い込んでいたから単なる憧れだろうと片付けていたが、ここにきて気づいたのは、確かに気持ちがあったらしいことだった。

 だが今それに気づいたところでもうどうにもならない。
 若宮との別れで散々苦しんだとき、アルファと番うことがどれだけリスクのあることかを知ったからだ。
 時籐はその時、もう一生アルファの友人も恋人も持たない、絶対に隙を見せないと決心した。
 だから憧れの元同級生とドラマチックな再会をしたからといって、それが何かに発展することはありえない。
 お詫び代わりに一回ご飯を奢って終わりだろう。
 時籐はそんなことを思いながら誘いを受けた翌週の週末、更科とご飯を食べに行ったのだった。

 十月下旬の土曜日の夕方、時籐は休日出勤と食材の買い出しを済ませて待ち合わせの焼肉屋に向かった。
 チェーン店ではなく少し高いところにしたのは、お詫びも兼ねての食事だったからだ。
 あの後、「ちぃちゃん」と更科は無事他の場所を見つけられたらしいが、だいぶ迷惑をかけたことにはかわりない。
 そのお詫びとしてチェーン店ではあまりにもなので、少し高級な焼肉店の席を予約した。
 各席が大きめのパーテーションで仕切られた席がある店だ。
 店に入ると、焼肉のいい匂いがした。十七時半と少し早めの時間だが、休日ということもあって混んでいる。
 店内には何人もアルファがいたが、更科の匂いが強すぎてほとんどフェロモンを感じられない。
 この間バーで会った時も思ったが、更科は随分フェロモン臭がする体質のようだった。
 それに少しクラクラしていると、奥の席まで案内した店員はごゆっくりおくつろぎくださいませ~、と爽やかに言って戻っていった。
 焼き網のあるテーブルが中央にある席で向かい合って座る。
 更科はメニューを開き、少し声を落として言った。

「うわー、俺ここ初めて来た。つかめっちゃ高ぇ。奢ってもらっちゃっていいの?」
「いいよ。好きなの食って」
「何か悪いなぁ」
「この間のお詫びだから」
「そんな気にしなくていーって。つうかよくわかったよなぁ。そんな匂いした?」
「うん。今日もめっちゃするけど」

 その答えに更科は少し怪訝そうに首を傾げた。

「マジ? 薬飲んできた方がよかったかな」
「いや、俺がそういうの敏感なだけだから大丈夫。気にしなくていいよ」
「いやでも焼肉台無しじゃん? ごめんな、臭くて。やっぱ飲んでくりゃよかったなー」

 そう謝ってくれる更科に既視感を覚える。
 更科はいつもこういうふうにオメガに配慮してくれていた気がする。
 まだ皆未熟な中学時代、そんなアルファは他にいなかったから強烈に印象に残っていた。

「いや全然……更科が謝ることじゃねえし。何食う?」
「俺はやっぱカルビかなー」

 二人は少しメニューを見て選ぶと、店員を呼んで注文した。
 注文を終えると時籐はおしぼりで手を拭きながら言った。

「改めてだけど、この前はごめん。あのバーのオーナーさんが許可してるのに余計なことした」
「いいよいいよ、あの後場所も見つかったし大丈夫。だからもう気にすんなって」
「……ああ」
「で、俺の方からも一応あの店に行った言い訳させてくれる?」
「うん」

 時籐が頷くと、更科は話し始めた。

「俺、今の仕事フリーランスでやっててさ、事務所とかなくて。だからクライアントさんとの打ち合わせ、だいたい外でやってて、いつもはこことか個室ある普通の店にするんだけど、今回のクライアントさん……あのちぃちゃんって呼ばれてた人が前に結構色々あったみたいで、アルファと一緒の空間が無理って人だったんだよね。あとアルファと二人きりってのも無理で。それで、店のオーナーさんに事前に承諾取って店に行かせてもらった。抑制剤も飲んでいったけど……でも無神経だった。あそこに行くべきじゃなかった。だから申し訳なかったと思ってる。あの時はごめん」
「いや、俺の方こそごめん。なんか、晒し上げるようなことして。……更科ってわかってたらあんなこと言わなかった」
「え、なんで?」
「だって更科は、その、俺らに嫌がらせとか、そういうのする奴じゃないってわかってるから」
「え、マジ? そんなふうに見てくれてたんだ、嬉しいなぁ~。つーかやっぱ俺だってわかってなかったんだ。だったらなんでわかったの? 結構強い抑制剤飲んでたんだけどなあ」
「いやめっちゃ匂いしたよ。こういう言い方ちょっとアレだけど……。でもママとか他の人は気づいてないみたいだった。何でだろう?」

 すると更科はいたずらっぽく笑って時籐の顔をのぞきこむように見た。

「それってさあ、俺ら運命の番ってことなんじゃね? ははっ、まあないかー」
「ないだろ。だいたい都市伝説だろそんなん。運命の人って思いたい奴と運よく結ばれた奴が適当言ってるだけだって」
「だよな、俺もそう思う。運命なんてない。道は自分で切り開くもんだ」

 運命の番というのは巷でまことしやかにささやかれる夢物語だ。
 アルファとオメガには必ず運命の番がいて、その相手と出会うと雷に打たれたようになり、すぐにそれとわかるという。そしてその相手と番うことができれば最高の人生が約束される――そういう筋書きだった。
 これに憧れる人が多いのか、ドラマ、漫画、アニメ等のフィクションの世界はこの手の話で溢れている。
 だが、当事者の立場から言わせてもらえばそんなものはない。というかそれを夢見る余裕はない。
 よほどの名家にでも生まれない限り、社会の最底辺とでもいうべきオメガの人生は困難の連続であり、身を守ることに精いっぱいで白馬のアルファを夢見る暇などない。特異な体を持つオメガはからかいやいじめの対象になりやすいだけでなく、人身売買の対象にさえなるからだ。

 ヒート中のオメガとのセックスには中毒性がある。それはその時に発するフェロモンが強烈にヒトの――正確にはアルファと新ベータの――神経系に作用し、多幸感と性的快感を倍増させるからだ。
 そのため、オメガとのセックスは下手な麻薬よりも依存性があると言われていた。だからオメガは闇市場で高値で取引される。
 これは都市伝説ではなく事実である。そのため身辺には人一倍気をつけなければならなかった。

「そうだなあ、切り開いていかなきゃなあ……」

 時籐はそう言って先に出されたワカメスープに口をつけた。
 切り開かなきゃないのはわかる。そうしたいとも思っている。
 だけど今は現状維持でダラダラと過ごしてしまっていた。子供にはいまだ会わせてもらえない。

「そう。そう思って毎日やってる」
「すごいな。俺はそういうのないよ。適当に会社行って飯食って寝るだけ。マジで生産性ねー」
「そんなことないよ。その仕事で助けられてる人がいるんだから」
「そうかな」
「そうだよ。明らかに目に見える形じゃなくてもさ、絶対助かってんだよ。で、直接言わなくても感謝してる人いっぱいいると思う」

 ああ、こういうところが好きだ、と思う。こういうことをなにげなく言える辺り人間性が出ていた。
 やっぱり更科は変わっていない。

「更科はフリーランス?だっけ? 独立して全部自分で回してるんだろ? それこそすごいと思うよ」
「あー、まあ、たいしたアレでもないんだけどなー……」
「いやすげーよ。俺そういうの絶対無理。指示待ち人間だし」
「いやまあ、やってみると意外とできるよ。時籐も普通にできると思う。頭いいし。すげー進学校行ってた記憶あるんだけど、やっぱ大学もすげーとこだろ? どこ? 待って当てる……R大?」
「Y大だよ、理系だったから」

 Y大は理系では国内十指に入る名門校だった。そこで化学を専攻して、将来は薬の研究開発がしたいと思っていた。
 元々、ヒートの抑制剤の副作用の強さには悩まされてきたので、もっといい薬を作りたかったのだ。その夢は若宮により潰されたが。

「わー、すげ~、やっぱ時籐って頭いーんだなぁ」
「そんなことないよ。更科は? どうしてた?」

 そこで肉とサンチュが運ばれて来たので焼き始める。金網に載ったタン塩とカルビはまもなくジュージュー音を立てて食欲をそそるいい匂いを漂わせ始めた。
 だが、その匂いがわからないぐらい更科から発されるフェロモンの匂いがすごい。

「俺はさー、大学一回入ったんだけど辞めちゃったんだよなー。親が脱サラして事業始めたんだけど失敗しちゃってさあ。で学費払えなくなって転落人生、みたいな? はは、久々に会ってする話じゃねえな」
「そうだったんだ……」
「うん。その後は借金地獄。でなんとかかんとか返して、今やっとやりたいこと始めた感じ」
「やりたいこと?」

 更科は水の入ったグラスを置いて頷いた。

「オメガ専門のサポート業、みたいな? 俺、家族の半分がオメガなんだけど、マジで大変な思いしてんの見てきたっつーか聞いてきたっつーか。それで二年ぐらい前に開業した。で、お悩み相談とか盾役とかやってる感じかな」
「盾役?」

 更科は形のいい顎を引く。

「ボディガードとか牽制役って言った方がわかりやすいかな。時籐はどうかわかんないけど、オメガの人って一人で外出しづらいとこあるだろ? 特に飲み屋とかさ。声かけられまくってメンドいみたいな。そういうときに牽制する係」
「へぇー、そんなのやってんだ。めちゃくちゃいいじゃん。俺も利用しようかな。いくら?」

 すると更科が吹き出した。

「いやいや、友達相手に金はとらねーよ。いつでも呼んで? タイミング合ったら行くよ」

 友達、とはっきり言われたことに嬉しさを感じる。中学時代、更科とは結構仲が良くて、クラスメイトに揶揄われる程度にはつるんでいた気がする。部活は違ったがゲーム仲間でもあり、しょっちゅうオンラインゲームで遊んでいた記憶がある。
 だから自分としては友達だと思っていたが、更科は誰に対してもフレンドリーで友達も多かったので、同じように思ってくれているのかは不明だった。
 だが、更科は友達として認めてくれていたのだ。
 それが嬉しくて自然顔が綻びそうになる。

「いいの?」
「全然いーよ。つうかマジで久しぶりって感じしないわ。十五年ぶり? とかだよな? でもそんな感じ全然しない」
「確かに」
「今日は眼鏡じゃねえんだ?」
「うん、今日コンタクト」

 時籐は普段、ダサいビン底眼鏡をかけている。それはアルファ避けのためだった。
 きっかけは若宮に顔が好きだと言われたことだ。
 背が高すぎてオメガとしての魅力がない時籐はそれまで、アルファやベータの男から言い寄られたことがなかった。
 だが、例外がいることを若宮が実証したーー最も残酷な形で。
 美男美女と評されることの多い家族の中では地味な顔なので、自分が特別美形だと思ったことはない。
 だが、ある種の人間に好かれる顔らしいと気付いてからは隠すようにしていた。
 若宮に強引に番にされた挙句に捨てられて以来、もうアルファは男だろうが女だろうが金輪際関わりたくなかったからだ。
 しかし、素顔を知っている更科の前で眼鏡をする必要もない。
 それで久しぶりにコンタクトで人と会ったわけだった。

「ふうん」
「てかあのときよくすぐに俺だってわかったな。あの眼鏡してると皆気付かないんだけど」
「ああ、声でな。何か聞いたことある声だなーと思って」
「そっか」
「そういや最近ゲームやってる?」
「やってる。そんぐらいしか趣味ないし」

 ゲームは時籐の唯一といっていい趣味だった。
 どん底だった時も、それにどれほど救われたかしれない。

「テベやってる?」
「やってる。え、お前もやってんの?」

 テべというのは最近流行りの『Take the Base』という協力型オンライン戦略FPSの略称だった。
 5vs5で陣地を取り合う基本は単純、でも奥が深いPvPゲームで、リリース当初からやっている。

「うん。おもろいよな。今ランクなに? 俺マスター1」
「マスター? いやめっちゃやり込んでんじゃん。俺ダイヤ2」
「おっ、ちょうど一緒に行けんじゃん。今度やろうぜ」

『Take the Base』のパーティ編成にはランク制限があり、二人または三人パーティの場合、自分のランクの上下一ランクの相手としかパーティを組めない。
 ランクは上から、フェニックス、レジェンダリー、マスター、ダイヤ、ゴールド、プラチナ、サファイヤ、エメラルド、シルバーと九つに分かれていて、フェニックスを除くすべてのランクが1、2、3と三段階に分かれ、3が一番上である。
 更科が言っているのはダイヤ2ならばマスター1の自分とパーティを組んでランクマッチに行けるということだった。

「いいね。つうかもしかしてレジェ踏んだことある?」

 気になって聞いてみると、更科は誇らしげに頷いた。

「最高レジェ2に行きそうなレジェ1」
「いやそれレジェ1だよね?」

 突っ込むと更科がけらけら笑う。

「いや、ほぼレジェ2。マジでポイント80までいったから」
「いや、ほぼとかじゃなくてレジェ1」
「そういうお前は踏んだことあんの?」
「ないけど。いやマジで行きてえ。最近マジで一生ダイヤスタックだよ」
「ソロでやってんの?」
「まあだいたいは。たまにフレンドとデュオしたりもするけど」
「じゃあ高みに行こうぜ、二人で」
「行くかぁ」 

 そう言って焼けた肉を食べ始める。
 脂の乗った牛肉をご飯に載せ、ご飯と一緒にかきこむと最高に美味しかった。
 更科も食べ始めながらゲームの話を続ける。

「つうかマスターは行ったことあるよな?」
「あるよ。でもやってないと落ちるじゃん?」

『Take the Base』はシーズン制で年間何シーズンかあり、シーズンが終わるごとにランクがリセットされ、次シーズンは認定戦からスタートする。
 この認定戦では、ランクが一程度下がるのが普通なので、忙しくて触れないときなどはランクを維持するのが難しい。

「確かに。仕事忙しい?」
「まあ残業はほぼ毎日。だからゲームは平日だとできて一時間とかかな」
「うわー、結構ブラックなんだ」
「いや、会社じたいはホワイトなんだけど。自主的にっつーか」
「偉っ」

 こうして話していると、更科が言っていたようにまったく久しぶりという感じがしない。
 つい昨日まで会っていたかのように感じるのだ。
 元々の性格の相性が良いのか何なのかはわからない。だが、まるでスイッチが入ったかのように話が弾んだ。
 そうして二人は夕食を食べながらひとしきりゲームの話で盛り上がり、酒を酌み交わしたのち店を出た。
 更科の衝撃的な秘密を知ったのは、その後だった。
 

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