155 / 808
どっとはらい
2
しおりを挟む咄嗟に手を伸ばしたけれど、箒を支えに踏み止まると彼は顎を伝う汗を拭って小さく謝罪してきた。
「すみません 暑くて 」
喘いでも喘いでも酸素の入ってこない、湿度の高い空気に参っているのは彼も同様だった。
頸を守る為の首輪は、確かに安全の為に必要なのだろうが、ネクタイですらそう思うのにその息苦しさは想像に難く無い。
「大丈夫ですか?」
「 、 ええ」
赤い顔を手の甲で押さえて、青年はまた階段を上がり始めたが、どこか覚束ない足取りに見えて心配だった。
同じく塗装が剥げて錆が浮いた、年季の入った扉を開き「お客様です」と奥に声を掛けた。
「入ってもらいなさい」
「はい。 どうぞお入りください。師匠は正面の部屋に居ますので」
「お邪魔します 」
第一の印象は薄暗い……だった。
ビルの見た目から考えるとだいぶ綺麗にはされてはいたが、それでも古臭さは拭えない。
言われたまま進んで行くと、五角形の部屋の奥にあるデスクからのそりと人が立ち上がる。
逆光になったその姿を見た時、白髪が見えたので老人だと思った。
「大神さ 大神の使いで参りました」
頭を下げた先に見える爪先は黒、ズボンも黒、そしてこの季節だと言うのに、黒い長袖のタートルネックに身を包んでいるせいで肌が見えるのは顔と手だけだった。
その肌は、透明感を感じる程に白く滑らかだ。
「お話は聞いています。柊です、どうぞ」
近くに寄って見てみると、白髪と思ったのは光を弾く銀色で、顔は気後れする程の美丈夫だ。銀で縁取りされた瞳は信じられない程鮮やかな紫色をしており、そんな神秘的な瞳を他に見た事がなかった。
「まずはお座り下さい」
そう重ねて勧められて、つい不躾に見入ってしまっていた事に気が付いた。
「すみません」
「いえ、こんな髪、貴方には珍しくないでしょう?」
「いえっ あ、はい 」
色素が欠乏している なら身近だけれど、こんな宝石と銀糸で出来たような人は滅多と見ない。
「さ、見ましょう。こちらに置いてください」
そう言われてローテーブルに風呂敷包みを下ろした。
大して重いわけでも無いのに、ずっと抱き締めていたせいか机に置いた途端、体が軽くなった様な気がした。ほんの数時間だとは言え、何かあってはととにかくしっかり抱き締める事に夢中になっていたせいかもしれない。
軽くなった肩に、ほっと息が漏れた。
「重かったでしょう?」
重いか重くないかで言えば、預かった瞬間はずしりと感じてはいたが、持てない重さではない。
長く抱き締めていたせいか重さは馴染んでしまって、確認する様に問われて言葉に詰まる。
「あ どうなんでしょう?重さはありますが流石にこれ位はなんとか」
「では、開きますね」
堅く結んだ風呂敷の結び目を、なんの苦もなく解くと花が開く様に広がった。
柊が手を掛けたからだろうか、細かい模様の入った野暮ったい小豆色の風呂敷が優雅な花弁に見える。
「 ああ、これは凄いですね」
虚な目が見えた。
「 ひ」
「市松人形ですね」
「いちま 」
「木とおが屑で作られた人形です」
簡潔に言う柊は視線を逸らさずに、真っ直ぐ風呂敷の上に横たわる少女を見ていた。
つぶらなのに虚な瞳、ふっくらとしているのに違和感の残る顔立ち、白く滑らかそうなのに煤けた頬、かつては整えられていたであろうざんばらな黒髪、微笑んでいるはずなのに不気味な印象を残す赤い唇と覗く白い歯。
そして金糸銀糸の刺繍を施された、昔は色鮮やかだったかもしれない、草臥れた着物。
きしり きしり
「 ─────ひっ」
今、目がこちらを向いた。
表情を歪ませて、またきしり と音を立てる。
0
あなたにおすすめの小説
僕の追憶と運命の人-【消えない思い】スピンオフ
樹木緑
BL
【消えない思い】スピンオフ ーオメガバース
ーあの日の記憶がいつまでも僕を追いかけるー
消えない思いをまだ読んでおられない方は 、
続きではありませんが、消えない思いから読むことをお勧めします。
消えない思いで何時も番の居るΩに恋をしていた矢野浩二が
高校の後輩に初めての本気の恋をしてその恋に破れ、
それでもあきらめきれない中で、 自分の運命の番を探し求めるお話。
消えない思いに比べると、
更新はゆっくりになると思いますが、
またまた宜しくお願い致します。
宵の月
古紫汐桜
BL
Ωとして生を受けた鵜森月夜は、村で代々伝わるしきたりにより、幼いうちに相楽家へ召し取られ、相楽家の次期当主であり、αの相楽恭弥と番になる事を決められていた。
愛の無い関係に絶望していた頃、兄弟校から交換学生の日浦太陽に出会う。
日浦太陽は、月夜に「自分が運命の番だ」と猛アタックして来て……。
2人の間で揺れる月夜が出す答えは一体……
宵にまぎれて兎は回る
宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…
ちゃんちゃら
三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…?
夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。
ビター色の強いオメガバースラブロマンス。
王様のナミダ
白雨あめ
BL
全寮制男子高校、箱夢学園。 そこで風紀副委員長を努める桜庭篠は、ある夜久しぶりの夢をみた。
端正に整った顔を歪め、大粒の涙を流す綺麗な男。俺様生徒会長が泣いていたのだ。
驚くまもなく、学園に転入してくる王道転校生。彼のはた迷惑な行動から、俺様会長と風紀副委員長の距離は近づいていく。
※会長受けです。
駄文でも大丈夫と言ってくれる方、楽しんでいただけたら嬉しいです。
失恋〜Lost love〜
天宮叶
BL
お互い顔を合わせれば憎まれ口を叩いていた。それでもそんな時間が俺は好きだった。 ただ、ひたすらにお前のことが好きだったんだ。
過去作を他サイトから移行してきました!
※死ネタあります
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
オメガの香り
みこと
BL
高校の同級生だったベータの樹里とアルファ慎一郎は友人として過ごしていた。
ところがある日、樹里の体に異変が起きて…。
オメガバースです。
ある事件がきっかけで離れ離れになってしまった二人がもう一度出会い、結ばれるまでの話です。
大きなハプニングはありません。
短編です。
視点は章によって樹里と慎一郎とで変わりますが、読めば分かると思いますで記載しません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる