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しおりを挟む「大丈夫そうー!ありがとー!」
刺した手を大きく振ってそう返すと、向こうも大きく手を振り返してくれた。
一年ほど前に突然やって来たオレを余所者とせずに、まるで昔からこの村にいたかのように接してくれることが、どれほど貴重なことなのかは世間知らずのオレでも良く分かる。
ここは本当に住みやすいと思う、きっとそれは土地柄もあるのだろうけれど、それ以上にここを治めるテリオドス辺境伯の領民を慮る治め方のおかげじゃないかなって思う。
「何が大丈夫なの?」
「わっ⁉︎」
驚いて振り返ると周りに咲き誇るラフィオの花のような赤い三角耳がぴくんと揺れた。
「また怪我したの?」
緑の瞳と三角ケモノ耳と、それからふさふさとした豊かな尻尾が左右に振れて見える。
この世界の人は大半がこう言った動物の耳とそれから尻尾を持っていて……オレのように普通の人間はむしろ少数派だ。
「気を付けないと、指先の傷って痛いだろう?」
そう言うとその身分からは信じられないくらい気さくな風に、オレの手を取って指先にハンカチを括りつける。
こうして働き始めて痛感したことだけれど、こうして指に巻いてくれた絹のハンカチ一枚がどれほど高価な物なのか、それを汚してしまうとどれだけ大変なのか、わかってしまうとこの行為も恐ろしくて仕方がない。
せっかく巻いて貰ったハンカチだけれど、急いで解いて綺麗に畳み直してロカシへと返した。
「ありがと、でも汚れちゃうから」
「かまわないのに、はるひの血ならシミになっても」
ふふ と綺麗に笑う彼はテリオドス辺境伯の嫡子であるロカシだ、本来なら染料を取るための畑になんか入ってこないし、その作業をしている村人に声をかけたりするような身分の人ではない。
それでも彼がこうして畑の中に朝早くから入ってきて、オレの指の心配をしてくれる。
「じゃあ手当しよう、おいで」
そう言って手を引かれたけど、今日のノルマである花籠にはもう少し摘まなくてはならない量しか入っていない。きっとロカシも周りの皆もそれくらいならいいよって笑ってくれるだろうけど、賃金を貰っている以上しっかり仕事はしたくて、小さく首を振って「もう少し摘んでから」って断った。
赤い綺麗な耳が少し垂れたけれど、ロカシは強要することも無理強いすることもなく、作業が終わるのを待っている と言ってくれる。
命令してオレを連れて行くこともできるのにそうしないのは、ロカシの性格とー……オレに好意を持ってくれているから。
それをわかってて自分の我を通そうとするんだから、自分はズルい人間だ と思うとちょっと花を摘む手が止まった。
オレは、ズルい人間……
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