変彩の宝石譚

Kokonuca.

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 ヴィクトールがどういうことだと声を上げる前に、ゴウもさっさと部屋から出ていってしまい、後には閑散とした雰囲気だけが残されていた。
 一人残されたヴィクトールは、傍らに控えるラブラドライトを一瞥した。多彩な光を放つ美しい石ではあるが、先ほどのピジョンブラッドの熱量を見た後では、あまりにも物足りない。
 
「……あれを見てしまうと、どの宝石を見ても水っぽく映る」
 
 ヴィクトールは興味なさげに独りごちると、一度も杯に口をつけることなく、音もなく立ち上がった。
 



 
「朱雀!」

 駆けてくる足音と怒鳴り声……ではない、元々声が大きいだけだと朱雀は知っていた。
 聞こえていながら朱雀は振り返りもしないまま、赤い渡り廊下に向かう。

 思わず眉をひそめてしまいそうなほど荒々しい足音。

 けれどそれが近づくにつれて朱雀の赤い唇はうずうずと笑みを形づくっていく。

「朱雀、一ヶ月ぶりなんだぞ?」

 声はもうすぐ後ろで……

 そう思った瞬間、朱雀は大きな手にさっと抱え上げられる。
 急に回った視界に悲鳴ひとつこぼさず、朱雀は自分を抱え上げたゴウの首にしがみついた。

「一ヶ月ぶりなのに、客を連れてきた不粋者は誰だ」

 咎める声は短く鋭いが端々はどこか甘い。
 ゴウの匂いを確かめるように深呼吸しながら抱きついてくる朱雀を抱きしめなおし、ゴウは満足そうに微笑んだ。

「仕事だったんだ」
「私と仕事と、どっちが大事なんだ」
「朱雀に決まってんだろ」
「どうだか」

 そう言って拗ねて見せる朱雀の髪から、ゴウは簪を取り払って後ろを駆けてくるシオンに向かって放り投げる。
 繊細なそれは絨毯に落としてしまっただけで歪んでしまうだろう代物だ。それを幾つも抜き去っては、ゴウは無造作にシオンへと手渡していく。

「ゴウに見せるために着飾ったのに」
「もう十分見た。余計なものがない方がお前は美しい」
「ゴウが贈ってくれた簪なのに」
「もっといいものを贈ってやるから」

 解けた髪が風に弄ばれて広がると、まるで獅子に食い荒らされている鳥の羽のようだ。
 けれど見つめ合う二人はこれ以上ないほど幸せそうで、他の誰もその瞳には映っていない。

「他の奴に酌をしてもらったの?」
「部下がな」
「本当?」
「当たり前だろ? 幾ら勧められても、俺は寂しく手酌だ」

 茶色い瞳に自分だけが映り、男がわずかな不貞もしていないとわかると朱雀はつんと拗ねていた顔に満面の笑みを浮かべた。

「そうか! やっぱりゴウには私だけなんだな!」

 そこには取り澄ました表情なんてどこにもない、目の前の男が愛おしくて愛おしくてたまらない感情を溢れさせた朱雀がいる。
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