蒼穹の裏方

Flight_kj

文字の大きさ
82 / 184
第2章 ズンダ海峡戦

2.2章 プリンス・オブ・ウェールズ

しおりを挟む
 12月8日にシンガポールを出港したフィリップス中将が率いるZ部隊は、マレー半島のシンゴラ湾を目指していた。その時の航路は、アナンバス諸島の東側を回って、北西方向に向けて航行中だった。現地時間の12月9日の午後5時過ぎになって、シンガポール経由で本国からの緊急電を受け取った。電文には、南シナ海を日本軍空母部隊が行動している可能性があるとの情報がまず示されていた。その後に、インド洋の艦隊と合流して日本軍に反撃すべしとの命令が記載されていた。それまでは戦力を温存しろとも書いてある。

 フィリップス中将は電文をリーチ艦長にも見せた。
「この空母部隊が行動中という点はどう考えるかね? 我々に事前に知らされていたこの海域の日本艦隊は、戦艦2隻と巡洋艦数隻、それに加えて護衛の駆逐艦という情報だった。ところが、これに空母部隊が加わるとなると、それが随伴していない我が方は圧倒的に不利になる」

「我々が出港する直前に、フィリピンのアメリカ陸軍基地が日本軍から攻撃されて壊滅したとの情報が入っていますが、単座戦闘機が爆撃機を護衛していたようです。単座戦闘機とすると、日本軍の航空基地はフィリピン付近にはありませんから、空母搭載機のはずです。空母がフィリピンの航空基地を攻撃してから、次にマレー攻略部隊を支援することは、行動としても充分考えられることです。加えて、空母による真珠湾空襲の情報がシンガポール経由で入ってきています。魚雷と大型爆弾及びスキップボミングも組み合わせて、真珠湾の大型艦は全滅です。ハワイ沖で空母エンターライズも短時間で撃沈されたようです。日本海軍の機体は海上を高速で航行する空母に、魚雷も爆弾も命中させているのです。日本空母の攻撃力を侮ってはいけません」

 フィリップス中将は、真珠湾で示された日本海軍機の攻撃力を見直していた。特にエンターライズの撃沈は航海中の大型艦を航空機だけで撃沈できることを証明している。しかも、日本の機動部隊は随伴していた重巡も2隻を撃沈して、艦隊として壊滅させていた。米空母の上空には護衛戦闘機もいたに違いない。それを排除して空母部隊の攻撃を成功させているのだ。日本海軍の航空機はイタリア並と言う自らの見解は改める必要がある。彼は、日本軍機はドイツ軍のように果敢に攻撃してくる相手だと考え直すことにした。

「確かに、この艦でも魚雷と爆弾を連続して命中させられれば、被害は大きくなるな。まあ、本艦の対空砲がある限り、日本軍の犠牲も大きいだろうがね。リーチ君、我々は本国の指示に従い南下することとしよう。インド洋に入る前にシンガポールに残っている部隊と合流したい。落ち合うのはジャカルタ沖でいいだろう。ジャカルタで合流して、それからインド洋に出るか、スラバヤ方面に一度転進するか判断しよう。シンガポールに停泊しているアメリカやオランダ海軍艦艇にも我々の南下の予定を伝えてくれ」

 二人が会話をしている最中に垂れ下がっていた雲が、一時的に晴れ渡った。艦橋の見張り員が大声で報告をする。
「北方に水上機を発見。更に西北方向にもう1機の飛行艇を発見」

 リーチ艦長がフィリップス中将に意見を述べる。
「日本軍に発見されました。敵の艦隊司令部にも我々の情報が上がります。こんなところでぐずぐずできませんから、南方に向けて速度を上げますよ」

……

 12月10日の夜が明けると第十一航空部隊の松永少将は、午前7時になってサイゴンから合計11機の元山空の索敵機を発進させた。陸攻が索敵線の南端に到達する頃には、Z部隊は、シンガポールの南東側の海上を南下していた。かろうじて、元山空の九六式陸攻の索敵範囲の南端まで到達していた。フィリップス中将のZ部隊はギリギリのところで虎口を脱出したことになる。最も南端まで到達した1機の一式陸攻はシンガポールの偵察を行っていた。英軍の戦闘機に追い払われる前に、この偵察機はセレター軍港が既にもぬけの殻になっていることを報告した。

 松永少将は苦虫をかんだような顔で航空部隊参謀の高馬中佐と相談していた。
「どうやら、英国海軍の巡洋艦と駆逐艦はシンガポールから夜逃げしたようだな。仏印東方海上の戦艦部隊が索敵に引っかからないのも、南方に全力で退避しているからだろう。英海軍は戦略的転進で戦力温存ということか」

「戦艦部隊とシンガポールの巡洋艦、それに駆逐艦が合流すれば大きな艦隊になります。これを放置するば今後の我が国の作戦に大きな障害になる可能性があります。まずは敵艦隊を見つけなければなりません。そのために、シンガポールからジャカルタまでの海上を偵察範囲とします。一式陸攻の航続距離でもギリギリですが、不可能ではありません。但し、一式陸攻でもこれだけ航続距離を延ばすと爆装はできません」

「うむ、スンダ海峡からインド洋に出られれば、接敵はかなり困難になる。すぐに準備してくれ。片道1000浬(1852km)の長距離飛行になるので、搭乗員はベテランのみ許可だ」

 直ちに6機の偵察装備の陸攻が離陸していった。松永少将の努力はやがて報われた。12月10日の16時に、ジャワ海を航行中の巡洋艦部隊とそこから100浬(185km)ほど後方を航行する戦艦部隊を発見したのだ。直ちに小沢中将と近藤中将に英艦隊の位置が報告された。近藤中将は第二艦隊第四戦隊の愛宕、高雄と第三戦隊の金剛、榛名を中心とする戦艦と巡洋艦の混成艦隊で南下を開始した。

……

 リーチ艦長が航空機の探知をフィリップス中将に報告した。
「レーダーが航空機を探知しました。艦橋の見張りが確認したところ日本軍の双発機が飛行していました。つかず離れず、対空砲の射程距離の範囲外を飛行しているのは、我々の行動を報告しているからです。我々がジャカルタ方面に向かっていることは、日本軍に知られました」

「日本軍の偵察機の足はかなり長いということか。爆弾の代わりに増加燃料タンクを積んでいるのだろう。我々が注意すべきは、日本艦隊の戦艦と巡洋艦が空母を伴って南下してくることだ。マレー半島への上陸支援が必要なので、すべての艦艇が南下するとは思えないが、主力艦がやってくることは覚悟しておく必要がある」

「シンガポールにも日本機が飛んできていますので、この海域に現れても不思議ではありません。それよりも、スンダ海峡を通過して、インド洋に出てセイロンの艦隊に早期に合流することを進言します。インド洋において我が軍の空母部隊とまずは合流して日本海軍と戦うべきです。敵の航空機の攻撃を受けながら、敵の戦艦や巡洋艦と戦うべきではありません。但し、日本の艦隊はまだマレー半島近海にいるはずですから、若干の時間の猶予はあります」

「スンダ海峡は狭くなった喉のところの長さこそ短いが、海の深さは決して十分ではないぞ。しかも、我々が通過する頃には暗くなっているはずだ。座礁の可能性を考えると大型艦にとっては厳しい海峡だ」

「幸いにも、数カ月前に我が軍はオランダ軍と共同で海峡の測定を行っているので、それに関する最新のデータを持っています。それに加えて、その時測量に参加した巡洋艦と駆逐艦は海峡の様子がわかっているはずです」

「うむ。なんとかなりそうだな。まずは先行している巡洋艦とジャカルタ沖で合流しよう。合流後は、スンダ海峡を抜けてインド洋に出る。成功すればインド洋艦隊と一緒に大艦隊を構成できるぞ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

小日本帝国

ypaaaaaaa
歴史・時代
日露戦争で判定勝ちを得た日本は韓国などを併合することなく独立させ経済的な植民地とした。これは直接的な併合を主張した大日本主義の対局であるから小日本主義と呼称された。 大日本帝国ならぬ小日本帝国はこうして経済を盤石としてさらなる高みを目指していく… 戦線拡大が甚だしいですが、何卒!

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

処理中です...