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第二章

貴族

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 出たとたんに気が抜けたのか、足がふらついた。

「大丈夫か」

 レオさんは私を抱き止めると、そのまま、お姫様抱っこをした。えっちゃ~ん。コスプレーヤーの親友に心の中で呼びかける。お姫様抱っこって、リアルだとすごいよ。ち、近過ぎ。立派な胸板が。顔が。刺激的過ぎる。

「だ、大丈夫です。あの、歩けますから、降ろしてください」
「このまま、出かけようよ。今日のデートは任せてくれるんだろう」

 レオさんの私を見る目が甘い。あわあわしているうちに馬車置き場に来た。白地に茶色のぶちのある大きな馬がいる。その鞍にひょいと乗せられた。すぐにレオさんが後ろにまたがる。

「この馬、レオさんの馬なんですか」
「ああ、ドロテアという。この子は戦場でも恐れない賢い馬だ」
「あの、二人も乗って大丈夫ですか?」
「ああ、いつもなら、甲冑をつけて乗っているんだ。マリアが乗ったぐらい、軽い軽い」

 同意するようにドロテアがいなないた。

「さあ、行こう」
「行き先は?」
「着いてのお楽しみ」

 それにしても馬の背は高い。でも、レオさんが背中をしっかり支えてくれてるし、左腕がお腹にまわっているので、不安はない。
 でも、密着し過ぎでドキドキする。

「ドロテアって、きれいですね」

 ツヤツヤしたたてがみを見ていると、編み込みしたくなる。

「今日は飼育員の人が張り切ってくれたんだ」
「そうなんですね」

 手を伸ばして、そっと首を触ると、体温が伝わってくる。
 さっきまでの緊張が嘘のように消えてしまった。

「街を出るよ」

 高い壁が見えてきた。街を囲んでいる壁だ。門は大きく開かれ、守衛が両側に立っている。

「レオナルドだ」

 レオさんが短剣を見せる。

「どうぞ。お気をつけて」

 守衛がしゃちほこばって、答える。
 そういえば、最初に来てから、このアスターという街を出るのは初めてだ。
 しばらく、街道を行くと、細い脇道に入っていった。最初にこの世界で捕まった時の場所に似ているかもしれない。

「どうした?」

 すぐにレオさんに気づかれてしまった。

「最初に捕まった場所に似ている気がします」
「街道のまわりはどこも似ているからな。大丈夫か?」

 私が嫌なことを思い出したんじゃないかと心配してくれる。

「大丈夫です。レオさんが一緒なら」
「いやあ、今日はダメだったな」

 レオさんがはあっと息をついた。

「エスメラルダの名前を持ち出さないと対応できなかった。普通はこの体格や騎士団に所属しているだけで、相手が退いてくれるんだが。カッコ悪いなあ」

 私は首を振った。

「習ったつもりだったんですけど、まだ、私、身分の差というのがわかってないですね。平民と一緒の場で買い物をお願いするのがダメだとは思いませんでした」
「たぶん、さっきの貴族の女性もどうしたらいいのか分からなかったのかもしれないな。普通は自分の屋敷に商人を呼ぶから、平民と一緒にという経験もないだろうし。まあ、アンディさんか、カレラさんに対応を任した方がいいかもしれない」
「そうします。あ、一つ思いついたんですけど、エスメラルダさんが許してくれたらの話ですが、御用達の看板を出したら、ややこしい人、減りますかね?」
「ごようたし?」
「ここには無いんですか? 有名な人のお気に入りの店ですって表示するんです。そうすると、格式高い感じが出るんですが」
「ああ、さっきも言ったように貴族は自分の屋敷に商人を呼ぶし、誰がどの商人を贔屓にしているか知っているからなあ。まあ、ややこしい奴を黙らせるには使えるかもしれない」
「立ち寄り所の看板の方がいいのかな」
「立ち寄るって、誰が?」
「私世界でも街の平和を守る騎士団のような組織がいたんですけど、大きなお金を取り扱う場所にはパトロールすることになってて、そこに立ち寄ることを明示してたんです。そうすれば、抑止力になるって」
「なるほど。それはいいかもしれない。騎士団で提案してみようか」

 それがこの街のためになるなら嬉しい。

「ただ、やっぱり、うかつに喋らないように気をつけてくれ。落ち人を利用したい人間はたくさんいるから」
「うん。レオさんは知ってるから、気軽に喋ってしまうんです」

 元の世界の話をしたいという願望がある。帰ることは諦めたし、今は帰ることができても、レオさんのそばにいたいけど。

「二人の時ならいくらでも」

 レオさんの声が色っぽく聞こえる。落ち人のことを秘密にするために二人って言ってるのに。

「レオさんは貴族のことに詳しいですね。エスメラルダさんやハロルドさんから教えてもらったんですか」

 レオさんは黙り込んだ。それから、ポツリと言った。

「元は貴族だったんだ」
「え?」
「それこそ、エスメラルダやハロルドと付き合いがあるのをおかしいと思わなかったか?」
「勝手に乳兄弟とかかなと思ってました。私の国、と言っても、昔の話ですけど、貴族は乳母を雇うのが普通で、乳母の子と主人の子は兄弟のように育つっていうのがあるんです」
「なるほど。そういうところはこの国と同じなんだな。じゃあ、こういう話もないか? 後妻が自分の産んだ子どもを後継ぎにしたいため、先妻の子を追い出すという」
「レオさん」

 思わず振り向くと、レオさんは笑っていた。

「昔は恨んだり、腐ったりしていたが、今は気楽でいいと思っているんだ」

 辛いこともあったはずなのに。『その夢があれば生きていける』、そう言ってくれたのを思い出した。

「レオさんが平民になっていて、よかったです。そうじゃなかったら、恋人になんてなれなかった」
「そうだな。ただ、今朝みたいなことがあると、自分が貴族だったら簡単だったのにと思ってしまう」
「……レオさんを追い出したのは誰なんですか。名前を教えてください」

 私じゃ、復讐はできないけど、サロンのお客には絶対しない。

「名前は言えない。魔法契約で名乗れないように縛られている」

 そこまでするんだ。エスメラルダさんに教えてもらおう。そう決心した。

「それより、前を向いてごらん。目的地に到着したよ」

 そう言われて、私は慌てて前を向いた。

 花畑が広がっている。小さなピンク色の花だ。そして、正面には湖があって、山や空が映し出されている。
 思わず、言葉を失うような光景だった。

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