ミントを枯らした私が緑の聖女?

椰子ふみの

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ミントを枯らした私が緑の聖女?

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「フローラ、今日からあなたは薬草畑を手伝いなさい」

 シスター・テレサに命じられ、はいと返事しようとした。その時、急激に雪崩れ込んできた前世の記憶に私は頭を抱えてうずくまった。
 畑を手伝ってはダメ。この修道院は貧しい。私のいる孤児院は薬草を売ってどうにか維持されている。その薬草畑を枯らしてしまったら終わり。つまり、私が手伝ったら終わり。
 ミントを枯らした私が。

「フローラ、どうしたの? 大丈夫?」

 シスター・テレサに何とか、笑顔を見せた。

「はい、大丈夫です。あの、薬草畑じゃなくて、ヤギ小屋か鶏小屋の世話をしたいんですが」
「畑の手伝いより大変よ」
「いえ、大丈夫です。向いていると思うので」

 強く主張したせいか、鶏小屋の担当になった。
 助かった。
 早めに前世の記憶と今の記憶を整理しよう。



 前世の私の名前は山下花。名前通りに花が好きな会社員だった。ただ、何を育てても枯らしてしまう人間で繁殖力が一番強いと言われるミントですら、枯らしたことがある。若くして死んだはずなのにその辺りの記憶ははっきりしない。
 そして、今の名はフローラ。この修道院の前に捨てられていた子どもだ。歳は十歳くらい。ピンク色の髪に薄い水色の目をした我ながら可愛い子だ。
 シスターたちや歳上の孤児たちからも可愛いがられて、まあ、幸せに暮らしている。食事は貧しいけど、フローラの記憶では当たり前なのでそんなに辛くはない。

 この世界は中世ヨーロッパのような世界だが魔法がある。ちなみに私には使えないようだ。国の名はカステーニャ。フローラはきちんとした教育を受けていないので、世界情勢なんてのはわからない。

「平和だったらいいんだけど」

 魔王がいるとか、戦争があったら嫌だなあ。
 山羊の水飲み場を掃除していると、後ろからドンッと押されて、転けそうになる。

「もうっ、シュバでしょ」

 振り返ると、やっぱり、子ヤギのシュバだ。なぜか、私に後ろから頭突きをするのが好きだ。

「ちょっと、何を噛んでるの」

 シュバの口から布が垂れ下がってる。私のスカートと同じ色。慌てて裾を見ると、布がちぎれている。

「返しなさい」

 逃げるシュバを慌てて追いかけた。シュバは余裕で逃げていく。やっと、追いついて、布切れを取り戻したら、薬草畑の端まで来ていた。
 まずい。畑に何が起きるかわからないから、早く避けなきゃ。
 そう思った時、畑の前に金髪の子どもが後ろを向いているのに気づいた。

「何してるの?」

 声をかけると、その子は振り向いた。
 て、天使だ!
 整った顔。男の子だよね。こんな美形、初めて見た。歳は私と同じくらいだろうか。きれいな服を着ている。手に小さな布袋を持っているが、それにも金糸の刺繍が入っている。
 こんな貴族みたいな子が何で一人でいるの?

「薬草を植えるの。ここなら奇跡が起きるんでしょ」
「いや、起きないと思うけど」

 つい、本音を吐いてしまった。男の子の目にみるみる涙が盛り上がる。
 きゅん。
 ああ、何とかしてあげたい。思わず、抱きしめてしまった。

「そうだね、奇跡が起きるように祈ってみようか」

 男の子はこくんとうなずくと袋をひっくり返した。出てきたのは三粒の種。

「この花があれば、お母様の病気が治るって」

 今、必要ってことだよね。それは無理。
 と思いながら、石を拾って、地面を少し掘った。種を入れ、土をかぶせる。

「さ、一緒に祈ろう」

 修道院だから、お祈りは身についている。でも、真剣に祈ったことは今までなかった。

「神様、どうか、この花を咲かせてください」

 ぎゅっと、目を閉じて、祈った。
 すると、目をつぶっているのに何だか、明るい。恐る恐る目を開けると、土から緑の芽が出ている。
 え、奇跡?

「神様、ありがとうございます。草さん、頑張って。咲いて」

 声をかけると、草はスルスルと背を伸ばし、葉を広げていく。そして、あっという間につぼみができると、ピンク色の八重の花が開いた。

「きれい……」
「本当にきれいだ」

 男の子を見ると、頬を染めて、私を見ている。

「神様って、すごいね」
「ううん、すごいのは聖女様だよ」
「え、どこに」

 私はキョロキョロと辺りを見回した。

「君のことだよ」
「えー、ないない」
「だって、光ってたよ。違うって言うなら、そこの畑で試してみて」

 神様の奇跡を見て、気持ちが弾んでいた私は畑の苗を植えたばかりのところに手をかざした。

「みんな、大きくなあれ」

 冗談のつもりだったのに、手が光る。その光を浴びて、苗がすくすく育つと、花が咲き、あっという間に実ができる。

「え? 私の力? ねえ、見た? すごくない」
「すごいよ」

 私は嬉しくなって、クルクル回った。私の力で植物が育った。花が咲いた。実がついた。ミントを枯らした私をきっと、神様が可哀想に思って、力を授けてくださったんだ。

「野菜や果物が一杯、育ちますように」

 そうしたら、いつでも、お腹一杯食べることができるようになるよね。私は手を空に向かって、突き出した。手が光ってる。もっと、もっと。手から光がシャワーのようにあふれ出す。
 本当にすごい。
 と、思っていたら、急にクラリと体が揺れた。

「あれ?」

 世界が暗くなる。意識を失う前に誰かがしっかりと支えてくれたような気がした。



「フローラ、よかった」

 目を覚ますと、天使の男の子が私に抱きついてきた。

「あれ、私?」
「神聖力の使いすぎだって。三日も目を覚まさなかったんだよ。心配で心配でたまらなかったんだから」
「大丈夫」

 だよね。たぶん。
 慰めようと男の子の髪を撫でると、柔らかくって、気持ちいい。まわりが騒がしいけど、そのまま、また、眠ってしまった。

 何だか、寝心地がいいと思ったら、孤児院のベッドじゃなく、公爵家の高級ベッドだったかららしい。

「本当にありがとう。君のおかげで妻は助かった」

 お礼を言っているのはヴェンス•ベルク公爵。男の子のお父さんらしいけど、こちらはイケオジ。

「いえ、全ては神様の思し召しです」

 前世を思い出しても、フローラの意識が強いから自然にそんな言葉が出る。。

「すまないが、君が眠っている間に養子手続きをさせてもらった」
「へ?」

 寝ている間に私は聖女と認定されたそうで。修道院からきれいに丸い範囲の作物が急に成長したらしい。野菜や果物と限定していてよかった。そうじゃなかったら、雑草だらけになっていたかも。
 そして、色々な人や国から狙われる可能性があるということで公爵家で保護することになったらしい。

「私が守るから、安心するがいい」

 天使の男の子が胸を張る。

「息子のエドワードだ。君より一つ上だから、兄になる」
「お兄ちゃん?」
「フローラ、私のことはエドと呼ぶがいい。生まれた年がはっきりしないのだから、どちらが歳上かわからない。だから、兄と呼ぶな」
「エド、そう呼んでいいの?」
「ああ」

 何だか、エドの耳が赤くなっている。

「私のことは父様と呼んでおくれ」

 ヴェンスイ公爵、いや、お父様が微笑んだ。



「じゃあ、そろそろ行ってきます」
「気をつけてね」

 あれから、六年。私はすっかり、ヴェンスイ家の子どもになってしまった。
 今日はお母様に見送られてお城へ。王家の庭の特別な薔薇の調子が悪いとのことで呼ばれている。
 そして。

「フローラ」

 私を優しくエスコートするのはエドだ。天使は背が伸びて、たくましくなった。美形はそのままに男らしくなり、かっこよくて、つい、見とれそうになる。

 私が最初に力を発揮した時に三日も意識がなかったので、ヴェンスイ家のみんなからは無理をするなと言われていたし、経済や国際関係が難しくなるから、無制限に力を発揮するのはやめてくれと王家から言われていた。
 でも、あらゆる植物を枯らしてきた私が枯れかけた植物を復活させ、花を咲かせることができるんだよ。嬉しくて、つい、力を奮いたくなる。
 異常気象で飢饉の恐れがあった時、疫病が流行って薬草が不足する恐れがあった時、大義名分があるのをいいことに思う存分、作物を実らせ、薬草を育てた。
 で、国を救った聖女となってしまった。今では緑の聖女と呼ばれている。だから、常に護衛騎士として、エドが寄り添うようになった。

 お城の王家の庭は大好きだけど、緊張する。庭師さんが計算尽くして剪定しているのに、私がうっかり、祈ったりしたら、ジャングルのようになってしまう。
 エドにエスコートされて、しずしずと進む。

「よく来たね」

 待っていたのは庭師さんじゃなくて、第二王子のリカードだった。エドと親友だということで、会いに来ることが多い。庭では身分差が無いものとして行動するように言われているので、気楽だ。

「この花なんだ」

 案内された先には黒いビロードのような美しい薔薇。薔薇は美しいけど、葉っぱの先が黄色くなってきている。
 ああ、何度も見たことがある。前世の私だと、この後はズルズル枯らしてしまっていたんだよな。

「失礼します」

 大丈夫。美しい薔薇にふさわしい葉っぱになあれ。気をつけて軽めに祈る。

「やっぱり、すごいね」

 リカードの声に目を開けると、薔薇の葉は緑を取り戻し、つやつやしている。

「いつも、きれいにしてくれるから、母も喜んでいるんだ。いつも褒美はいらないって言うけど、本当に何か欲しいものはない?」

 だって、ヴェンスイ家には何もかも揃っているからね。でも。

「あの、お願いがあるんですけど、よろしいでしょうか」
「もちろん。珍しいね」
「エド、ちょっと、席を外してくれない?」

 そう言うと、エドの顔が険しくなった。

「知られたくないお願いなのよ」
「エド、大丈夫だ。侍女たちは残しておくから。それでいいんだね」

 リカードに確認されて、私はうなずく。
 エドはしぶしぶと席を立った。

「で、お願いは何かな」

 リカードはキラキラした王子様だけど、笑みはちょっと、腹黒い感じがする。

「あの、エドを近衛騎士に取り立ててもらえないでしょうか?」
「お願いってそんなこと? なぜ、そんなことを急に言い出したの?」
「エドの婚約者がまだいないのは私のせいだって、噂を聞いたんです。私の護衛をずっとしているから、出会いがないのかと思って」

 リカードは眉をひそめた。

「あのね、貴族の結婚は普通、家格や政情で決まるもので出会いなんか関係ないんだよ」
「でも、エドなら好きな相手を選べるでしょう。それがまだ決まっていないというのは出会いがないせい。つまり、私のせい。だから、エドの実力にふさわしい職場に移れば、きっと……」

 リカードは大きくため息をついた。

「そのお願いは聞けないね」
「なぜ」
「そんな泣きそうな顔して。エドが護衛騎士じゃなくなったら、嫌なんでしょ。それに、親友に恨まれるのも嫌だしね」

 リカードが私の後ろに目をやる。
 振り返ると、エドが立っている。

「フローラのことになると、盗み聞きまでしちゃうような奴、危なくて近衛には向いてないよ。だから、後の話はお二人でどうぞ」

 リカードが侍女たちと一緒に出ていく。追い出すような形になって、まずいと思うけど、エドが近づいてくる、その姿から目を離せない。

「私は護衛騎士を辞めないよ」
「で、でも」
「私に婚約者がいないのがあなたのせいと言うのは本当だ。あなたのそばにいたいから。結婚するなら、あなたしかいないと思っているから。あなたが好きだから」

 エドの手が私の手をそっと取る。

「フローラ、正直に言ってください。私のことをどう思っているのか」
「す、好き。大好き。でも、ただの孤児だった私だと身分不相応だし、今は家族だし」

 そう、だから、自分の気持ちはずっと隠してきた。

「緑の聖女というのは王族より身分が上、私の方が身分不相応ということになる」
「そんな」
「だから、フローラがいいなら、身分の問題はない。家族となっているのは、結婚前に仮に別の家に養子に入れば済むこと。だから、何も心配しないで」
「エド……」
「愛してる。フローラ」
「私も」

 エドの顔が近づく。そして、唇が重なった。

 それで終わりならよかったんだけど、その日、全国で一斉に花が咲き乱れてしまった。大騒ぎになったけど、あまりにも恥ずかしいので、原因については固く口止めしてもらった。

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