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第三章 アカデミー別対抗戦 準備編
提案
しおりを挟む「まあ、簡単に言うと怪我をさせないため……だよね。」
「怪我?防壁は張ってないの?」
「防壁だって限度があるだろう?《多重結界》を張っていようと攻撃がそれを上回れば破れて怪我を負ってしまう。……上級者にもなれば《多重結界》を何十張りにもするか、結界の中心を攻撃の瞬間に移動させることで一点に魔力を注ぎ込み普通では破られてしまうような魔法でも防ぐことができたりするけど……アカデミーの生徒は違うでしょ?」
「……まあ、確かに。」
そこでリッカが思い出したのは、突進牛から攻撃を受け、それを《多重結界》で何とか防いでいたルーベンだった。
確かに学年は三年とは言え、あれほど稚拙な結界では能力が基本的に高いノアが魔法を使って攻撃をしてしまえばすぐに結界なんて破れるだろう。ノアは半分とは言え森人族の血が混ざっているのだ。普通の人が魔法を使うよりも数倍、いや数十倍は威力が増していると思ってもいい。何せ、森人族は何よりも魔法との親和性が高いのである。
だからノアが言っていることも分からないではない。しかし、だからこそノアの実力ならば怪我をさせることなく本選に進むことなど造作もないことではないだろうか。
そんなリッカの疑問が伝わったのだろう。ノアは苦笑しながら肩を竦めた。
「正直、本選に出るのは面倒だったんだよね。何度も何度も加減して加減してってすると正直いつもよりもめちゃくちゃ疲れるし……ある程度理由つけて棄権してたかな。対戦だから怪我はしょうがないと言えばしょうがないけど、できるだけ怪我はさせたくないじゃない?」
「……ノアらしいと言えばノアらしいのか?」
「んー、でもノアは生徒会長やってるんでしょ?本選にも出てなくて会長に選ばれるって、会長の選出基準って何なのさ。」
「そんなの、実力戦があるんだよ。会長を決めるためのね……流石にそれは先生が防壁を張ってるからそんなに加減も面倒じゃないからいいんだけど。それに、会長になっている方が何かと都合がよかったからね。」
「へぇ……って、話ずれちゃったよ。」
「ずらしたのはリッカだけどな。」
タイチの呟きにリッカは視線だけでギロリと圧をかけた。ノアの説明を受けて何となく理解はできた気もする。リッカは小さく相槌を打ちながら考える。
リッカの場合、リッカに防壁を張るのは玄武になる。リッカよりも玄武の方がその点優れてるからだ。玄武の防壁は《防護結界》と言って上級魔法の中でも上位の魔法になる。反射魔法がすでに結界に組み込まれているので《防護結界》に守られたものに攻撃をするとそのまま攻撃が反射して攻撃者に返ってくるのだ。玄武の《防護結界》はその反射を何倍も強化してあるので、反射された攻撃は何倍もの威力で跳ね返る。
正直、ノア以上に参加しない方がいいと自分でも思うのだ。ノアと違ってこれは攻撃を受ける限り反射してしまうものなので、加減ができない。するとしたら玄武だが玄武が攻撃を受けると分かっていて威力を弱めるとは思えない。
一つ、今思いつく解決策があるとすれば、リッカが自分で防壁を張ることだが……、
「……僕はそもそも参加しない方がいいかな。」
「おや、リッカ君は参加しないのか?」
「参加するしないの前に、僕の防壁だと逆に怪我をさせかねないって話ですよ。個人戦は自分で防壁を張るんでしょう?だとしたら僕に防壁を張ってくれるのはゲンくんになります。ゲンくんの張ってくれる《防護結界》はとっても優秀ですから。それに、僕が攻撃を受けるかもしれない状況下でゲンくんが手を抜くとは思えないです。」
「神獣様の《防護結界》か……それは確かに強力そうだなぁ。」
そんなジルとリッカの会話に、玄武は当たり前だという風にうんうんと頷いている。玄武は何が何でも母第一なのである。譲る気は毛頭ない。玄武の瞳からはそんな思いがありありと伝わってくる。そんな意思の強い瞳でじっと見つめられてしまうと、もはやリッカが個人戦に参加することによって生み出される怪我人が続出するという未来しか想像できなかった。それほどに、玄武の《防護結界》は強力なのだ。相手の力を利用しているとは言え、怪我人ばかり出せば流石のリッカもバツが悪い。
だが、そんなリッカの思いとは裏腹に、ジルは何か考えでもあるのかにこにこと笑いながら口を開く。
「俺はリッカ君にもタイチ君にも個人戦には参加してもらおうと思っていたんだが。」
「……リッカだけでなく俺も、ですか?」
「ああ。特待生枠の生徒はリッカ君だけでなくタイチ君もだろう?それに、個人戦へ参加することを前提で一つ提案があるんだ。」
「提案?」
リッカの聞き返しにジルは軽く頷き、再度話し始める。
「今年度、最終学年のノアは卒業の後旅に出る。その旅にリッカ君とタイチ君にも同行してもらおうと考えていたんだ。」
「それは、僕らも一年で卒業するってことですか?」
「いいや、あくまでも長期遠征という形だ。流石に一年で卒業はな……そもそも、これも異例中の異例なんだ。リッカ君たちをアカデミーに閉じ込めて依頼を消化させるよりも、もっと広いところで経験を積んで貰たほうがいいという話になったんだ。流石に、年に何回かはアカデミーにも帰ってきてもらうがね。まあ、その辺の頻度はノアに一任するが。」
「……ノアは、それでいいの?」
まるで当事者であるノア本人の意思関係なくことが進んでいるようになって、リッカはついノアへ言葉をかけた。しかし当の本人はにこにことどこか嬉しそうで拍子抜けする。まるでこれからも一緒に旅ができることを喜んでいるような様子に、毒気を抜かれる。大きく縦に了承の意を告げるように頷くノアにリッカは呆れたように息をついた。それと同時に、一人考え込むようにして俯くタイチが目に入る。
「……タイチ?」
「ジルさん、俺はその提案……遠慮させてもらってもいいですか。」
「ん?何故だ?」
「……今までリッカ達と依頼をこなしていてそれでさっきの提案を聞いて考えていたんですが、俺はまだ一緒に旅に出れるほどではないです。確かに知識だけは身についていますが、まだ未熟だ。」
「しかし、アカデミーに残ったからと言って何か身に着けられるという確証もないぞ?」
「いえ、ジルさんやカガチ先生のように素晴らしい経験を持った先生がいらっしゃいますから、先生方がよろしければいろいろ教えを乞いたいです。それで、成長して、それからまた一緒に旅でもなんでもできればと。」
そんなに深く思い詰めているとは思わなかった。リッカ的にはこれからも一緒に行動するものだと思っていたが、タイチがそう願うのならば叶えない訳にもいくまい。タイチの従魔であるウルもローリアも前々から何度か相談されていたようで、驚いた様子はない。こればかりは主の決定に従うということだろう。
何も言っていなかったことを気にしているような様子のタイチにリッカは苦笑しながら言葉をかける。
「じゃあ、さっさと追いついてよね。僕はノアとの旅の方が魅力的だからノアと一緒に行くけど。」
「!……いいのか?」
「いいもなにもタイチが決めたことでしょう?僕が口出しできることじゃないよ。それに、旅に出たからずっと会えない訳じゃないし。」
「タイチくんがアカデミーに残るとなると寂しくなるね。」
「まあいいんじゃない?好きにすれば。」
「……ありがとう。」
リッカとノアにそう言われたタイチは嬉しそうに笑った。この問答については決着がついたことだろう。それを感じ取ったジルは改めて口を挟む。
「話もまとまったところで、まだ続きがあるんだがいいか?」
「まだ何かあるんですか?」
「ああ。タイチ君はアカデミー残るとしてリッカ君はノアと一緒に行くんだろう?」
「そうですね、そもそも僕がこっちのアカデミーに来たのだって冒険者とテイマーの資格を取ってそのまま旅に出るのが目的でしたし。」
「それは都合がいい。それで最初に言ったと思うんだが、この長期遠征は個人戦に参加することを条件にした提案なんだ。そして本選に出ること。それが長期遠征を許可できる最低ラインになる。」
どうやらタダでは行かせてくれないらしい。
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