超短編集

柳井 椿

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大丈夫よ、あなたの笑顔は素敵だから

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ずっと恋していたの。
そしてやっと見つけたの。
世界中を探したってあなた以上に素敵な人は昔も今もこれからもきっといない。
指の先からまつ毛の方向まですべてが美しいと思うのよ。
こんなにすてきな人をどうしてみんな見ようとしないのかしら?みんなバカなのかしら?目がついているのかしら?
感情を持っているのかしら?
私のこと笑ってもいいの。あきれながら「ばかな子だねえ」って。
私も笑うから。
ねえ、気づいてる?あなたの笑顔の源は私だって。

長く暗い闇時を歩いて動けないのに身を引きずりながらここまで来た意味、今ならわかるでしょう?
渇望して、切望して、願っても得られないってあきらめようとしたのに
期待しても与えられないものなっていくらでもあるって嫌と言うほど言い聞かせてきたのに
それでもほしいものが今目の前にあるから怖いんでしょう?
また期待したらきっと失望させられるって。だから何も信じないし、期待しないし、深入りしないって。
望みはいつも渇くほどに求め、切られても求めて、それでも失ってしまうから苦しいって知ってるのよね。

でもあなたがもうひとつ知っていることがあるはずよ。
求めたときに自分がとてつもない力をもってそれを引き寄せるパワーがあるってことを。

私はわかめみたいにヒラヒラした女だから力だ強ければそっちに勝手に引き寄せられる。
そうやってあなたは私を引き寄せたの。
笑っている私を長い間訝しんでいた。
偽物の笑顔かどうか見極めようといつも疑心をもって私と愛し合っていた。

エバが食べた善悪を知る木の実は疑心だったから、あなたの中に疑心があることは仕方がないの。
血となり肉となって今も私たちの体を作っている。
疑心のない神の愛はアダムなんて目じゃないの。
否定もしないわ、責めたりもしないわ、ただ憐みをもって慈しむことしか考えられないの。
他の女がどうかなんて知らないし、勝負にもならない。
そしてあなたはまた私を「バカだねえ」と愛しそうに見つめる。
その横顔に恋をする女は多いと思う。
優しく柔和なその表情にあなたの人としての格式が余すことなくあらわされている。
私に向ける笑顔があなたのすべてを物語っている。

心配いらない、大丈夫よ、あなたの笑顔は素敵だから。

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