悪役は初恋に溺れ、Domに支配される

第一話 脅迫された悪役令息は初恋に溺れる

０３－１０．

「母上はセーフワードを使ったから、亡くなったんだ」

　確信はない。しかし、ディーンには母親の死とセーフワードが関連しているとしか思えなかった。

　……それだけじゃないのは、わかってる。

　ヘンリエッタを出産した時、母親はかなり衰弱をしていた。侯爵家の権力を使い、かき集めた王国屈指の医者たちでさえ匙を投げるほどの衰弱であり、命が助からないのは母親もわかっていたはずである。

「母上は、ヘンリエッタを産めば、死ぬってわかっていたはずなんだ」

　出産を諦めなければ、母親の命はない。

　そう宣告されていたのにもかかわらず、母親はヘンリエッタを諦めなかった。

「でも、諦めなかった」

　自分の命よりも、産まれてくる子どもを優先した。

　それは夫や三人の息子の人生を左右する選択だということを、母親は理解をしていたことだろう。それでも、ヘンリエッタを諦めることだけはできなかった。

「母君の死とセーフワードは関係しているのか？」

　アレンの言葉を肯定することはできなかった。

　母親の死は出産による衰弱だ。元々、病弱だったのかもしれない。

「……わからない。でも、母上はセーフワードを使ったんだ。ヘンリエッタを殺そうとする父上を遠ざける為だけに」

　ディーンは、泣きながら叫ぶ両親の姿を見てしまった。

　父親は説得に応じない母親に対し、Domとして命令したのだろう。手段を選んでいる時間は残されていなかった。だからこそ、セーフワードが発動してしまったのかもしれない。

「反動があると、わかっていたはずなのに」

　ディーンはその光景を覚えている。

　忘れることはできないだろう。

「あの時、セーフワードを使わなければ。そしたら、母上は生きていたかもしれない」

　それはありえない話だとディーンもわかっている。

　母親の命は助からなかった。どちらにしても、母親が命を賭けて産んだヘンリエッタの待遇は変わらなかっただろう。

　わかっているのにもかかわらず、頭を過ってしまう。

　セーフワードを決めれば、いつの日か、その言葉を口にしなければならないかもしれない。それは死んでいった母親の最期を思い出させるものであり、ディーンも同じような死を迎えるのではないかと連想させてしまうものだった。