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第1話 狐塚町にはあやかしが住んでいる

04-4.

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 人間は、本来ならば、狭間に足を踏み入れてはいけない。

 人ならざる存在からすれば、高い知能を持っている存在の中では、短命である人間は狭間を視ないようにして生き延びて来た。

 欲望の渦巻く、闇に魅入られてしまえば戻れない。

 それを本能として知っている。

 だからこそ、霊視を持つ人間は、その力を支配下に置かない限りは危険に晒され続ける。

(しかし、それでも俺を視るか)

 彷徨い続ける魂を視ようと思えば、その視界には映るだろう。

 しかし、視続けることの疲れを知っているからこそ、旭はそれを教えることはなかった。

「これで人の眼には映らん。さて、香織よ」

「はっ! はい! 何でしょうか!? 旭様!」

 未だに緊張をしているのだろう香織は、思わず大きな声を上げた。

 それから、慌てて口を押える。

 人の眼には映らないと言われても、やはり気になるのだろう。

 人々が眠る時間帯、多くの人々が住む商店街では、静かにしている方が良い。

 誰かに教えられたわけではないが、香織の中の常識がそうさせるのだろう。

(人の子は、愉快よな)

 誰かに指摘をされたわけでは無い。

 ただ、本能として他人に気を遣う。

 それは、八百年近く生きて来た旭には、未だに理解のしきれない思考だった。

(不可思議。だからこそ、面白い)

 ――他人に迷惑をかける事は、生きているのだから当然である。

 そのような些細な事に気を掛ける必要はない。

 好きなように振る舞い、自由気ままに野をかけて遊び、腹が減れば好きなものを食らえばいい。

 幼い頃の旭にそう教えた両親は、この世にはいない。

 遠い昔、寿命が尽きてしまった。

(父上様と母上様にも見せて差し上げたかった)

 人の世は流れが速い。

 だからこそ、見ているのは面白い。
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