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第1話 狐塚町にはあやかしが住んでいる

05-6.

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「ほっ、本当に。わっ、わたしにも、できますか?」

「お前でなければできないものだ。狐塚の町を探しても、お前ほどに力の満ち溢れた人の子はいないだろう?」

 旭の言葉に、香織は頷くことしかできなかった。

 狐塚町は広くはない。町の半分以上は田畑や森林が占めており、観光客はそれなりにいるものの、住民は田舎暮らしを好む者や独り立ちする年齢に達していない者ばかりだ。

 老若男女問わず、調べ上げたところでも、香織よりも霊視の才を持つ者はいないだろう。

「強要はしないさ」

 旭は七尾を揺らしながら、香織の迷いに気づいているかのように言葉を紡ぐ。

「挑戦しないのも悪いことではない」

 挑戦もせずに諦めたところで誰も非難はできない。

 他人が何を言おうとも、香織に巫女としての仕事に携わる覚悟がなければ意味がない。

「だが、やりたいと思うのならばやってみるといい。香織。俺がお前の力になってやろう」

 慰めるわけでもない。

 力強く、迷っている背を押すわけでもない。

 ただ、傍にいる。

 旭がするのはそれだけのことだった。

「……旭様」

 香織の声は震えている。

 それが恐怖によるものなのか、緊張によるものなのか。

 それとも、日頃から抱えている不安によるものなのか。

 それらをすべて抱えて生きるしかない香織を慰める者は、ここにはいない。

「わたしに舞を教えてください」

 その言葉を口にするだけで気絶してしまいそうなほどに鼓動が速くなる。

 暑いわけでもないのに流れ落ちる汗を拭うことも、隠そうとすることもせず、香織は旭に視線を向けた。

 その視線に応えるように旭は口角を上げ、笑みを浮かべていた。
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