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第1話 狐塚町にはあやかしが住んでいる

06-1.旭は山の主を知っている

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* * *


(憑物が落ちたような顔をする)

 舞を見せるまでは恐れ多いと全身で表現をしながらも、決して眼を合わせようとしなかった香織と目が合った。

「良い選択だ」

 それは数秒ではあったものの、香織の心に何らかの変化が訪れたことを理解するのには充分だった。

「良い顔をする。香織よ。今後は俺が指南をしてやろう」

「はっ、はいっ!」

「緊張をする必要はない。お前はお前のままで、やれることだけをすればいいのだからな」

 真っ直ぐに見つめて来る香織から視線を外す。

 香織の隣に並び、口を一文字に結んだまま旭を見つめているだけの春博にも微笑みを掛ける。

(ハルも感化させると良いのだが)

 常に気を張って生きるのは大変だ。

 人間を食料ではないと、認識することきたのならば、見失ったままである“己”を見つける鍵となるかもしれない。

(なにも変わらなければそれまでのこと)

 三百年近くの月日を旭の付き人として生きて来た春博には、それ以外の生き方を求めるのは非情なことかもしれない。

(諦めるのには少々情が移りすぎた)

 しかし、旭はその可能性を信じたいと思っていた。

 他でもない。長い年月を共に過ごした春博だからこそ、信じたかった。

「お前たちは、三竹山の鬼を知っているかい?」

 目的地である三竹山には、古くから鬼女が住んでいる。

 三竹山を縄張りとしている鬼の許しを得られなければ、行方知らずになっている人間を救い出すことは難しいだろう。

「おっ、鬼を退治するのですか!?」

 香織はなにを想像したのだろうか。

 視線を春博に向けながら、怯え切った表情を浮かべた。
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