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第一章 鳥に追われる
鳥を追う人
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オゼ
あ、こんなところに血がついている。
さっき、鳥を掴まえ損ねた時についたのか。
あの夜、あの鳥の群れを見てから、俺は憑りつかれている。
――あの鳥を掴まえたい。
一日中、その事を繰り返し考えている。夢でも鳥を追っていて、今朝は早く起きるのがしんどかった。
昨日も夜遅くまで、近くの公園で空を見上げて過ごした。いつ空を覆うかも知れない鳥の群れを待ちながら。
掴まえたい、と言っても殺したいわけじゃない。ペットにしたいとか、見せびらかしたいとかそんな欲求もない。ただ、掴まえたい。それだけで良い。その後どうするかなんて、その時になってみないとわからない。そんな子どもじみた考えに完全に支配されている。
昨日の午後、アオチから連絡があった。もちろん個人の連絡先なんてお互い知らないから、社内のメッセージツールを通して。
『船に乗れることになった。今度からこっちに連絡してくれ』、その下に個人の連絡先があった。
良かった――今年は地元に帰る事ができる。最後に帰ったのは思い出せないくらい前だ。
アオチとは特別仲が良いわけでも同期のわけでもない。そもそも時期外れの中途入社の俺に同期はいない。
今回のプロジェクトで初めてまともに口をきくようになって、なんとなく出た話題で同郷だと知った。お互い高校までは地元で過ごしたものの、学校は違うし、俺の方が五歳年上なこともあって、全く知らなかった。
アオチも滅多に実家に帰らないのか、地元のお土産がオフィスに置いてあったこともない。
俺が年上とわかってからもアオチは友だちのような言葉遣いを改めなかった。それが嫌に感じないどころか居心地が良い。
対照的にアオチの横にいつもくっついている小柄なオオミは、怖いくらい敬語を崩さない。誰にでも、例え良く聞くとかなり失礼なことを言っている時すら頑なに敬語だった。「自分はあなたに壁を作っています」と宣言されているような気がして、俺なんかは悲しくなるが、アオチは全く気にしていない様子だった。
そう、アオチはオオミというこの後輩をいつも気にかけている。気に入っているのでも気にしてるでもなく、気にかけている。
理由は良く分からない。当のオオミは少し迷惑そうな顔をしている時もあったし、二人の関係は謎だ。
今回の、ほぼ丸一日かかる船旅の中で、機会があったら聞いてみよう。
「あと三十分以内に出ないとぎりぎりです」
「ああ……、もうほとんど終わってるんだ。今行くよ」
当のオオミがドアを半分開け立っていたのでちょっとびっくりした。
「それ――なんですか」
紙に書いた文章を読むような調子でオオミが言った。たぶん、驚いている。こいつは表情も声もバリエーションが少なすぎて、少し想像を働かせないと読めない。その目は俺の右の袖口の辺りを見ている。
この血のことか、見られたら隠すもの変だ。
「鳥を掴まえようとしたんだよ」
「と、鳥を」
なんだ? 完全にひいてる。あ、血か。俺が刃物でも持って鳥を追い回したと思っているに違いない。
「勘違いするなよ。鳥を傷つけたりはしてない。羽に触れそうなところまで近づいたのに飛び立ってしまった。その時、元々鳥のどこかについていたのが、飛び散ったか、垂れてきたんだ。怪我をしてるふうでもなかったから、多分、誰かの血だ。お前さっき、鳥が目玉を咥えてたって教えてくれたろ? 血がついていても不思議じゃ……」
オオミがじりじりと後ずさっている。俺がこんなに危険じゃないアピールをしているというのに、狂人を前にした怯えようだ。
「おい――」
「じゃあ、また後で」
バタンっとドアが閉じられた。何なんだよ……立ち上がりかけた椅子にもう一度座って溜息をついた。
あ、こんなところに血がついている。
さっき、鳥を掴まえ損ねた時についたのか。
あの夜、あの鳥の群れを見てから、俺は憑りつかれている。
――あの鳥を掴まえたい。
一日中、その事を繰り返し考えている。夢でも鳥を追っていて、今朝は早く起きるのがしんどかった。
昨日も夜遅くまで、近くの公園で空を見上げて過ごした。いつ空を覆うかも知れない鳥の群れを待ちながら。
掴まえたい、と言っても殺したいわけじゃない。ペットにしたいとか、見せびらかしたいとかそんな欲求もない。ただ、掴まえたい。それだけで良い。その後どうするかなんて、その時になってみないとわからない。そんな子どもじみた考えに完全に支配されている。
昨日の午後、アオチから連絡があった。もちろん個人の連絡先なんてお互い知らないから、社内のメッセージツールを通して。
『船に乗れることになった。今度からこっちに連絡してくれ』、その下に個人の連絡先があった。
良かった――今年は地元に帰る事ができる。最後に帰ったのは思い出せないくらい前だ。
アオチとは特別仲が良いわけでも同期のわけでもない。そもそも時期外れの中途入社の俺に同期はいない。
今回のプロジェクトで初めてまともに口をきくようになって、なんとなく出た話題で同郷だと知った。お互い高校までは地元で過ごしたものの、学校は違うし、俺の方が五歳年上なこともあって、全く知らなかった。
アオチも滅多に実家に帰らないのか、地元のお土産がオフィスに置いてあったこともない。
俺が年上とわかってからもアオチは友だちのような言葉遣いを改めなかった。それが嫌に感じないどころか居心地が良い。
対照的にアオチの横にいつもくっついている小柄なオオミは、怖いくらい敬語を崩さない。誰にでも、例え良く聞くとかなり失礼なことを言っている時すら頑なに敬語だった。「自分はあなたに壁を作っています」と宣言されているような気がして、俺なんかは悲しくなるが、アオチは全く気にしていない様子だった。
そう、アオチはオオミというこの後輩をいつも気にかけている。気に入っているのでも気にしてるでもなく、気にかけている。
理由は良く分からない。当のオオミは少し迷惑そうな顔をしている時もあったし、二人の関係は謎だ。
今回の、ほぼ丸一日かかる船旅の中で、機会があったら聞いてみよう。
「あと三十分以内に出ないとぎりぎりです」
「ああ……、もうほとんど終わってるんだ。今行くよ」
当のオオミがドアを半分開け立っていたのでちょっとびっくりした。
「それ――なんですか」
紙に書いた文章を読むような調子でオオミが言った。たぶん、驚いている。こいつは表情も声もバリエーションが少なすぎて、少し想像を働かせないと読めない。その目は俺の右の袖口の辺りを見ている。
この血のことか、見られたら隠すもの変だ。
「鳥を掴まえようとしたんだよ」
「と、鳥を」
なんだ? 完全にひいてる。あ、血か。俺が刃物でも持って鳥を追い回したと思っているに違いない。
「勘違いするなよ。鳥を傷つけたりはしてない。羽に触れそうなところまで近づいたのに飛び立ってしまった。その時、元々鳥のどこかについていたのが、飛び散ったか、垂れてきたんだ。怪我をしてるふうでもなかったから、多分、誰かの血だ。お前さっき、鳥が目玉を咥えてたって教えてくれたろ? 血がついていても不思議じゃ……」
オオミがじりじりと後ずさっている。俺がこんなに危険じゃないアピールをしているというのに、狂人を前にした怯えようだ。
「おい――」
「じゃあ、また後で」
バタンっとドアが閉じられた。何なんだよ……立ち上がりかけた椅子にもう一度座って溜息をついた。
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