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第一章 鳥に追われる
死の鳥
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三人
あれは死のメタファーなんだ。
さっきベンチの所でアオチさんが指した船を見た時、何故だかピンときた。
今、その船に向かって歩くアオチさんの背中を見ながら進んでいる。
「死」だと直感したのは実は船のことではなく、鳥のことだ。そう、あの鳥の群れが死を現しているとしたらしっくりくる。この頭のおかしい先輩たちの反応も。僕は死ぬのが怖い。そしてアオチさんみたいな陽の雰囲気を纏っている人ほど真逆の死に惹かれてしまうのも何となく理解できる。
オゼさんとはあまり話したこともないから、正直良くわからないけれど、あの人自身が死神のように見えたことは何回かある。風貌も、口調も。でもそんな人だからこそ、死とも戦えるのかも知れない。
「アオチさん」
この事を誰かに話したくて仕方なくなった。本当は全世界の人に教えてやりたい気持ちだったが、まずは手近な人に話そう。駆け足でアオチさんの横に並び、耳元で囁いた。
「あの鳥は死の使いなんです」
「お前、大丈夫か」
アオチさんが僕の顔を覗き込んだ。真っ直ぐな目だ。長い前髪で目も良く見えないオゼさんとは対照的だ。
少し前を歩く当のオゼさんは、僕たちの会話を気にしているのか、二十度くらい頭を横に傾けている。まずい、何となく聞かれたくない。更に声をひそめる。
「茶化さないで聞いてください。アオチさんを心配しているんですよ」
「ん? もう少し声を張ってくれよ。何言ってんだかわかんない」
「大きな声じゃ言えないんです。静かにしてください。とにかくあなたは死に癒されてるんです。気をしっかり持ってくださいね」
「……」
鈍い人だな、苛々する。大事な事だけ端的に言おう。
「死なないでください」
アオチさんが悲しそうに笑った。その時、何故か確信した。
今、僕らの中で一番生命力に満ちているアオチさんは、一番最初に鳥に奪われる――。
*
オオミが耳元で訳のわからない事を言っていたが、正直今はそれどころではなかった。
さっき船の横顔を見上げた時、そこに開く狭い入口に、死人を見たからだ。
しかも、他の二人の様子から察するに、あれに気がついているのは俺だけだ。
死人と目が合った。氷が張り付いているような肌をしている。薄い灰色の、あんな作業服があるんだろか? つなぎの服に、同じ色の分厚いコートを羽織っている。
何歳だ? 灰色の髪に艶のない――瑞々しい死人などいないかも知れないけれど――肌を見る限り年寄りに思えるが。ここからじゃ良くわからない。
そいつの口が「早く」という形で動いた。口の中が吸い込まれそうに暗い。日本人なのか? 彫が深いように見える。老人だとしたらずいぶん背が高くて体格が良い。
――何で俺は今、怖くないんだ? 凄く懐かしい。
俺の祖父とか、子どもの頃近所に住んでいたじいさんに似ているとかじゃないのは確かだ。でも……今だって俺を呼んでいる。
足が勝手に船に向いてしまう。
船に近づくほどに足元がおぼつかなくなる俺に、オオミとオゼが不安気な視線を送っているのを感じた。
*
憑りつかれたように船の入口に向かって、人ひとり分の幅しかないステンレスだかアルミだか良くわからない素材の急な通路をアオチが上がって行く。
「おい、待てよ」
いつも健康的なアオチの病人のような足取りが心配になり、後を追う。
「アオチさん!」
オオミも続いて駆け上がってくる。通路が狭いせいで、アオチ、俺、オオミと連なって進んだ。後ろから「邪魔です」と言われているような強い圧を感じる。
「おい、押すなよ」
そう言っているうちにやっと入口までついた。異常に長くかかった感じがした。思っていたより大きかったとは言え、たかが船だ。こんなグラウンドを何周かしたような気分になるだろうか。
「そこが地上の空気の吸い納めかもしれないから、しっかり吸い込んでおけ」
突然掠れた男の声がして驚いた。
目の前のアオチの背中で中が良く見えない。
「お前……誰だよ」
言いながら大きく息を吸い込んでしまった。言いなりになったようで悔しい。
「それが地上での最後の汽笛」
カサカサした声が楽しそうに言った。
「ちょっと……何なんですか」
多分、俺より様子がわからないであろうオオミが後ろで背伸びをしているような気配がする。
曖昧な場所に突っ立っていたアオチがやっと船内に足を踏み入れてくれたので、俺も続けて乗り込んだ。
「ここは狭いから気をつけろ」
またハスキーな声の持ち主が言う。
「だから、どうしたんですか? 中に誰かいるんですか?」
後ろから俺を押しのけて入ってきたオオミが一瞬押し黙る。
が、次の瞬間にはアオチに駆け寄りその手首を握っていた。
掠れ声のやつが言った通り、今俺たち四人が立っている場所は外階段の踊り場のような危うさで、予想外に激しく動くオオミが我を忘れていないか心配だ。
「アオチさん!」
アオチの様子が明らかに変だった。
オオミに身体を揺すられても一言も声を発しない。この得体の知れない男に憑りつかれてしまったようだ。そんな俺たちを無視してそいつは続けた。
「案内するよ」
「その前に、あんた本当に誰なんだ」
意外そうな顔でそいつが言う。「知らないで乗って来たのか」と顔に描いてある。
「俺は心臓回収人だ」
あれは死のメタファーなんだ。
さっきベンチの所でアオチさんが指した船を見た時、何故だかピンときた。
今、その船に向かって歩くアオチさんの背中を見ながら進んでいる。
「死」だと直感したのは実は船のことではなく、鳥のことだ。そう、あの鳥の群れが死を現しているとしたらしっくりくる。この頭のおかしい先輩たちの反応も。僕は死ぬのが怖い。そしてアオチさんみたいな陽の雰囲気を纏っている人ほど真逆の死に惹かれてしまうのも何となく理解できる。
オゼさんとはあまり話したこともないから、正直良くわからないけれど、あの人自身が死神のように見えたことは何回かある。風貌も、口調も。でもそんな人だからこそ、死とも戦えるのかも知れない。
「アオチさん」
この事を誰かに話したくて仕方なくなった。本当は全世界の人に教えてやりたい気持ちだったが、まずは手近な人に話そう。駆け足でアオチさんの横に並び、耳元で囁いた。
「あの鳥は死の使いなんです」
「お前、大丈夫か」
アオチさんが僕の顔を覗き込んだ。真っ直ぐな目だ。長い前髪で目も良く見えないオゼさんとは対照的だ。
少し前を歩く当のオゼさんは、僕たちの会話を気にしているのか、二十度くらい頭を横に傾けている。まずい、何となく聞かれたくない。更に声をひそめる。
「茶化さないで聞いてください。アオチさんを心配しているんですよ」
「ん? もう少し声を張ってくれよ。何言ってんだかわかんない」
「大きな声じゃ言えないんです。静かにしてください。とにかくあなたは死に癒されてるんです。気をしっかり持ってくださいね」
「……」
鈍い人だな、苛々する。大事な事だけ端的に言おう。
「死なないでください」
アオチさんが悲しそうに笑った。その時、何故か確信した。
今、僕らの中で一番生命力に満ちているアオチさんは、一番最初に鳥に奪われる――。
*
オオミが耳元で訳のわからない事を言っていたが、正直今はそれどころではなかった。
さっき船の横顔を見上げた時、そこに開く狭い入口に、死人を見たからだ。
しかも、他の二人の様子から察するに、あれに気がついているのは俺だけだ。
死人と目が合った。氷が張り付いているような肌をしている。薄い灰色の、あんな作業服があるんだろか? つなぎの服に、同じ色の分厚いコートを羽織っている。
何歳だ? 灰色の髪に艶のない――瑞々しい死人などいないかも知れないけれど――肌を見る限り年寄りに思えるが。ここからじゃ良くわからない。
そいつの口が「早く」という形で動いた。口の中が吸い込まれそうに暗い。日本人なのか? 彫が深いように見える。老人だとしたらずいぶん背が高くて体格が良い。
――何で俺は今、怖くないんだ? 凄く懐かしい。
俺の祖父とか、子どもの頃近所に住んでいたじいさんに似ているとかじゃないのは確かだ。でも……今だって俺を呼んでいる。
足が勝手に船に向いてしまう。
船に近づくほどに足元がおぼつかなくなる俺に、オオミとオゼが不安気な視線を送っているのを感じた。
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憑りつかれたように船の入口に向かって、人ひとり分の幅しかないステンレスだかアルミだか良くわからない素材の急な通路をアオチが上がって行く。
「おい、待てよ」
いつも健康的なアオチの病人のような足取りが心配になり、後を追う。
「アオチさん!」
オオミも続いて駆け上がってくる。通路が狭いせいで、アオチ、俺、オオミと連なって進んだ。後ろから「邪魔です」と言われているような強い圧を感じる。
「おい、押すなよ」
そう言っているうちにやっと入口までついた。異常に長くかかった感じがした。思っていたより大きかったとは言え、たかが船だ。こんなグラウンドを何周かしたような気分になるだろうか。
「そこが地上の空気の吸い納めかもしれないから、しっかり吸い込んでおけ」
突然掠れた男の声がして驚いた。
目の前のアオチの背中で中が良く見えない。
「お前……誰だよ」
言いながら大きく息を吸い込んでしまった。言いなりになったようで悔しい。
「それが地上での最後の汽笛」
カサカサした声が楽しそうに言った。
「ちょっと……何なんですか」
多分、俺より様子がわからないであろうオオミが後ろで背伸びをしているような気配がする。
曖昧な場所に突っ立っていたアオチがやっと船内に足を踏み入れてくれたので、俺も続けて乗り込んだ。
「ここは狭いから気をつけろ」
またハスキーな声の持ち主が言う。
「だから、どうしたんですか? 中に誰かいるんですか?」
後ろから俺を押しのけて入ってきたオオミが一瞬押し黙る。
が、次の瞬間にはアオチに駆け寄りその手首を握っていた。
掠れ声のやつが言った通り、今俺たち四人が立っている場所は外階段の踊り場のような危うさで、予想外に激しく動くオオミが我を忘れていないか心配だ。
「アオチさん!」
アオチの様子が明らかに変だった。
オオミに身体を揺すられても一言も声を発しない。この得体の知れない男に憑りつかれてしまったようだ。そんな俺たちを無視してそいつは続けた。
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