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第一章 鳥に追われる
三角
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オオミ
「そんなに落ち込まないでください」
うなだれるアオチさんを食堂で慰めていた。
「ああ、ごめんな。つい我を忘れてしまって。もう大丈夫だ」
「そうだよ、鳥はまた絶対戻って来るさ」
オゼさんもはっきりした口調で援護してくれる。
オゼさんの横ではマモルくんが「うんうん」と頷いている。そしてマモルくんの隣には――
「なんか、食事が多くないか、あ、そうか」
自分で尋ねておいて納得したのか、アオチさんが優しい表情をオゼさんに向けた。
――そうなんだ、ついさっきからここにはオゼさんの言っていた「おばさん」もいる。
想像していた姿よりおばさんではなかったが。考えれば、オゼさんが中学生の頃なんて今から二十年位前の話だ。子どもだったオゼさんから見ておばさんだっただけで、何なら今はオゼさんとお似合いなくらいだ。
――本当にそうなら良かったのに。オゼさんは明らかにおばさんが好きだ。本人が何と弁明しようが間違えない。おばさんは無口な人のようで、オゼさんに話しかけられても、きれいな形の唇からは最低限の言葉しか出てこない。それでも嬉しそうなオゼさんがいじらしい。
でも、ややこしい事にそのおばさんは明らかにアオチさんが好きだ。
さっきから視線がアオチさんの上を泳いでいる。アオチさんが話すと好きな曲が流れた時のように涼し気な目が輝いた。
せめてアオチさんに死人が見えていれば良かったのに……。何もわからず無防備な姿をさらけ出してしまっているアオチさんはたちが悪い。そんなの益々好きになってしまうじゃないか。
このままじゃ、オゼさんも、おばさんも、アオチさんも気まずい。僕はどう振る舞えばいいんだ――。おばさんの気持ちにオゼさんがまだ気が付いていないのが不幸中の幸いだが、時間の問題だ。
「良かったな、おばさんに会えて」
「ああ、そうだな。でも……いつまでもおばさんなんて呼んでたら失礼かな。俺と大して変わらないもんな」
アオチさんの空気を読まない言葉にオゼさんが少し、顔を赤らめて言う。
もうさっさとオゼさんが死んで、おばさんとマモルくんで家族として暮らしてくれないだろうか。それはそれで修羅場か。おばさんには旦那さんがいたんだっけ? その人はまだ生きているんだろうか? そっちには行かないのかな。
とてもそんな事は聞ける雰囲気ではないので、出来るだけ当たり障りない話題でやり過ごしたい。
「そうですね。おばさんは失礼だ。お名前は何と言うんですか」
「カオリです」
アオチさんのことはぎこちない顔で見ているのに、僕には自然な笑顔で答えてくれる。つまり、何とも思ってない。
冷たい印象の顔立ちのせいで、笑うとよけい優しさが際立つ。もっとキツイ感じの人かと思っていたけど、違って安心した。
「じゃあ、これからはカオリさんと呼びますね。カオリさんはどうしてマモルくんとこの船に乗ってきたのですか」
僕が司会みたくなっているけれど、それは必然だ。照れて無口なオゼさん、それ以前に死人が見えないアオチさんで会話を展開するのは困難だ。
「それが、良く分からないんです。ここに来るまでどこにいたのかも……彼が、オゼくんが思い出してくれたからかも知れません。覚えていてもらえたなんて意外でした。とっくの昔に忘れられていたと思っていました。わたしは覚えていましたが」
良かった。カオリさんは僕のような年下にも敬語で語尾をクリアに話す。僕は大人の癖に甘えた子どものような話し方をする女の人が嫌いだけど、カオリさんなら頭が痛くならずに済みそうだ。
オゼさん、趣味がいいじゃないか。カオリさんは文字通り自分のことは眼中にないアオチさんのことなんてさっさと諦めて、オゼさんが死ぬまで待つべきだ。あんな甘い物ばかりの食事をしていたのでは、そんなに長いこと待つ必要もないだろうし……思わず声に出してしまいそうになる。
「どうかしたか? 何て言ってるんだ、そのカオリさんは」
ああ、もうアオチさんしゃべらないでください。ほとんどあなたのせいだ。名前を呼ばれて喜んじゃってるじゃないですか。
「いいえ、何でもありません。食事が終わったらちょっとアオチさんの部屋に行っても良いですか。プロジェクトの担当割の件でちょっと相談が」
「お前、こんなところまで来て仕事の話かよ、熱心だな」
これはちょっとアオチさんと二人きりで話さないといけない。
「二人とも仕事人間だもんな。俺は――マモルと……おばさんと思い出話でもしようかな」
オゼさん頑張れ、僕はオゼさんの味方です。
「死人も食事をするんですね。あ、失礼しました。僕、子どもの頃から良く死人を見かけるんですが、食事をしているのを見るのは初めてで」
「わたしたちも、何でお腹が空くのかわからないんです」
クールな顔で良く食べるんだな。ミステリアスな雰囲気のオゼさんとは絵的にも凄く似合ってる。
「困るよ、それは困る」
アオチさんがベッドに乱暴に座り頭を抱えた。どうしよう、思った以上に動揺している。
「落ち着いてください。気が無いなら気が無いようにしていてくれたらいいんです。いや、でも冷たくはしないでください。それはそれでオゼさんが怒ります」
「何難しいこと言ってるんだよ、気があるも何も見えないし感じないし、話もできないんだぞ。どういう態度を取ったって無視してるようになるじゃないか」
「そうですよね。もう、死人が怖いとか気持ち悪いとか失礼なことを言わなければそれで充分です。あ、でもマモルくんがいるので、格好悪いことはしないでくださいね」
アオチさんが深い溜息をつく。
「その子にはどう思われてんだ」
「たぶん、何かのヒーローとかだと思ってます。夢を壊すような情けないことはしないようにしてください」
「全く、勝手だな……」
しばらく黙ったあと、アオチさんが意を決した顔で僕を見た。
「なあ、笑わないで聞いてくれよ。ここに来てからずっと考えてたことがあるんだ」
アオチさんの言おうとしている事に心当りがあった。無意識に唾を呑み込む。
「俺たち三人、もう死んでるんじゃないのか?」
「そんなに落ち込まないでください」
うなだれるアオチさんを食堂で慰めていた。
「ああ、ごめんな。つい我を忘れてしまって。もう大丈夫だ」
「そうだよ、鳥はまた絶対戻って来るさ」
オゼさんもはっきりした口調で援護してくれる。
オゼさんの横ではマモルくんが「うんうん」と頷いている。そしてマモルくんの隣には――
「なんか、食事が多くないか、あ、そうか」
自分で尋ねておいて納得したのか、アオチさんが優しい表情をオゼさんに向けた。
――そうなんだ、ついさっきからここにはオゼさんの言っていた「おばさん」もいる。
想像していた姿よりおばさんではなかったが。考えれば、オゼさんが中学生の頃なんて今から二十年位前の話だ。子どもだったオゼさんから見ておばさんだっただけで、何なら今はオゼさんとお似合いなくらいだ。
――本当にそうなら良かったのに。オゼさんは明らかにおばさんが好きだ。本人が何と弁明しようが間違えない。おばさんは無口な人のようで、オゼさんに話しかけられても、きれいな形の唇からは最低限の言葉しか出てこない。それでも嬉しそうなオゼさんがいじらしい。
でも、ややこしい事にそのおばさんは明らかにアオチさんが好きだ。
さっきから視線がアオチさんの上を泳いでいる。アオチさんが話すと好きな曲が流れた時のように涼し気な目が輝いた。
せめてアオチさんに死人が見えていれば良かったのに……。何もわからず無防備な姿をさらけ出してしまっているアオチさんはたちが悪い。そんなの益々好きになってしまうじゃないか。
このままじゃ、オゼさんも、おばさんも、アオチさんも気まずい。僕はどう振る舞えばいいんだ――。おばさんの気持ちにオゼさんがまだ気が付いていないのが不幸中の幸いだが、時間の問題だ。
「良かったな、おばさんに会えて」
「ああ、そうだな。でも……いつまでもおばさんなんて呼んでたら失礼かな。俺と大して変わらないもんな」
アオチさんの空気を読まない言葉にオゼさんが少し、顔を赤らめて言う。
もうさっさとオゼさんが死んで、おばさんとマモルくんで家族として暮らしてくれないだろうか。それはそれで修羅場か。おばさんには旦那さんがいたんだっけ? その人はまだ生きているんだろうか? そっちには行かないのかな。
とてもそんな事は聞ける雰囲気ではないので、出来るだけ当たり障りない話題でやり過ごしたい。
「そうですね。おばさんは失礼だ。お名前は何と言うんですか」
「カオリです」
アオチさんのことはぎこちない顔で見ているのに、僕には自然な笑顔で答えてくれる。つまり、何とも思ってない。
冷たい印象の顔立ちのせいで、笑うとよけい優しさが際立つ。もっとキツイ感じの人かと思っていたけど、違って安心した。
「じゃあ、これからはカオリさんと呼びますね。カオリさんはどうしてマモルくんとこの船に乗ってきたのですか」
僕が司会みたくなっているけれど、それは必然だ。照れて無口なオゼさん、それ以前に死人が見えないアオチさんで会話を展開するのは困難だ。
「それが、良く分からないんです。ここに来るまでどこにいたのかも……彼が、オゼくんが思い出してくれたからかも知れません。覚えていてもらえたなんて意外でした。とっくの昔に忘れられていたと思っていました。わたしは覚えていましたが」
良かった。カオリさんは僕のような年下にも敬語で語尾をクリアに話す。僕は大人の癖に甘えた子どものような話し方をする女の人が嫌いだけど、カオリさんなら頭が痛くならずに済みそうだ。
オゼさん、趣味がいいじゃないか。カオリさんは文字通り自分のことは眼中にないアオチさんのことなんてさっさと諦めて、オゼさんが死ぬまで待つべきだ。あんな甘い物ばかりの食事をしていたのでは、そんなに長いこと待つ必要もないだろうし……思わず声に出してしまいそうになる。
「どうかしたか? 何て言ってるんだ、そのカオリさんは」
ああ、もうアオチさんしゃべらないでください。ほとんどあなたのせいだ。名前を呼ばれて喜んじゃってるじゃないですか。
「いいえ、何でもありません。食事が終わったらちょっとアオチさんの部屋に行っても良いですか。プロジェクトの担当割の件でちょっと相談が」
「お前、こんなところまで来て仕事の話かよ、熱心だな」
これはちょっとアオチさんと二人きりで話さないといけない。
「二人とも仕事人間だもんな。俺は――マモルと……おばさんと思い出話でもしようかな」
オゼさん頑張れ、僕はオゼさんの味方です。
「死人も食事をするんですね。あ、失礼しました。僕、子どもの頃から良く死人を見かけるんですが、食事をしているのを見るのは初めてで」
「わたしたちも、何でお腹が空くのかわからないんです」
クールな顔で良く食べるんだな。ミステリアスな雰囲気のオゼさんとは絵的にも凄く似合ってる。
「困るよ、それは困る」
アオチさんがベッドに乱暴に座り頭を抱えた。どうしよう、思った以上に動揺している。
「落ち着いてください。気が無いなら気が無いようにしていてくれたらいいんです。いや、でも冷たくはしないでください。それはそれでオゼさんが怒ります」
「何難しいこと言ってるんだよ、気があるも何も見えないし感じないし、話もできないんだぞ。どういう態度を取ったって無視してるようになるじゃないか」
「そうですよね。もう、死人が怖いとか気持ち悪いとか失礼なことを言わなければそれで充分です。あ、でもマモルくんがいるので、格好悪いことはしないでくださいね」
アオチさんが深い溜息をつく。
「その子にはどう思われてんだ」
「たぶん、何かのヒーローとかだと思ってます。夢を壊すような情けないことはしないようにしてください」
「全く、勝手だな……」
しばらく黙ったあと、アオチさんが意を決した顔で僕を見た。
「なあ、笑わないで聞いてくれよ。ここに来てからずっと考えてたことがあるんだ」
アオチさんの言おうとしている事に心当りがあった。無意識に唾を呑み込む。
「俺たち三人、もう死んでるんじゃないのか?」
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