26 / 94
第一章 鳥に追われる
三角
しおりを挟む
オオミ
「そんなに落ち込まないでください」
うなだれるアオチさんを食堂で慰めていた。
「ああ、ごめんな。つい我を忘れてしまって。もう大丈夫だ」
「そうだよ、鳥はまた絶対戻って来るさ」
オゼさんもはっきりした口調で援護してくれる。
オゼさんの横ではマモルくんが「うんうん」と頷いている。そしてマモルくんの隣には――
「なんか、食事が多くないか、あ、そうか」
自分で尋ねておいて納得したのか、アオチさんが優しい表情をオゼさんに向けた。
――そうなんだ、ついさっきからここにはオゼさんの言っていた「おばさん」もいる。
想像していた姿よりおばさんではなかったが。考えれば、オゼさんが中学生の頃なんて今から二十年位前の話だ。子どもだったオゼさんから見ておばさんだっただけで、何なら今はオゼさんとお似合いなくらいだ。
――本当にそうなら良かったのに。オゼさんは明らかにおばさんが好きだ。本人が何と弁明しようが間違えない。おばさんは無口な人のようで、オゼさんに話しかけられても、きれいな形の唇からは最低限の言葉しか出てこない。それでも嬉しそうなオゼさんがいじらしい。
でも、ややこしい事にそのおばさんは明らかにアオチさんが好きだ。
さっきから視線がアオチさんの上を泳いでいる。アオチさんが話すと好きな曲が流れた時のように涼し気な目が輝いた。
せめてアオチさんに死人が見えていれば良かったのに……。何もわからず無防備な姿をさらけ出してしまっているアオチさんはたちが悪い。そんなの益々好きになってしまうじゃないか。
このままじゃ、オゼさんも、おばさんも、アオチさんも気まずい。僕はどう振る舞えばいいんだ――。おばさんの気持ちにオゼさんがまだ気が付いていないのが不幸中の幸いだが、時間の問題だ。
「良かったな、おばさんに会えて」
「ああ、そうだな。でも……いつまでもおばさんなんて呼んでたら失礼かな。俺と大して変わらないもんな」
アオチさんの空気を読まない言葉にオゼさんが少し、顔を赤らめて言う。
もうさっさとオゼさんが死んで、おばさんとマモルくんで家族として暮らしてくれないだろうか。それはそれで修羅場か。おばさんには旦那さんがいたんだっけ? その人はまだ生きているんだろうか? そっちには行かないのかな。
とてもそんな事は聞ける雰囲気ではないので、出来るだけ当たり障りない話題でやり過ごしたい。
「そうですね。おばさんは失礼だ。お名前は何と言うんですか」
「カオリです」
アオチさんのことはぎこちない顔で見ているのに、僕には自然な笑顔で答えてくれる。つまり、何とも思ってない。
冷たい印象の顔立ちのせいで、笑うとよけい優しさが際立つ。もっとキツイ感じの人かと思っていたけど、違って安心した。
「じゃあ、これからはカオリさんと呼びますね。カオリさんはどうしてマモルくんとこの船に乗ってきたのですか」
僕が司会みたくなっているけれど、それは必然だ。照れて無口なオゼさん、それ以前に死人が見えないアオチさんで会話を展開するのは困難だ。
「それが、良く分からないんです。ここに来るまでどこにいたのかも……彼が、オゼくんが思い出してくれたからかも知れません。覚えていてもらえたなんて意外でした。とっくの昔に忘れられていたと思っていました。わたしは覚えていましたが」
良かった。カオリさんは僕のような年下にも敬語で語尾をクリアに話す。僕は大人の癖に甘えた子どものような話し方をする女の人が嫌いだけど、カオリさんなら頭が痛くならずに済みそうだ。
オゼさん、趣味がいいじゃないか。カオリさんは文字通り自分のことは眼中にないアオチさんのことなんてさっさと諦めて、オゼさんが死ぬまで待つべきだ。あんな甘い物ばかりの食事をしていたのでは、そんなに長いこと待つ必要もないだろうし……思わず声に出してしまいそうになる。
「どうかしたか? 何て言ってるんだ、そのカオリさんは」
ああ、もうアオチさんしゃべらないでください。ほとんどあなたのせいだ。名前を呼ばれて喜んじゃってるじゃないですか。
「いいえ、何でもありません。食事が終わったらちょっとアオチさんの部屋に行っても良いですか。プロジェクトの担当割の件でちょっと相談が」
「お前、こんなところまで来て仕事の話かよ、熱心だな」
これはちょっとアオチさんと二人きりで話さないといけない。
「二人とも仕事人間だもんな。俺は――マモルと……おばさんと思い出話でもしようかな」
オゼさん頑張れ、僕はオゼさんの味方です。
「死人も食事をするんですね。あ、失礼しました。僕、子どもの頃から良く死人を見かけるんですが、食事をしているのを見るのは初めてで」
「わたしたちも、何でお腹が空くのかわからないんです」
クールな顔で良く食べるんだな。ミステリアスな雰囲気のオゼさんとは絵的にも凄く似合ってる。
「困るよ、それは困る」
アオチさんがベッドに乱暴に座り頭を抱えた。どうしよう、思った以上に動揺している。
「落ち着いてください。気が無いなら気が無いようにしていてくれたらいいんです。いや、でも冷たくはしないでください。それはそれでオゼさんが怒ります」
「何難しいこと言ってるんだよ、気があるも何も見えないし感じないし、話もできないんだぞ。どういう態度を取ったって無視してるようになるじゃないか」
「そうですよね。もう、死人が怖いとか気持ち悪いとか失礼なことを言わなければそれで充分です。あ、でもマモルくんがいるので、格好悪いことはしないでくださいね」
アオチさんが深い溜息をつく。
「その子にはどう思われてんだ」
「たぶん、何かのヒーローとかだと思ってます。夢を壊すような情けないことはしないようにしてください」
「全く、勝手だな……」
しばらく黙ったあと、アオチさんが意を決した顔で僕を見た。
「なあ、笑わないで聞いてくれよ。ここに来てからずっと考えてたことがあるんだ」
アオチさんの言おうとしている事に心当りがあった。無意識に唾を呑み込む。
「俺たち三人、もう死んでるんじゃないのか?」
「そんなに落ち込まないでください」
うなだれるアオチさんを食堂で慰めていた。
「ああ、ごめんな。つい我を忘れてしまって。もう大丈夫だ」
「そうだよ、鳥はまた絶対戻って来るさ」
オゼさんもはっきりした口調で援護してくれる。
オゼさんの横ではマモルくんが「うんうん」と頷いている。そしてマモルくんの隣には――
「なんか、食事が多くないか、あ、そうか」
自分で尋ねておいて納得したのか、アオチさんが優しい表情をオゼさんに向けた。
――そうなんだ、ついさっきからここにはオゼさんの言っていた「おばさん」もいる。
想像していた姿よりおばさんではなかったが。考えれば、オゼさんが中学生の頃なんて今から二十年位前の話だ。子どもだったオゼさんから見ておばさんだっただけで、何なら今はオゼさんとお似合いなくらいだ。
――本当にそうなら良かったのに。オゼさんは明らかにおばさんが好きだ。本人が何と弁明しようが間違えない。おばさんは無口な人のようで、オゼさんに話しかけられても、きれいな形の唇からは最低限の言葉しか出てこない。それでも嬉しそうなオゼさんがいじらしい。
でも、ややこしい事にそのおばさんは明らかにアオチさんが好きだ。
さっきから視線がアオチさんの上を泳いでいる。アオチさんが話すと好きな曲が流れた時のように涼し気な目が輝いた。
せめてアオチさんに死人が見えていれば良かったのに……。何もわからず無防備な姿をさらけ出してしまっているアオチさんはたちが悪い。そんなの益々好きになってしまうじゃないか。
このままじゃ、オゼさんも、おばさんも、アオチさんも気まずい。僕はどう振る舞えばいいんだ――。おばさんの気持ちにオゼさんがまだ気が付いていないのが不幸中の幸いだが、時間の問題だ。
「良かったな、おばさんに会えて」
「ああ、そうだな。でも……いつまでもおばさんなんて呼んでたら失礼かな。俺と大して変わらないもんな」
アオチさんの空気を読まない言葉にオゼさんが少し、顔を赤らめて言う。
もうさっさとオゼさんが死んで、おばさんとマモルくんで家族として暮らしてくれないだろうか。それはそれで修羅場か。おばさんには旦那さんがいたんだっけ? その人はまだ生きているんだろうか? そっちには行かないのかな。
とてもそんな事は聞ける雰囲気ではないので、出来るだけ当たり障りない話題でやり過ごしたい。
「そうですね。おばさんは失礼だ。お名前は何と言うんですか」
「カオリです」
アオチさんのことはぎこちない顔で見ているのに、僕には自然な笑顔で答えてくれる。つまり、何とも思ってない。
冷たい印象の顔立ちのせいで、笑うとよけい優しさが際立つ。もっとキツイ感じの人かと思っていたけど、違って安心した。
「じゃあ、これからはカオリさんと呼びますね。カオリさんはどうしてマモルくんとこの船に乗ってきたのですか」
僕が司会みたくなっているけれど、それは必然だ。照れて無口なオゼさん、それ以前に死人が見えないアオチさんで会話を展開するのは困難だ。
「それが、良く分からないんです。ここに来るまでどこにいたのかも……彼が、オゼくんが思い出してくれたからかも知れません。覚えていてもらえたなんて意外でした。とっくの昔に忘れられていたと思っていました。わたしは覚えていましたが」
良かった。カオリさんは僕のような年下にも敬語で語尾をクリアに話す。僕は大人の癖に甘えた子どものような話し方をする女の人が嫌いだけど、カオリさんなら頭が痛くならずに済みそうだ。
オゼさん、趣味がいいじゃないか。カオリさんは文字通り自分のことは眼中にないアオチさんのことなんてさっさと諦めて、オゼさんが死ぬまで待つべきだ。あんな甘い物ばかりの食事をしていたのでは、そんなに長いこと待つ必要もないだろうし……思わず声に出してしまいそうになる。
「どうかしたか? 何て言ってるんだ、そのカオリさんは」
ああ、もうアオチさんしゃべらないでください。ほとんどあなたのせいだ。名前を呼ばれて喜んじゃってるじゃないですか。
「いいえ、何でもありません。食事が終わったらちょっとアオチさんの部屋に行っても良いですか。プロジェクトの担当割の件でちょっと相談が」
「お前、こんなところまで来て仕事の話かよ、熱心だな」
これはちょっとアオチさんと二人きりで話さないといけない。
「二人とも仕事人間だもんな。俺は――マモルと……おばさんと思い出話でもしようかな」
オゼさん頑張れ、僕はオゼさんの味方です。
「死人も食事をするんですね。あ、失礼しました。僕、子どもの頃から良く死人を見かけるんですが、食事をしているのを見るのは初めてで」
「わたしたちも、何でお腹が空くのかわからないんです」
クールな顔で良く食べるんだな。ミステリアスな雰囲気のオゼさんとは絵的にも凄く似合ってる。
「困るよ、それは困る」
アオチさんがベッドに乱暴に座り頭を抱えた。どうしよう、思った以上に動揺している。
「落ち着いてください。気が無いなら気が無いようにしていてくれたらいいんです。いや、でも冷たくはしないでください。それはそれでオゼさんが怒ります」
「何難しいこと言ってるんだよ、気があるも何も見えないし感じないし、話もできないんだぞ。どういう態度を取ったって無視してるようになるじゃないか」
「そうですよね。もう、死人が怖いとか気持ち悪いとか失礼なことを言わなければそれで充分です。あ、でもマモルくんがいるので、格好悪いことはしないでくださいね」
アオチさんが深い溜息をつく。
「その子にはどう思われてんだ」
「たぶん、何かのヒーローとかだと思ってます。夢を壊すような情けないことはしないようにしてください」
「全く、勝手だな……」
しばらく黙ったあと、アオチさんが意を決した顔で僕を見た。
「なあ、笑わないで聞いてくれよ。ここに来てからずっと考えてたことがあるんだ」
アオチさんの言おうとしている事に心当りがあった。無意識に唾を呑み込む。
「俺たち三人、もう死んでるんじゃないのか?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる