27 / 94
第一章 鳥に追われる
幽霊船
しおりを挟む
オゼ
腹一杯になったのか、マモルの瞼が重そうになってきたので、大きなソファのある娯楽室に移動することにした。
「おい、おぶってやろうか」
半目でふらふら歩くマモルが船の揺れもあいまって心配になり、声をかけた。
「オゼくん、船でおんぶは危ないから、手をつないであげたら」
「あ、はい」
食事中もずっと敬語で話していた俺をおばさんは一度も茶化したりしなかった。
この人は昔から子どもの俺にも適当に接することはなかったから昔のままだ。色々気になっていることはあるが、思春期以上の思春期が急に訪れて、言葉を発する前に十回以上頭の中で練習をするので、べらぼうに口数が少なくなっている。
特に沈黙を気にする様子もなく、細い腰でよろけもせず歩くおばさんに安心する。意味のないことをひっきりなしにしゃべる女は苦手だ。会話の無い時間に交わされる物の方が遥かに大切だ。
娯楽室に入る時はおばさんがドアを押さえていてくれた。
まずマモルをソファに横にさせる。
おばさんが部屋の隅の棚から毛布を手に取ったが、俺が上着を脱ぐのを見て、そのまま元の場所に戻した。
横になったマモルに上着をかけてやると、小さな手がその端っこをぎゅっと握った。
「子どもは好きじゃないけど、この子はかわいい。あの日スーパーで初めて会ったの。近所に住んでいたのに見たことなかったのは病気がちだったからなんだね」
おばさんがマモルの顔を見ながら静かに言った。
「そうなんです。こいつは外では遊べない子どもだったから。でも俺の家には良く遊びに来ていました。ゲームとかより、俺の話を聞くのが好きだった。今思えば、友だちのいない俺の方が話を聞いてもらってたようなものですけど」
「わたしと同じだ」
涼しい横顔のままおばさんが呟いた。少し口元に笑みが浮かんでいる。
「同じ?」
「わたしも話す人がいなかったから、オゼくんに聞いてもらって救われてた」
依存――。そんなの世間では嫌がられる関係なんだろうな。互いをよりどころにして何が悪い。
「そうだ、おばさんとマモルはどうしてあの日、二人であのスーパーにいたんですか?」
だめだ――やっぱり、名前では呼べない。
「一緒に行ったわけじゃない。あそこで会ったの。お互い殺されていることは姿を見た瞬間にわかったから、その子に近づこうとした時にオゼくんが現れて――オゼくん?」
「今、何て言ったんですか? 『殺された』?」
ほとんど揺れを感じていなかった船が大きくうねるような感覚がした。
「――オゼくんは知っていると思ってた。今更何も変わらないけど。わたしとマモルくんにとっては」
病気と事故だと思っていた。全然違う。俺にとっては。
「誰に、どうして殺されたんですか」
「それが、本当に思い出せない」
おばさんが全く調子を変えずに答えるものだから、俺の方がおかしいのかと思えてくる。
「もしかしたら、この船に乗っている誰かに殺されて、その恨みを晴らすために蘇ってしまったのかもしれない……って大丈夫? 冗談のつもりで……ごめん」
「……いや、ちょっと本気にしてしまいました。馬鹿だな、俺は」
三人とも同じ町に住んでいたからもしかしたら、と思ってしまった。
良く考えろ、俺が中学生の頃、アオチは小学生だし、オオミに至っては小学校にもあがっていない。だが、待てよ。殺すつもりなんてなくて良いんだ。
例えばマモルの飼っていた鳥がマモルの家の窓辺に居たとする。家の中で放し飼いにしていることも多かったからあり得る。たまたま窓が開いていて、通りかかったあいつらのどちらかが、鳥のかわいらしさに自分の方に呼び寄せる。それを見ていたマモルが慌てて道路に飛び出して――とか。
それとも親と入った喫茶店に、仕事の息抜きに来たおばさんがいたとする。親は友人と会話に夢中だ。そこで、暇を持て余した二人のうちどっちかが、おばさんの飲み物とか食べ物に、いたずら心で何かアレルギーになるような物を混ぜたとか。もしくはおばさんのアパートの裏のハチの巣を突いたとか。興奮したハチにアレルギーだったおばさんが刺されたというのはどうだ。……アレルギーにこだわり過ぎか。でも健康そうだったおばさんに病名が思いつかないのだ。
「あのさ、おばさん。じゃあ俺に『鳥を掴まえて』って言ったことは覚えていますか」
おばさんが迷うことなく頷く。こっちを先に聞けば良かった。
「あれはもう掴まえたんじゃないの?」
「え?」
鳥を掴まえたい、なんて思い始めたのはここ数日のことだし、マモルとおばさんに『鳥を掴まえて』と言われたこともそれまで忘れていた。
「ああ、気にしないで。何となくもう掴まえたのかと思ってた。でもまだなら掴まえないといけない。オゼくんが思っている通り、群れで飛んでいるあの鳥の一羽を」
「何のために」
おばさんが黙ってしまったが、何か考えているようだ。
「鳥を掴まえ損ねると、燃料にもなれずに潰されるの」
「海で燃える心臓のことですか……潰されるとは?」
そっちは初めて聞いたが、圧迫されて破裂する心臓を思い浮かべて動悸がした。
「たぶんオゼくんが想像している通り」
「おばさんとマモルは鳥を掴まえられたのですか?」
「本当は死ぬ前に掴まえなければならないんだけど、わたし達は失敗してしまった。鳥を掴まえることが大事なことだと知らなかったから。だからオゼくんには掴まえて欲しい。わたし達がここに居られるのはまだ誰かの心にいるから」
誰かって、いや、それは俺だ。まあ、そんなことは良い。
今、どうしても鳥を掴まえたい、そんなに焦燥にかられるということは……
「俺ってもう少しで死ぬんでしょうか」
おばさんが柔らかく笑った。懐かしい笑顔だった。
「みんな死ぬでしょ、いずれ」
もっと詳細を聞きたくて前のめりになった時、船が何かにぶつかったような強い衝撃を感じた。
腹一杯になったのか、マモルの瞼が重そうになってきたので、大きなソファのある娯楽室に移動することにした。
「おい、おぶってやろうか」
半目でふらふら歩くマモルが船の揺れもあいまって心配になり、声をかけた。
「オゼくん、船でおんぶは危ないから、手をつないであげたら」
「あ、はい」
食事中もずっと敬語で話していた俺をおばさんは一度も茶化したりしなかった。
この人は昔から子どもの俺にも適当に接することはなかったから昔のままだ。色々気になっていることはあるが、思春期以上の思春期が急に訪れて、言葉を発する前に十回以上頭の中で練習をするので、べらぼうに口数が少なくなっている。
特に沈黙を気にする様子もなく、細い腰でよろけもせず歩くおばさんに安心する。意味のないことをひっきりなしにしゃべる女は苦手だ。会話の無い時間に交わされる物の方が遥かに大切だ。
娯楽室に入る時はおばさんがドアを押さえていてくれた。
まずマモルをソファに横にさせる。
おばさんが部屋の隅の棚から毛布を手に取ったが、俺が上着を脱ぐのを見て、そのまま元の場所に戻した。
横になったマモルに上着をかけてやると、小さな手がその端っこをぎゅっと握った。
「子どもは好きじゃないけど、この子はかわいい。あの日スーパーで初めて会ったの。近所に住んでいたのに見たことなかったのは病気がちだったからなんだね」
おばさんがマモルの顔を見ながら静かに言った。
「そうなんです。こいつは外では遊べない子どもだったから。でも俺の家には良く遊びに来ていました。ゲームとかより、俺の話を聞くのが好きだった。今思えば、友だちのいない俺の方が話を聞いてもらってたようなものですけど」
「わたしと同じだ」
涼しい横顔のままおばさんが呟いた。少し口元に笑みが浮かんでいる。
「同じ?」
「わたしも話す人がいなかったから、オゼくんに聞いてもらって救われてた」
依存――。そんなの世間では嫌がられる関係なんだろうな。互いをよりどころにして何が悪い。
「そうだ、おばさんとマモルはどうしてあの日、二人であのスーパーにいたんですか?」
だめだ――やっぱり、名前では呼べない。
「一緒に行ったわけじゃない。あそこで会ったの。お互い殺されていることは姿を見た瞬間にわかったから、その子に近づこうとした時にオゼくんが現れて――オゼくん?」
「今、何て言ったんですか? 『殺された』?」
ほとんど揺れを感じていなかった船が大きくうねるような感覚がした。
「――オゼくんは知っていると思ってた。今更何も変わらないけど。わたしとマモルくんにとっては」
病気と事故だと思っていた。全然違う。俺にとっては。
「誰に、どうして殺されたんですか」
「それが、本当に思い出せない」
おばさんが全く調子を変えずに答えるものだから、俺の方がおかしいのかと思えてくる。
「もしかしたら、この船に乗っている誰かに殺されて、その恨みを晴らすために蘇ってしまったのかもしれない……って大丈夫? 冗談のつもりで……ごめん」
「……いや、ちょっと本気にしてしまいました。馬鹿だな、俺は」
三人とも同じ町に住んでいたからもしかしたら、と思ってしまった。
良く考えろ、俺が中学生の頃、アオチは小学生だし、オオミに至っては小学校にもあがっていない。だが、待てよ。殺すつもりなんてなくて良いんだ。
例えばマモルの飼っていた鳥がマモルの家の窓辺に居たとする。家の中で放し飼いにしていることも多かったからあり得る。たまたま窓が開いていて、通りかかったあいつらのどちらかが、鳥のかわいらしさに自分の方に呼び寄せる。それを見ていたマモルが慌てて道路に飛び出して――とか。
それとも親と入った喫茶店に、仕事の息抜きに来たおばさんがいたとする。親は友人と会話に夢中だ。そこで、暇を持て余した二人のうちどっちかが、おばさんの飲み物とか食べ物に、いたずら心で何かアレルギーになるような物を混ぜたとか。もしくはおばさんのアパートの裏のハチの巣を突いたとか。興奮したハチにアレルギーだったおばさんが刺されたというのはどうだ。……アレルギーにこだわり過ぎか。でも健康そうだったおばさんに病名が思いつかないのだ。
「あのさ、おばさん。じゃあ俺に『鳥を掴まえて』って言ったことは覚えていますか」
おばさんが迷うことなく頷く。こっちを先に聞けば良かった。
「あれはもう掴まえたんじゃないの?」
「え?」
鳥を掴まえたい、なんて思い始めたのはここ数日のことだし、マモルとおばさんに『鳥を掴まえて』と言われたこともそれまで忘れていた。
「ああ、気にしないで。何となくもう掴まえたのかと思ってた。でもまだなら掴まえないといけない。オゼくんが思っている通り、群れで飛んでいるあの鳥の一羽を」
「何のために」
おばさんが黙ってしまったが、何か考えているようだ。
「鳥を掴まえ損ねると、燃料にもなれずに潰されるの」
「海で燃える心臓のことですか……潰されるとは?」
そっちは初めて聞いたが、圧迫されて破裂する心臓を思い浮かべて動悸がした。
「たぶんオゼくんが想像している通り」
「おばさんとマモルは鳥を掴まえられたのですか?」
「本当は死ぬ前に掴まえなければならないんだけど、わたし達は失敗してしまった。鳥を掴まえることが大事なことだと知らなかったから。だからオゼくんには掴まえて欲しい。わたし達がここに居られるのはまだ誰かの心にいるから」
誰かって、いや、それは俺だ。まあ、そんなことは良い。
今、どうしても鳥を掴まえたい、そんなに焦燥にかられるということは……
「俺ってもう少しで死ぬんでしょうか」
おばさんが柔らかく笑った。懐かしい笑顔だった。
「みんな死ぬでしょ、いずれ」
もっと詳細を聞きたくて前のめりになった時、船が何かにぶつかったような強い衝撃を感じた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる