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第二章 選別の船
生命の匂い
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アオチ
「本当に馬鹿しかいないな、お前ら」
燃え尽きた心臓が入った透明な爆弾――燃料を引き上げ終えたばかりの回収人があきれ顔で言った。
今、その中は俺のエトピリカのくちばしと同じ、美しい赤の液体で満たされている。
「そんな言い方するなよ。こっちは真剣なんだ」
むきになって言い返した。嘘ではない、なにせ文字通り生死がかかっている。
回収人は鎖の絡まった心臓爆弾を一人で引き上げたせいか、多少疲れた様子で壁に寄りかかり、濃い灰色の目で俺を見ている。
初めて会った時のような怪しいオーラはもう見えない。ただ、年寄りの癖にこんなものを機械も使わず一人で引き上げた、という事実に驚いていた。こんな腕力で殴られたら、間違えなく死ぬ。
――本当に死ぬのか? 今その前提を確かめに来たところだ。俺たちはとっくに死んでいるのではないか? もしくは死にかけているのではないか? 既に現実的な世界にいないことはわかっている。これは死人の夢の中なんじゃないか?
それを尋ねた途端、さっきの馬鹿呼ばわりだ。
「見分けがつかねえって言っただろうが、聞いてなかったのか」
「すみません、お邪魔しました。ほら、アオチさん、だから言ったじゃないですか。戻りますよ」
俺の腕を引くオオミを振り払って回収人にさらに詰め寄った。
「いや、はっきりさせたいんだ。乗せてるあんたがわからなくて、他に誰がわかるっていうんだ。とぼけるなよ」
オオミと回収人が同時に深い溜息をついた。息ピッタリじゃないか、腹が立つな。
「……本当に見た目じゃわかねえんだよ。でも、そこまで言うなら二人ともこっちに来い」
「え? 僕もですか」
せっかくのチャンスなのに嫌そうなオオミの気持ちがわからない。
「やっとその気になったのかよ」
やっぱり区別がつくのに、わざと知らない振りをしていたんだ。
オオミの手を取って並んで回収人の目の前に立った。
「さあ、教えろよ」
そう言った途端、大きな手に頭を捉えられた。
離せよ、と言う間もなく、俺とオオミは回収人の胸の中にいた。
何だ、こいつ? 俺たちを窒息させるつもりか? 顔が硬い胸に押し付けられて潰れそうだ。オオミ、大丈夫か? 視線の端に捉えたオオミが全然動かない。どうしよう、まさか死んでしまったんじゃないだろうな。助けないと……ん? オオミの表情が穏やかだ。昼寝みたいな顔をしてゆっくり呼吸している。そうか、俺が抵抗するから余計強く押さえつけられるんだ。
少し力を緩めてみた。思った通り、脅威だった回収人の手はただ頭を包み込む冷たい保護に変わった。ひとまず安心して息を吸う。
なんだ、このオゾンノートみたいな涼やかな匂い――。
いや、しっかりしろ。何じいさんの匂いにうっとりしているんだ、俺は。オオミに笑われる、そう思って横を見るとオオミは自分から回収人の胸に頭をもたれかけ、恍惚の表情をしていた。
おい、しっかりしろよ! そう声をかけようとした時、回収人がやっと何かつぶやいた。「……てるな」
「は? 生きてるのか? 死んでるのか?」
回収人が俺たちの頭に交互に顔を埋めながら言った。
「その答えなら、生きてる」
このまま抱かれていると虜になってしまいそうで、思い切り身体を引き離した。俺に押されても一ミリもよろけないくせに、回収人が大袈裟に言う。
「乱暴だな、お前が教えろとしつこいからだろ。心臓の匂いを嗅ぐしか方法がないんだよ」
心臓の匂いって何だ? 音じゃないのか? 動いていても死んでいることもあるし、止まっていても生きている場合があるのか。
「嘘ついてないだろうな」
「意味ねえよ、くだらない。気が済んだか?」
態度は気に入らないが目は嘘を言っている色じゃない。
「取りあえず良かったな、オオミ」
動揺を笑顔で隠して横を見ると、オオミの顔が引きつっていた。
「おい、大丈夫か」
「……はい。あの、回収人さん、無茶言ってすみませんでした。さ、アオチさん、行きましょう」
やっぱりこいつ変だ。オオミに引っ張られて十円玉のような錆び色に囲まれたボイラー室を出る。壁に掛けられた船内地図を頼りに勝手にこんな所に入り込んだ事は怒られなかったし、面倒臭そうだったが質問にも答えてくれた。一体どうしたんだよ。
「おい、オオミ」
オオミは俺を無視してズイズイ自分の部屋まで行くと、俺を乱暴に押し込んだ。今日二回目だ。
「本当に落ち着けよ」
「はい……僕、怖くて。すみません」
ベッドの端に座り込んだオオミは、死人を見た時以上に青ざめていた。
「大丈夫だ、話してみろ」
何の根拠もなく大丈夫と言った。
「聞きましたか、回収人さんの言葉。アオチさんはあり得ないから、きっと僕なんです」
「ああ、何か『生きてる』の前に言ってたやつなら良く聞こえなかったんだ。あいつなんて?」
わかってないのに大丈夫と言ったのか、とでも言いたげな微妙な表情でオオミが呟いた。
「『お前、殺してるな』そう言ったんです」
「…………は?」
「たぶん、マモルくんとカオリさんのことだと思います。アオチさんがそんな事をするわけがないから、僕なんです。あの二人を殺したのは」
涙声で聞き取るのがやっとだ。こんなやつが人殺しなわけないじゃないか。
「何言ってんだ。お前、あの二人が死んだ時何歳だよ。大体、病気と事故で亡くなったってオゼが言ってたじゃないか。聞き間違えだろ」
「いいえ、はっきりそう聞こえました」
オオミが首をぶんぶん横にふる。頑固だな。
「じゃあ、あいつにからかわれたんだよ」
「回収人さんが人をからかうように見えますか?」
「めちゃくちゃ見えるよ」
一番動揺していた俺が言うのも何だが、あいつは絶対真面目じゃない。むしろ年中ふざけていたいタイプのやつだ。俺が同じだからわかる。
「そうでしょうか……僕が忘れているだけで、何か子どもながらにとんでもないことをしてしまったんじゃないかと思うと怖くて……」
まったく、回収人もこいつならからかい甲斐があるだろうな。
「そうだよ、なんならこれからマモルくんとカオリさんに確かめに――」
その時船が大きく揺れて、同時に鉄の塊にぶつかったような鈍く重い音が響いた。
「本当に馬鹿しかいないな、お前ら」
燃え尽きた心臓が入った透明な爆弾――燃料を引き上げ終えたばかりの回収人があきれ顔で言った。
今、その中は俺のエトピリカのくちばしと同じ、美しい赤の液体で満たされている。
「そんな言い方するなよ。こっちは真剣なんだ」
むきになって言い返した。嘘ではない、なにせ文字通り生死がかかっている。
回収人は鎖の絡まった心臓爆弾を一人で引き上げたせいか、多少疲れた様子で壁に寄りかかり、濃い灰色の目で俺を見ている。
初めて会った時のような怪しいオーラはもう見えない。ただ、年寄りの癖にこんなものを機械も使わず一人で引き上げた、という事実に驚いていた。こんな腕力で殴られたら、間違えなく死ぬ。
――本当に死ぬのか? 今その前提を確かめに来たところだ。俺たちはとっくに死んでいるのではないか? もしくは死にかけているのではないか? 既に現実的な世界にいないことはわかっている。これは死人の夢の中なんじゃないか?
それを尋ねた途端、さっきの馬鹿呼ばわりだ。
「見分けがつかねえって言っただろうが、聞いてなかったのか」
「すみません、お邪魔しました。ほら、アオチさん、だから言ったじゃないですか。戻りますよ」
俺の腕を引くオオミを振り払って回収人にさらに詰め寄った。
「いや、はっきりさせたいんだ。乗せてるあんたがわからなくて、他に誰がわかるっていうんだ。とぼけるなよ」
オオミと回収人が同時に深い溜息をついた。息ピッタリじゃないか、腹が立つな。
「……本当に見た目じゃわかねえんだよ。でも、そこまで言うなら二人ともこっちに来い」
「え? 僕もですか」
せっかくのチャンスなのに嫌そうなオオミの気持ちがわからない。
「やっとその気になったのかよ」
やっぱり区別がつくのに、わざと知らない振りをしていたんだ。
オオミの手を取って並んで回収人の目の前に立った。
「さあ、教えろよ」
そう言った途端、大きな手に頭を捉えられた。
離せよ、と言う間もなく、俺とオオミは回収人の胸の中にいた。
何だ、こいつ? 俺たちを窒息させるつもりか? 顔が硬い胸に押し付けられて潰れそうだ。オオミ、大丈夫か? 視線の端に捉えたオオミが全然動かない。どうしよう、まさか死んでしまったんじゃないだろうな。助けないと……ん? オオミの表情が穏やかだ。昼寝みたいな顔をしてゆっくり呼吸している。そうか、俺が抵抗するから余計強く押さえつけられるんだ。
少し力を緩めてみた。思った通り、脅威だった回収人の手はただ頭を包み込む冷たい保護に変わった。ひとまず安心して息を吸う。
なんだ、このオゾンノートみたいな涼やかな匂い――。
いや、しっかりしろ。何じいさんの匂いにうっとりしているんだ、俺は。オオミに笑われる、そう思って横を見るとオオミは自分から回収人の胸に頭をもたれかけ、恍惚の表情をしていた。
おい、しっかりしろよ! そう声をかけようとした時、回収人がやっと何かつぶやいた。「……てるな」
「は? 生きてるのか? 死んでるのか?」
回収人が俺たちの頭に交互に顔を埋めながら言った。
「その答えなら、生きてる」
このまま抱かれていると虜になってしまいそうで、思い切り身体を引き離した。俺に押されても一ミリもよろけないくせに、回収人が大袈裟に言う。
「乱暴だな、お前が教えろとしつこいからだろ。心臓の匂いを嗅ぐしか方法がないんだよ」
心臓の匂いって何だ? 音じゃないのか? 動いていても死んでいることもあるし、止まっていても生きている場合があるのか。
「嘘ついてないだろうな」
「意味ねえよ、くだらない。気が済んだか?」
態度は気に入らないが目は嘘を言っている色じゃない。
「取りあえず良かったな、オオミ」
動揺を笑顔で隠して横を見ると、オオミの顔が引きつっていた。
「おい、大丈夫か」
「……はい。あの、回収人さん、無茶言ってすみませんでした。さ、アオチさん、行きましょう」
やっぱりこいつ変だ。オオミに引っ張られて十円玉のような錆び色に囲まれたボイラー室を出る。壁に掛けられた船内地図を頼りに勝手にこんな所に入り込んだ事は怒られなかったし、面倒臭そうだったが質問にも答えてくれた。一体どうしたんだよ。
「おい、オオミ」
オオミは俺を無視してズイズイ自分の部屋まで行くと、俺を乱暴に押し込んだ。今日二回目だ。
「本当に落ち着けよ」
「はい……僕、怖くて。すみません」
ベッドの端に座り込んだオオミは、死人を見た時以上に青ざめていた。
「大丈夫だ、話してみろ」
何の根拠もなく大丈夫と言った。
「聞きましたか、回収人さんの言葉。アオチさんはあり得ないから、きっと僕なんです」
「ああ、何か『生きてる』の前に言ってたやつなら良く聞こえなかったんだ。あいつなんて?」
わかってないのに大丈夫と言ったのか、とでも言いたげな微妙な表情でオオミが呟いた。
「『お前、殺してるな』そう言ったんです」
「…………は?」
「たぶん、マモルくんとカオリさんのことだと思います。アオチさんがそんな事をするわけがないから、僕なんです。あの二人を殺したのは」
涙声で聞き取るのがやっとだ。こんなやつが人殺しなわけないじゃないか。
「何言ってんだ。お前、あの二人が死んだ時何歳だよ。大体、病気と事故で亡くなったってオゼが言ってたじゃないか。聞き間違えだろ」
「いいえ、はっきりそう聞こえました」
オオミが首をぶんぶん横にふる。頑固だな。
「じゃあ、あいつにからかわれたんだよ」
「回収人さんが人をからかうように見えますか?」
「めちゃくちゃ見えるよ」
一番動揺していた俺が言うのも何だが、あいつは絶対真面目じゃない。むしろ年中ふざけていたいタイプのやつだ。俺が同じだからわかる。
「そうでしょうか……僕が忘れているだけで、何か子どもながらにとんでもないことをしてしまったんじゃないかと思うと怖くて……」
まったく、回収人もこいつならからかい甲斐があるだろうな。
「そうだよ、なんならこれからマモルくんとカオリさんに確かめに――」
その時船が大きく揺れて、同時に鉄の塊にぶつかったような鈍く重い音が響いた。
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