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第二章 選別の船
離れられない船
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アオチ
意外なことに、ウルウと声を出さない異常に眼光鋭い血まみれ女は、スタスタと何百回も経験済みのように梯子を渡った。
困ったのはオオミの方で、一緒に渡ってやったのは良いが俺にしがみついてくるので二人共々海に落ちるかと思った。
そして、一番俺たちを驚かせたのは回収人だ。
こいつが梯子もなしにどうやって移動したのかは不思議だったが、それがわかった。
当たり前のように船の手すりに片手を置き、横向きに足を片方ずつ素早く蹴って乗り上げた。普通はそのまま落下するはずだが、次の瞬間自分の船に軽やかに降りたっていた。早い話、梯子の距離を軽やかに飛び越えたのだ。何が何だかわからなかった。
――凄え。
「おい、じいさんの癖にかっこいいな。どうやるんだよ、教えろよ」
思わず本音が出た。どんなスポーツも人より少ない努力で人一倍上手く出来る自信がある。俺も梯子なんかに頼らず自由に船を飛び越えたい。
「ひでえな。年寄り扱いするなよ、好きでこんなんじゃないんだ。お前は梯子を使え。助けに行く手間をかけさせるな」
やっぱりコツは教えてくれないのか。
取りあえず、死人のカオリさんとマモルくんを含めて全員が座れる場所ということで、何となく食堂に集まった。
向かいに座るオオミが指先で椅子の手すりを愛おし気に撫でている。気持ちは良くわかる。俺もあっちの冷たい船内にいた時、無性にこの船の温もりが恋しかった。まるでここで育ったみたいに。
死人が一緒に乗っているだけでもかなりオカルトな状況だったが、ウルウと血まみれ女が乗ってきて更にカオスだ。今の異様さを今朝オフィスにいる時は一ミリも想像できなかった。
周囲を見渡してみる。
左隣に「う」と「る」しか発さない赤い人の形をした生き物がいる。その隣に俺には空席にしか見えないがマモルくんがいるという。ウルウをえらく気に入ってべったりらしい。
「うるるるるうぅ」
「マモルくん、アオチさんはそういうことはしないんだよ」
オオミが椅子に向かって話している。
「なんだ? 何て言ってるんだ」
「ウルウに着せた真っ白の服をもっと格好良くしてあげたいから、みんなで絵を描いてあげようって言ってます。アオチさんも一緒に。でも、アオチさんって……」
真っ白でも良いとは思うが、ウルウもそういう遊びは好きそうだ。
「そうだな、回収人に今起こっていることの説明を聞いた後で、やってみようか」
オオミが困惑している。何だって言うんだ。俺だって子どもの死人と遊んでやるくらい、やろうと思えばできるはずだ。
「このお兄さんはびっくりするほど絵が下手だから、ウルウが可哀想かも知れないな。その時は兄ちゃんが直してやるからな」
マモルくんの正面に座っているオゼが失礼なことを言った。
「オゼさん、僕が言わないようにしているんですから」
え? オオミまでそんなことを思っていたのか。自分に絵心が無いなんて知らなかった。軽くショックを受ける。
「マモルが後でがっかりするのは可哀そうだ」
言葉を失っている俺のことなど気にも留めず、オゼが楽しそうに笑う。
時計を見ると二時をまわっていた。晴れた昼間とはいえ、こいつは冬の甲板で一時間以上も、俺たちが隣の船から戻るのを待っていたことになる。ついさっきまでは元来の色白に加えて唇の色まで白くて、心配になるほどだったからほっとした。
「そうだな、オゼは器用だもんな。俺も――お兄さんもマモルくんに笑われないように頑張るよ」
見えない相手と会話するのは結構大変だ。
ふと、隣のテーブルを見た。血まみれ女が一人で座っている。
横にカオリさんが寄り添っているらしい。あの女にも死人が見えるのか。いつの間にか、世の中見える方が当たり前になってしまったようで、少し怖くなる。
誰が言い出してこういう座り順になったわけではないが、血まみれ女も闇が深そうだ。こういう時は同性同士の方が心を開けるだろう。
出会ってから一言も声を発していないのも気がかりだ。人間とは思えない容貌のウルウですら二文字は話すぞ。
薄茶色の大きな強い目で、今は食堂に飾られた絵をじっと見ている。もしかしたら、外国人で俺たちの言葉がわかっていないのかも知れない。
「おい、そろそろ落ち着いたか?」
張り上げなくても良く通る声がして回収人が食堂に入ってきた。
女二人のテーブルの空いている席に座るのかと思ったが、歩いてくる途中、片手で適当な椅子を持ち上げると、俺たち全員が見渡せる真ん中にそれを置いてふわりと腰かけた。
「立って話そうと思ったんだが、爺さんだから疲れやすくてな」
長い脚を組みながらそう言って俺の方をチラリと見た。オオミの子どもの頃の話を何度も持ち出す辺りもそうだが、こいつ本当にこの根に持つ性格をどうにかした方が良い。
「じゃあ、早速だが――」
「その前に、聞いても良いですか?」
オオミが回収人の話を遮る。
「この船、動いていますよね? 隣の船も並走している。ローヌさんは引きずられたままなんですか? 無人の船がこんなにぴったり同じ距離を保って進めるものなんですか?」
「眼鏡、細けえな。でも大事なことだ、先に教えてやる。お前が掛けたあの梯子のせいだ。あれはもう絶対に外せないぞ」
意外なことに、ウルウと声を出さない異常に眼光鋭い血まみれ女は、スタスタと何百回も経験済みのように梯子を渡った。
困ったのはオオミの方で、一緒に渡ってやったのは良いが俺にしがみついてくるので二人共々海に落ちるかと思った。
そして、一番俺たちを驚かせたのは回収人だ。
こいつが梯子もなしにどうやって移動したのかは不思議だったが、それがわかった。
当たり前のように船の手すりに片手を置き、横向きに足を片方ずつ素早く蹴って乗り上げた。普通はそのまま落下するはずだが、次の瞬間自分の船に軽やかに降りたっていた。早い話、梯子の距離を軽やかに飛び越えたのだ。何が何だかわからなかった。
――凄え。
「おい、じいさんの癖にかっこいいな。どうやるんだよ、教えろよ」
思わず本音が出た。どんなスポーツも人より少ない努力で人一倍上手く出来る自信がある。俺も梯子なんかに頼らず自由に船を飛び越えたい。
「ひでえな。年寄り扱いするなよ、好きでこんなんじゃないんだ。お前は梯子を使え。助けに行く手間をかけさせるな」
やっぱりコツは教えてくれないのか。
取りあえず、死人のカオリさんとマモルくんを含めて全員が座れる場所ということで、何となく食堂に集まった。
向かいに座るオオミが指先で椅子の手すりを愛おし気に撫でている。気持ちは良くわかる。俺もあっちの冷たい船内にいた時、無性にこの船の温もりが恋しかった。まるでここで育ったみたいに。
死人が一緒に乗っているだけでもかなりオカルトな状況だったが、ウルウと血まみれ女が乗ってきて更にカオスだ。今の異様さを今朝オフィスにいる時は一ミリも想像できなかった。
周囲を見渡してみる。
左隣に「う」と「る」しか発さない赤い人の形をした生き物がいる。その隣に俺には空席にしか見えないがマモルくんがいるという。ウルウをえらく気に入ってべったりらしい。
「うるるるるうぅ」
「マモルくん、アオチさんはそういうことはしないんだよ」
オオミが椅子に向かって話している。
「なんだ? 何て言ってるんだ」
「ウルウに着せた真っ白の服をもっと格好良くしてあげたいから、みんなで絵を描いてあげようって言ってます。アオチさんも一緒に。でも、アオチさんって……」
真っ白でも良いとは思うが、ウルウもそういう遊びは好きそうだ。
「そうだな、回収人に今起こっていることの説明を聞いた後で、やってみようか」
オオミが困惑している。何だって言うんだ。俺だって子どもの死人と遊んでやるくらい、やろうと思えばできるはずだ。
「このお兄さんはびっくりするほど絵が下手だから、ウルウが可哀想かも知れないな。その時は兄ちゃんが直してやるからな」
マモルくんの正面に座っているオゼが失礼なことを言った。
「オゼさん、僕が言わないようにしているんですから」
え? オオミまでそんなことを思っていたのか。自分に絵心が無いなんて知らなかった。軽くショックを受ける。
「マモルが後でがっかりするのは可哀そうだ」
言葉を失っている俺のことなど気にも留めず、オゼが楽しそうに笑う。
時計を見ると二時をまわっていた。晴れた昼間とはいえ、こいつは冬の甲板で一時間以上も、俺たちが隣の船から戻るのを待っていたことになる。ついさっきまでは元来の色白に加えて唇の色まで白くて、心配になるほどだったからほっとした。
「そうだな、オゼは器用だもんな。俺も――お兄さんもマモルくんに笑われないように頑張るよ」
見えない相手と会話するのは結構大変だ。
ふと、隣のテーブルを見た。血まみれ女が一人で座っている。
横にカオリさんが寄り添っているらしい。あの女にも死人が見えるのか。いつの間にか、世の中見える方が当たり前になってしまったようで、少し怖くなる。
誰が言い出してこういう座り順になったわけではないが、血まみれ女も闇が深そうだ。こういう時は同性同士の方が心を開けるだろう。
出会ってから一言も声を発していないのも気がかりだ。人間とは思えない容貌のウルウですら二文字は話すぞ。
薄茶色の大きな強い目で、今は食堂に飾られた絵をじっと見ている。もしかしたら、外国人で俺たちの言葉がわかっていないのかも知れない。
「おい、そろそろ落ち着いたか?」
張り上げなくても良く通る声がして回収人が食堂に入ってきた。
女二人のテーブルの空いている席に座るのかと思ったが、歩いてくる途中、片手で適当な椅子を持ち上げると、俺たち全員が見渡せる真ん中にそれを置いてふわりと腰かけた。
「立って話そうと思ったんだが、爺さんだから疲れやすくてな」
長い脚を組みながらそう言って俺の方をチラリと見た。オオミの子どもの頃の話を何度も持ち出す辺りもそうだが、こいつ本当にこの根に持つ性格をどうにかした方が良い。
「じゃあ、早速だが――」
「その前に、聞いても良いですか?」
オオミが回収人の話を遮る。
「この船、動いていますよね? 隣の船も並走している。ローヌさんは引きずられたままなんですか? 無人の船がこんなにぴったり同じ距離を保って進めるものなんですか?」
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