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第二章 選別の船
終わりに向かう船
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アオチ
「……外せない梯子なんてあるんですか」
オオミの声に後悔の音が滲んで可哀想になる。知らなかったんだから、仕方ないじゃないか。
「あるさ、それがあの梯子だ」
回収人はその後しばらく黙り込んだ。こいつにしては珍しく、何かとても迷っている顔をしている。窓から差し込む冬の午後の優しい陽に包まれ悩む様子が、絵画みたいだなと思った。誰も先を促すようなことをせず次の言葉を待った。
ふと回収人が陽の光の方を見て呟いた。
「この世界でこれを見るのも最後になる」
「どういう意味だ?」
オゼが落ち着いた声で聞き返す。
「言葉通りの意味だ。本当は話すつもりはなかったんだが、今日がお前たちの最後の日だ」
意外なようで、そうでもないような……そんな心境で感想も質問も出て来ない。何となく、ここは生きている人間と死んでいる人間の境界線のような気がずっとしていた。
「何だ、せっかく教えてやったのに無反応か」
「俺たちやっぱり現実の世界のどこかで死にかけているんだろう? こうやっておばさんやマモルみたいな、過去に死んだ――会いたかった人に会えるのもそのせいだ」
オゼもやっぱり同じことを考えていたんだ。一体俺たちに何があったんだろう。思い出せないが、会社にいる時に事故か災害に巻き込まれたんだろうか。今頃、俺たち三人は並んで集中治療室にでもいるのかも知れない。
反応の薄さに肩透かしをくらったような顔をしていた回収人がやんわり訂正してきた。
「――お前たち、勘違いしている。ここは現実だ。お前たちが死にかけているわけではなく、この世界が終わりかけているんだ」
「え?」
今度は本気で驚いて、全員で大声を出してしまった。
「うる――――」
ウルウも俺の腕にしがみついてきた。死んだように表情の無かった血まみれの女すらハッと顔を上げた。
「意外だったか? 本当は気がついていただろう? あんなに世界中から終わりの匂いがしていて気がつかないなんて無理だ。お前たちの直ぐそばでも、遠い国でもそこかしこでしていたはずだ」
回収人の口調は淡々としているのに、その顔は同情に満ちていた。終わりの匂い――か、言われてみれば最近そんなものを麻痺するくらい嗅いでいた気がする。
「正確にはいつ終わるんだ、世界は」
オゼもショックを受けているのは間違えないが、口調だけはいつも通りで質問を続けている。俺の腕をつかむウルウの手にぎゅっと力がこもる。
「明日の朝だな。今、大勢の船がお前らのような鈍い人間を乗せて進んでいるところだ」
「僕たちの町に向かっているって言ったじゃないですか」
オオミが静かに言った。
「向かっているさ。お前たちだけじゃない。今、世界中の誰もが故郷に向かっている」
「全員が?」
「みんな最後には故郷に帰るんだよ」
それで地元の同じ俺たちが一緒にこの船に乗ったってわけか。偶然ではなかったのは理解できた。でも――
「お前、みんなを救えるとは限らない、とも言ってなかったか?」
「そうだ。本当は全員を連れて行ってやりたいけれど、俺は選ばなければならないんだ。誰を次の世界に連れて行くのか」
「……外せない梯子なんてあるんですか」
オオミの声に後悔の音が滲んで可哀想になる。知らなかったんだから、仕方ないじゃないか。
「あるさ、それがあの梯子だ」
回収人はその後しばらく黙り込んだ。こいつにしては珍しく、何かとても迷っている顔をしている。窓から差し込む冬の午後の優しい陽に包まれ悩む様子が、絵画みたいだなと思った。誰も先を促すようなことをせず次の言葉を待った。
ふと回収人が陽の光の方を見て呟いた。
「この世界でこれを見るのも最後になる」
「どういう意味だ?」
オゼが落ち着いた声で聞き返す。
「言葉通りの意味だ。本当は話すつもりはなかったんだが、今日がお前たちの最後の日だ」
意外なようで、そうでもないような……そんな心境で感想も質問も出て来ない。何となく、ここは生きている人間と死んでいる人間の境界線のような気がずっとしていた。
「何だ、せっかく教えてやったのに無反応か」
「俺たちやっぱり現実の世界のどこかで死にかけているんだろう? こうやっておばさんやマモルみたいな、過去に死んだ――会いたかった人に会えるのもそのせいだ」
オゼもやっぱり同じことを考えていたんだ。一体俺たちに何があったんだろう。思い出せないが、会社にいる時に事故か災害に巻き込まれたんだろうか。今頃、俺たち三人は並んで集中治療室にでもいるのかも知れない。
反応の薄さに肩透かしをくらったような顔をしていた回収人がやんわり訂正してきた。
「――お前たち、勘違いしている。ここは現実だ。お前たちが死にかけているわけではなく、この世界が終わりかけているんだ」
「え?」
今度は本気で驚いて、全員で大声を出してしまった。
「うる――――」
ウルウも俺の腕にしがみついてきた。死んだように表情の無かった血まみれの女すらハッと顔を上げた。
「意外だったか? 本当は気がついていただろう? あんなに世界中から終わりの匂いがしていて気がつかないなんて無理だ。お前たちの直ぐそばでも、遠い国でもそこかしこでしていたはずだ」
回収人の口調は淡々としているのに、その顔は同情に満ちていた。終わりの匂い――か、言われてみれば最近そんなものを麻痺するくらい嗅いでいた気がする。
「正確にはいつ終わるんだ、世界は」
オゼもショックを受けているのは間違えないが、口調だけはいつも通りで質問を続けている。俺の腕をつかむウルウの手にぎゅっと力がこもる。
「明日の朝だな。今、大勢の船がお前らのような鈍い人間を乗せて進んでいるところだ」
「僕たちの町に向かっているって言ったじゃないですか」
オオミが静かに言った。
「向かっているさ。お前たちだけじゃない。今、世界中の誰もが故郷に向かっている」
「全員が?」
「みんな最後には故郷に帰るんだよ」
それで地元の同じ俺たちが一緒にこの船に乗ったってわけか。偶然ではなかったのは理解できた。でも――
「お前、みんなを救えるとは限らない、とも言ってなかったか?」
「そうだ。本当は全員を連れて行ってやりたいけれど、俺は選ばなければならないんだ。誰を次の世界に連れて行くのか」
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