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第二章 選別の船
自推
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オゼ
「お前、この世界に残りたいわりには生きる満々じゃないか」
アオチに引きずられながら娯楽室に入った。
船の行先を聞いた後、アオチがイライラとした様子で立ち上がると、俺の腕を強く掴んで立ち上がらせた。
「そろそろ話をしようぜ」
血まみれ女の手に自分の手を重ねているおばさんを振り返る。
「すみません。直ぐ戻りますから」
「こっちは任せて。生きている人を大切にして」
いつもクールな表情のおばさんが笑うとそれだけで嬉しくなったが、同時に切なくもなった。そのそばではマモルがウルウにあっち向いてほいを教えている。
やっぱり俺は壊れる側の、こっちの世界にいる。
「俺は家族もいないから、絶対に故郷に戻らないといけないとか、そういうのは本当にないんだよ」
アオチが意外そうな顔をする。
「え? じゃあお前何で――」
「オゼさんの気持ちはわかります。でも、ここに残っても何も無くなってしまうんですよ。無になるんです」
もう一回、アオチが意外そうな顔をする。
「お前、オゼの気持ちがわかるのか?」
「オゼさんはカオリさんが好きなんですよ。それにマモルくんのことを本当の弟だと思っちゃってます」
「ええ? でも、お前言ったよな、あの二人は俺のことが――」
「アオチさんは少し黙っててください。鈍いなあ」
自分でも不思議なくらい、俺はこいつらがじゃれているのを見るのがとても好きだ。
「二人はオゼさんが残ると幸せなんでしょうか」
「どうだろ……」
俺が勝手に二人も喜んでくれると妄想しているだけかも知れない。おばさんには生きている人を大切にしろと言われた。マモルはウルウとすっかり打ち解けて楽しそうだった。
こいつらはどうだ? 俺のことを社交辞令で心配してくれてはいるが、その実、本当に思っているのはいつもお互いのことだ。
回収人だってそうだ。あいつの一番の関心はオオミだ。
初めて会った向こうの船の連中は? 血まみれの女は文字通り何もせず、一点を見つめているだけなのに、おばさんの優しさを独り占めしている。あのウルウル言っているやつだって、全身皮を剥かれたようなグロテスクな容貌のくせにみんなに愛されている。
あっちの回収人ローヌはナルシストっぽいから、自分にしか興味ないだろう。
――俺は一人だ。
昔っからそうだった。俺の周りにいるやつらは全員、別の方を向いている。おばさんとマモルに求められている、自分が誰かの救いになっている、そう実感できたあの頃が一番幸せだった。
「鳥を掴まえて」、その言葉の意味も今ならわかる気がする。
アオチは鳥の方から救いに来てくれる。オオミなんて鳥に追われて怖がっているくらいだ。
俺だけだ。自分から掴まえに行かなければ鳥にすら見向きもされないのは。
「オゼさん……」
「……あ」
ハラリと涙が落ちて言葉が続かない。
バタンとドアが開いた。
「兄ちゃん!」
ドアを開けたのはウルウだったので、こいつが急にしゃべり出したのかと思ったが、その後ろからマモルの姿が見えた。
「兄ちゃん、ウルウにお絵かきしよう」
そう言って両手に抱えたペンやら絵の具やらを突き出した。そうだ、さっきウルウの服に絵を描く約束をした。
「どこにあったんだこんな物」
急いで涙を拭って、無理やり笑顔を作りながらそれを受け取る。
「おじさんのお部屋」
オオミに何か耳打ちしていたアオチが、俺が受け取った絵の具を見て、目を見開いている。きっと、オオミにマモルの通訳を頼んでいだのだろう。
「おじさんに怒られないか」
「おじさんは怒ったりしないよ」
回収人は意外と甘々なやつだから、驚かない。アオチが俺の方に寄ってきて呟いた。
「これ、俺の絵の具セットだよ」
「本当? やった!」
マモルがはしゃぐ。憧れのお兄さんの物だからか? 何が「やった」なんだ。でも、それでもいい。明日の朝にはアオチともお別れだ。たくさん甘えておけ。
「ん? どうしたんだ?」
マモルの声が聞こえないアオチがオオミに助けを求めるのを見て舌打ちをしそうになった。まずい、五秒も平静を保てていなじゃないか。
「マモルくんがアオチさんの持ち物だと知って喜んでます。やっぱりあの部屋、過去の物が蘇るんですね」
「そうか、マモルくん。俺の絵の具セット、いっぱい使っていいぞ。ウルウの服をきれいにしてやろう」
おい、見えないくせに調子に乗るなよ。アオチを張り倒しそうになるのを必死で堪える。
「ほら、ウルウ、ここの丸椅子に座って」
「うるるうるうるー」
ノリノリのウルウの周りで筆をぶんぶん振っているマモルに尋ねた。
「おばさんはどうした」
「血の付いたお姉ちゃんをきれいにするんだって」
そうだよな、あの女もいつまでも乾いた血でガサガサでいるのも気持ち悪いだろうし、こっちだって怖すぎる。
「うるるるうるるるるうるるるるる――」
こっちの赤いのも怖い。早く描けと催促している。
「僕とオゼさんは胸に描きますね。マモルくんはアオチさんと背中に描くんだよ」
オオミが勝手に仕切るのが忌々しいが、ここは大人にならないといけない。――でも、それにしたって、マモルとは見えるやつを組ませろよ。
マモルを気にしながら黒いペンを握った。
「オゼさん、せっかくなんだからもっとカラフルな色を使ったらどうですか」
「俺は輪郭は黒で描く派なんだ」
つい大人気なく俺が一番にペンを走らせてしまった。
「うるうぅぅ」
くすぐったいのか足をバタバタさせている。
「おい、動くなよ。線がずれる」
「兄ちゃん、何かいてるの?」
マモルが好奇心でキラキラした目で覗き込もうとするのを止めた。
「だめだよ、マモル。描き終わってからだ。お前は、そっちのお兄さんと描いたのを俺に見せてくれ」
マモルがキラキラのまま頷いて、ぎこちない手つきで黄色い絵の具を手に取った。手こずるマモルに手を伸ばし、役立たずのアオチの代わりにフタをまわしてやる。
ふと、この年齢の子どもに絵の具は早くないだろうか、と考えた。
「マモル、こっちで描くか?」
黄色いペンを差し出してみる。
「うんう、絵の具がいい」
そうか、そんなにアオチの持ち物が良いのか。ペンを握る手に力が籠ってしまう。
「マモルくん、筆を水に浸して使うんだぞ」
アオチが水の入ったコップを片手に洗面所から出てくると、全然マモルと違う方を見て言った。……仕方ない、こいつはこいつなりに頑張ってるんだ。
それにしてもウルウの着せられている長いTシャツみたいなこの服、絵の具でもちゃんと描けるのだろうか。まあ、気が済むようにさせてやろう。
気を取り直してウルウの胸に向かってペンを走らせた。ウルウに凹凸が無いせいか面白いくらいスルスル描ける。
……まずい、さっきオオミに「輪郭を描くから黒いペンを手に取った」、と言ったのに、それだけで終わってしまいそうだ。
「オゼさん、上手ですね。色はないけど」
「お前も上手だな。色もあるし」
オオミのはきれいなピンクのコスモスだ。俺が配分を考えずに胸の真ん中にでかでかと描いてしまったせいで、肩の辺りに申し訳なさげに押しやってしまったのがもったいないほど上手い。
「兄ちゃん、出来た? あ、ミーコだ!」
マモルが背中の方から覗き込んできた。
「こら、まだ完成してないんだ」
笑いながら叱る。オオミが不思議そうに尋ねてきた。
「それ、猫だったんですか? 僕はてっきり――」
「犬だよ、俺の隣の家で飼っていた。本当はもっと犬らしい名前がついてたんだけど、マモルはミーコって呼んでた。人懐っこいやつでさ。いいじゃないか、犬がミーコでも」
「そうですね、ミーコ犬。いいです」
まるで犬種かのように呟きながらオオミがコスモスの絵に戻る。俺もほぼ出来上がったミーコを見て考える。あいつは白のもふも
ふした雑種だったので、黒のペンで輪郭と目と鼻をそれらしく描
くだけで完成してしまったが、何かが足りない。
そうだ、首輪だ。分厚い夏雲の中に覗く僅かな青空みたいな色のあの首輪だ。急いで青いペンを取った。適当にそこにあっただけのペンなのに記憶そのものの青を発した。
「ミーコ……」
当の昔に死んでしまった犬の名前を呼ぶと、ウルウが優しい目で俺を見返してきた。
「兄ちゃん、僕たちも出来たよ」
「どれ」
青いペンを片手にウルウの背中に回った。
――どっちがマモルの絵だ? おい、アオチ、絵が下手過ぎるだろう。決してマモルのせいじゃない。あいつは幼稚園児の歳にしては上手な方だ。アオチが大人のくせにそのレベルなのが悪いんだ。
「どうだ? 俺も頑張ったよ」
得意気に言うな、ふざけているのか。オオミが笑いを堪えている。
「僕はノンノを描いたの」
「俺は消防車」
おいおい、何で車とインコが同じに見えるんだよ。もしかしてアオチも消防車という名前のインコを飼っていたのか? 色でかろうじて判断した。黄色と緑のがノンノで、赤いのが消防車だ。
「上手いぞ、マモル。直ぐノンノだってわかった」
「うん!」
マモルの頭を撫でてやる。
「うるうるるるるうるる」
ウルウが突然立ち上がって、自分の着ている服を引っ張り始めた。
「ウルウも絵を見たいよね。ほら脱がせてあげるから落ち着いて」
オオミが手際良くウルウの服の裾をつかみ、服を脱がす。本当に全身皮を剥いだように生々しく赤い。そのくせ、気持ち悪さが無いのは表面がつるつるしているからだ。
「オゼさん、何をじろじろウルウの裸を見てるんですか。いやらしいですよ」
「さすがにこいつをそんな目で見るわけないだろ」
ウルウまで恥ずかしそうにオオミの後ろに隠れるものだから、俺が変態みたくなっている。マモルにだけはそんな誤解をされたくない。
娯楽室の棚から大き目のひざ掛けを引っ張り出し、ウルウを肩からくるんだ。俺たちの回収人の趣味なのか、こっちの船に多用されている落ち着いた深い緑色が、赤い身体に良く似合った。
「うるるう……」
ひざ掛けの肌触りが良いのか、ウルウが気持ち良さそうに目を閉じて顔をすり寄せている。
「ウルウが寒いかなと思っただけだ」
「ウルウ、良かったね」
マモルもひざ掛け越しにウルウを撫でている。良かった、俺はまだ優しい兄ちゃんのままだ。
「見てごらん、これがお前の服だよ」
オオミが俺たちの絵が描かれた長いTシャツをウルウの前でひらひらさせた。
「うるうるうるっ」
体の周りに音符が飛び出して見えそうなくらいの明るい声を出して、ウルウがTシャツに見入っている。
「気に入ってくれて良かったよ」
アオチの言葉に、いや、お前の絵だけは気に入ってないかも知れないだろ、と言いかけた時だった。
静かに娯楽室のドアが開いて、水浸しの男が現れた。
「お前、この世界に残りたいわりには生きる満々じゃないか」
アオチに引きずられながら娯楽室に入った。
船の行先を聞いた後、アオチがイライラとした様子で立ち上がると、俺の腕を強く掴んで立ち上がらせた。
「そろそろ話をしようぜ」
血まみれ女の手に自分の手を重ねているおばさんを振り返る。
「すみません。直ぐ戻りますから」
「こっちは任せて。生きている人を大切にして」
いつもクールな表情のおばさんが笑うとそれだけで嬉しくなったが、同時に切なくもなった。そのそばではマモルがウルウにあっち向いてほいを教えている。
やっぱり俺は壊れる側の、こっちの世界にいる。
「俺は家族もいないから、絶対に故郷に戻らないといけないとか、そういうのは本当にないんだよ」
アオチが意外そうな顔をする。
「え? じゃあお前何で――」
「オゼさんの気持ちはわかります。でも、ここに残っても何も無くなってしまうんですよ。無になるんです」
もう一回、アオチが意外そうな顔をする。
「お前、オゼの気持ちがわかるのか?」
「オゼさんはカオリさんが好きなんですよ。それにマモルくんのことを本当の弟だと思っちゃってます」
「ええ? でも、お前言ったよな、あの二人は俺のことが――」
「アオチさんは少し黙っててください。鈍いなあ」
自分でも不思議なくらい、俺はこいつらがじゃれているのを見るのがとても好きだ。
「二人はオゼさんが残ると幸せなんでしょうか」
「どうだろ……」
俺が勝手に二人も喜んでくれると妄想しているだけかも知れない。おばさんには生きている人を大切にしろと言われた。マモルはウルウとすっかり打ち解けて楽しそうだった。
こいつらはどうだ? 俺のことを社交辞令で心配してくれてはいるが、その実、本当に思っているのはいつもお互いのことだ。
回収人だってそうだ。あいつの一番の関心はオオミだ。
初めて会った向こうの船の連中は? 血まみれの女は文字通り何もせず、一点を見つめているだけなのに、おばさんの優しさを独り占めしている。あのウルウル言っているやつだって、全身皮を剥かれたようなグロテスクな容貌のくせにみんなに愛されている。
あっちの回収人ローヌはナルシストっぽいから、自分にしか興味ないだろう。
――俺は一人だ。
昔っからそうだった。俺の周りにいるやつらは全員、別の方を向いている。おばさんとマモルに求められている、自分が誰かの救いになっている、そう実感できたあの頃が一番幸せだった。
「鳥を掴まえて」、その言葉の意味も今ならわかる気がする。
アオチは鳥の方から救いに来てくれる。オオミなんて鳥に追われて怖がっているくらいだ。
俺だけだ。自分から掴まえに行かなければ鳥にすら見向きもされないのは。
「オゼさん……」
「……あ」
ハラリと涙が落ちて言葉が続かない。
バタンとドアが開いた。
「兄ちゃん!」
ドアを開けたのはウルウだったので、こいつが急にしゃべり出したのかと思ったが、その後ろからマモルの姿が見えた。
「兄ちゃん、ウルウにお絵かきしよう」
そう言って両手に抱えたペンやら絵の具やらを突き出した。そうだ、さっきウルウの服に絵を描く約束をした。
「どこにあったんだこんな物」
急いで涙を拭って、無理やり笑顔を作りながらそれを受け取る。
「おじさんのお部屋」
オオミに何か耳打ちしていたアオチが、俺が受け取った絵の具を見て、目を見開いている。きっと、オオミにマモルの通訳を頼んでいだのだろう。
「おじさんに怒られないか」
「おじさんは怒ったりしないよ」
回収人は意外と甘々なやつだから、驚かない。アオチが俺の方に寄ってきて呟いた。
「これ、俺の絵の具セットだよ」
「本当? やった!」
マモルがはしゃぐ。憧れのお兄さんの物だからか? 何が「やった」なんだ。でも、それでもいい。明日の朝にはアオチともお別れだ。たくさん甘えておけ。
「ん? どうしたんだ?」
マモルの声が聞こえないアオチがオオミに助けを求めるのを見て舌打ちをしそうになった。まずい、五秒も平静を保てていなじゃないか。
「マモルくんがアオチさんの持ち物だと知って喜んでます。やっぱりあの部屋、過去の物が蘇るんですね」
「そうか、マモルくん。俺の絵の具セット、いっぱい使っていいぞ。ウルウの服をきれいにしてやろう」
おい、見えないくせに調子に乗るなよ。アオチを張り倒しそうになるのを必死で堪える。
「ほら、ウルウ、ここの丸椅子に座って」
「うるるうるうるー」
ノリノリのウルウの周りで筆をぶんぶん振っているマモルに尋ねた。
「おばさんはどうした」
「血の付いたお姉ちゃんをきれいにするんだって」
そうだよな、あの女もいつまでも乾いた血でガサガサでいるのも気持ち悪いだろうし、こっちだって怖すぎる。
「うるるるうるるるるうるるるるる――」
こっちの赤いのも怖い。早く描けと催促している。
「僕とオゼさんは胸に描きますね。マモルくんはアオチさんと背中に描くんだよ」
オオミが勝手に仕切るのが忌々しいが、ここは大人にならないといけない。――でも、それにしたって、マモルとは見えるやつを組ませろよ。
マモルを気にしながら黒いペンを握った。
「オゼさん、せっかくなんだからもっとカラフルな色を使ったらどうですか」
「俺は輪郭は黒で描く派なんだ」
つい大人気なく俺が一番にペンを走らせてしまった。
「うるうぅぅ」
くすぐったいのか足をバタバタさせている。
「おい、動くなよ。線がずれる」
「兄ちゃん、何かいてるの?」
マモルが好奇心でキラキラした目で覗き込もうとするのを止めた。
「だめだよ、マモル。描き終わってからだ。お前は、そっちのお兄さんと描いたのを俺に見せてくれ」
マモルがキラキラのまま頷いて、ぎこちない手つきで黄色い絵の具を手に取った。手こずるマモルに手を伸ばし、役立たずのアオチの代わりにフタをまわしてやる。
ふと、この年齢の子どもに絵の具は早くないだろうか、と考えた。
「マモル、こっちで描くか?」
黄色いペンを差し出してみる。
「うんう、絵の具がいい」
そうか、そんなにアオチの持ち物が良いのか。ペンを握る手に力が籠ってしまう。
「マモルくん、筆を水に浸して使うんだぞ」
アオチが水の入ったコップを片手に洗面所から出てくると、全然マモルと違う方を見て言った。……仕方ない、こいつはこいつなりに頑張ってるんだ。
それにしてもウルウの着せられている長いTシャツみたいなこの服、絵の具でもちゃんと描けるのだろうか。まあ、気が済むようにさせてやろう。
気を取り直してウルウの胸に向かってペンを走らせた。ウルウに凹凸が無いせいか面白いくらいスルスル描ける。
……まずい、さっきオオミに「輪郭を描くから黒いペンを手に取った」、と言ったのに、それだけで終わってしまいそうだ。
「オゼさん、上手ですね。色はないけど」
「お前も上手だな。色もあるし」
オオミのはきれいなピンクのコスモスだ。俺が配分を考えずに胸の真ん中にでかでかと描いてしまったせいで、肩の辺りに申し訳なさげに押しやってしまったのがもったいないほど上手い。
「兄ちゃん、出来た? あ、ミーコだ!」
マモルが背中の方から覗き込んできた。
「こら、まだ完成してないんだ」
笑いながら叱る。オオミが不思議そうに尋ねてきた。
「それ、猫だったんですか? 僕はてっきり――」
「犬だよ、俺の隣の家で飼っていた。本当はもっと犬らしい名前がついてたんだけど、マモルはミーコって呼んでた。人懐っこいやつでさ。いいじゃないか、犬がミーコでも」
「そうですね、ミーコ犬。いいです」
まるで犬種かのように呟きながらオオミがコスモスの絵に戻る。俺もほぼ出来上がったミーコを見て考える。あいつは白のもふも
ふした雑種だったので、黒のペンで輪郭と目と鼻をそれらしく描
くだけで完成してしまったが、何かが足りない。
そうだ、首輪だ。分厚い夏雲の中に覗く僅かな青空みたいな色のあの首輪だ。急いで青いペンを取った。適当にそこにあっただけのペンなのに記憶そのものの青を発した。
「ミーコ……」
当の昔に死んでしまった犬の名前を呼ぶと、ウルウが優しい目で俺を見返してきた。
「兄ちゃん、僕たちも出来たよ」
「どれ」
青いペンを片手にウルウの背中に回った。
――どっちがマモルの絵だ? おい、アオチ、絵が下手過ぎるだろう。決してマモルのせいじゃない。あいつは幼稚園児の歳にしては上手な方だ。アオチが大人のくせにそのレベルなのが悪いんだ。
「どうだ? 俺も頑張ったよ」
得意気に言うな、ふざけているのか。オオミが笑いを堪えている。
「僕はノンノを描いたの」
「俺は消防車」
おいおい、何で車とインコが同じに見えるんだよ。もしかしてアオチも消防車という名前のインコを飼っていたのか? 色でかろうじて判断した。黄色と緑のがノンノで、赤いのが消防車だ。
「上手いぞ、マモル。直ぐノンノだってわかった」
「うん!」
マモルの頭を撫でてやる。
「うるうるるるるうるる」
ウルウが突然立ち上がって、自分の着ている服を引っ張り始めた。
「ウルウも絵を見たいよね。ほら脱がせてあげるから落ち着いて」
オオミが手際良くウルウの服の裾をつかみ、服を脱がす。本当に全身皮を剥いだように生々しく赤い。そのくせ、気持ち悪さが無いのは表面がつるつるしているからだ。
「オゼさん、何をじろじろウルウの裸を見てるんですか。いやらしいですよ」
「さすがにこいつをそんな目で見るわけないだろ」
ウルウまで恥ずかしそうにオオミの後ろに隠れるものだから、俺が変態みたくなっている。マモルにだけはそんな誤解をされたくない。
娯楽室の棚から大き目のひざ掛けを引っ張り出し、ウルウを肩からくるんだ。俺たちの回収人の趣味なのか、こっちの船に多用されている落ち着いた深い緑色が、赤い身体に良く似合った。
「うるるう……」
ひざ掛けの肌触りが良いのか、ウルウが気持ち良さそうに目を閉じて顔をすり寄せている。
「ウルウが寒いかなと思っただけだ」
「ウルウ、良かったね」
マモルもひざ掛け越しにウルウを撫でている。良かった、俺はまだ優しい兄ちゃんのままだ。
「見てごらん、これがお前の服だよ」
オオミが俺たちの絵が描かれた長いTシャツをウルウの前でひらひらさせた。
「うるうるうるっ」
体の周りに音符が飛び出して見えそうなくらいの明るい声を出して、ウルウがTシャツに見入っている。
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