42 / 94
第二章 選別の船
逆さまの島
しおりを挟む
オオミ
まずい、オゼさんだけ呼んでしまった。
その横に並んでいたローヌさんとウルウが同時に寂しそうな顔をした。
「ウルウとローヌさんも、こっちに来てください!」
今度は二人同時に嬉しそうな顔になる。ウルウは本来表情が乏しくても仕方ない造形なのに、オーバーな目と口の動きで異常にわかりやすいし、元々表情豊かなローヌさんはニコニコして手を振っている。三人も人を殺している疑惑は払拭されていないけど、少し気の毒にも思った。
オゼさんと目を合わせて、三人で雨に打たれながらこちらに歩いてくる姿は平和そのものだ。
というか、オゼさんとローヌさんはいつからあんなに仲良くなったんだろう。お互い僕なんかよりずっと以前から一緒に過ごしているようにわかり合ってる感じがする。大丈夫なのか?
「凄い景色だな。お前、あれが何か聞いたか?」
「へ?」
近づいて来たオゼさんの長い前髪から見える片目が、異常に美しく濡れていて、ついぼんやりしていた。自分の先輩に対して気持ち悪い。
「あの島の雷だよ。一足先に選択されたやつらが雷の中にまとめられて、光の中で明日の朝を待つんだって」
オゼさんの声が違う人のものみたいに感じた。少し前までは、いつも自分の世界に籠っている人だったのに。今は冷たい声の中に、冬に飲むホットドリンクみたいな優しさが混じって、もっと話して欲しいとお願いしそうになる。
「あっ、ああ、回収人さんに聞きました。明日の僕たちは――どうなっているんだろうってアオチさんと話していました」
島に釘付けだったアオチさんがこちらを向いた。普段からかっこいいが、夕陽の造る陰影で余計にかっこよく見える。アオチさんはいくら格好良くても現実味があるところが好きだ。
触れなくても手が届くのがわかる。オゼさんはいつも消えてしまいそうで心配だけれど。
「オゼさん、必ず三人で新しい世界に行きましょうね」
頷いてくれたのだろうか? その時、島が割れたような大きな音がして、ついそちらを向いてしまったので、わからなかった。
「二人とも気をつけろよ。今の雷はこれまでの比じゃない。ローヌはウルウを守ってろ。カオリさんは無言ちゃんと一緒か? おい、無言ちゃん、そこから動くなよ! オオミ、マモルくんはどこだ?」
「アオチさん、落ち着いてください。僕らはまだ大丈夫ですよ。マモルくんはアオチさんの足元です。それに僕らには回収人さんがいるから安心です」
何故かそう言い切ることができた。船首に立つ回収人さんの背中を見る。この人はさっきから島にも雷にも全く関心がないようだ。
弓みたいな銃を脇に抱えて、空を見上げる姿が頼もしい。
この人が鳥の方に注意を払っている間は、僕たちの船に雷が落ちる事も、誤って早めに新しい世界に連れていかれることもない。
「それもそうだな。なあ、俺たちは明日の朝、三人そろって雷の中にいような。ローヌ、そっちの船はそれ以上死人を出すなよ。無言ちゃんとウルウを連れて新しい世界に行くんだ。一人しか連れて行けないとか、誰かの作ったルールなんて知らねえよ。どさくさに紛れて破ってしまえ。それが罪になるなら、ルールを作ったやつの方をこっちの世界に置いていけばいい」
アオチさんの言葉に反応して、オゼさんが僕たち二人を交互に見た。
「俺は――さっきまではごめん。こっちの世界に残りたいなんて言って。今はお前たちとずっと一緒にいたい、本当にそう思ってる」
良かった、考え直してくれたんだ。ローヌさんに何か言われたのだろうか。二人はさっき、僕たちより遅れて船から出てきた。
「僕だって、無言ちゃんとウルウを連れて行きたい気持ちは同じだよ。いや、僕が一番強く願っている。さあ、島の周りの船が持ち上がり始めたよ。明日の予習だ、見逃さないで」
ローヌさんが島の上空を指さした。
「え……」
雷光が空に途中の状態で止まっていた。歪な刀のような形のまま、空を切り裂きかけて逆に固定されてしまったみたいだ。青白い光を纏って、少しも動かない。何かを待っているのか――。
直ぐに待っていたものは判明した。島の周囲を漂っていた船たちが雷光を目指して浮き上がり始めたのだ。さっきまで、遠すぎてかろうじて船の形をしていると思っていたものが次々と、一つずつ浮き上がって行く。外観にも個性があるはずの船が全て白っぽく見えて、それは雷の光に近づくほど青と金と銀の間を彷徨う不思議な色に染まる。
「二列に並んでえらいね」
突然マモルくんが言った。
「二列……ああ、確かに」
僕が見ている船の連なりを追いかけて、同じような船の列が海から空を目指していた。
「仲の良い蛇みたいだな」
アオチさんも空に向かう長い線路のような船の群れを、活き活きした顔で見上げている。そうだ、うねりながら登って行く様は白い蛇にも見えて、縁起が良さそうだ。
「あれ?」
一瞬自分の目がおかしいのかと思って、瞬きをしてから見直してみたが、間違えない。
「二つの蛇がつながってる……」
「気がついちゃった? あれが君が僕の船にかけたのと同じ梯子だよ。二つの船が横並びに連なっている。アオチくんが妙な正義感を出してくれたおかげで僕らは既につながっているけどね。本来は最期の最後のタイミングでつながるものなんだ」
ローヌさんの言葉にアオチさんが慌てた様子で首を振って、水滴を振りまいた。確かにあの時、アオチさんが騒いだりしなければ、僕も梯子を探すフリはしなかったけど……
「本当はこのタイミングなんだな。それなのに俺があんたの船に渡ろうとして勝手に梯子をかけてしまった……なあ、それ、何か支障があるのか?」
何も悪くない、真っ直ぐなアオチさんがかわいそうだ。ローヌさん、どうか『何でもない』と言って。
「うーん、あると言えばあるね。いや、かなりある。君が梯子をこんなに早くにかけてしまったおかげで、僕たちの船は次の世界でも絡み合ってしまう。正常に――つまり今僕たちの見ている通りつながった船は、次の世界でほどけて、まず出会うことはない。でもつながり合う時間の長かった僕たちはまた必ず交差してまうよ」
静かに口元を緩めながら話すローヌさんの声は、とても嬉しそうだ。この人には数えきれないパターンの微笑みがあって翻弄される。
「――でも、まあ、ウルウと無言ちゃんに次の世界でも会えるなら、僕はむしろ嬉しいくらいです」
アオチさんを励ますため、そして本心から明るく言った。
「君たちもそう思ってくれて良かった。実は僕も彼――君たちの回収人から離れられなくなった。対になったってことだ。この世界はもちろん、これからの世界でも、僕らの船は並走し続ける。ああ、君たちに感謝するよ。これは僕がずっと望んでいたことなんだ。これからは僕がずっと彼を支えてあげられる。彼には怒られてしまうけれど」
ローヌさんの悲しい笑い顔が少し暮れてきた夕闇に溶けて行きそうだ。ああ、また笑顔の種類が変わる。
「あなたはどうして――」
海の底から鳴り響いた雷に、僕の声がかき消された。
まずい、オゼさんだけ呼んでしまった。
その横に並んでいたローヌさんとウルウが同時に寂しそうな顔をした。
「ウルウとローヌさんも、こっちに来てください!」
今度は二人同時に嬉しそうな顔になる。ウルウは本来表情が乏しくても仕方ない造形なのに、オーバーな目と口の動きで異常にわかりやすいし、元々表情豊かなローヌさんはニコニコして手を振っている。三人も人を殺している疑惑は払拭されていないけど、少し気の毒にも思った。
オゼさんと目を合わせて、三人で雨に打たれながらこちらに歩いてくる姿は平和そのものだ。
というか、オゼさんとローヌさんはいつからあんなに仲良くなったんだろう。お互い僕なんかよりずっと以前から一緒に過ごしているようにわかり合ってる感じがする。大丈夫なのか?
「凄い景色だな。お前、あれが何か聞いたか?」
「へ?」
近づいて来たオゼさんの長い前髪から見える片目が、異常に美しく濡れていて、ついぼんやりしていた。自分の先輩に対して気持ち悪い。
「あの島の雷だよ。一足先に選択されたやつらが雷の中にまとめられて、光の中で明日の朝を待つんだって」
オゼさんの声が違う人のものみたいに感じた。少し前までは、いつも自分の世界に籠っている人だったのに。今は冷たい声の中に、冬に飲むホットドリンクみたいな優しさが混じって、もっと話して欲しいとお願いしそうになる。
「あっ、ああ、回収人さんに聞きました。明日の僕たちは――どうなっているんだろうってアオチさんと話していました」
島に釘付けだったアオチさんがこちらを向いた。普段からかっこいいが、夕陽の造る陰影で余計にかっこよく見える。アオチさんはいくら格好良くても現実味があるところが好きだ。
触れなくても手が届くのがわかる。オゼさんはいつも消えてしまいそうで心配だけれど。
「オゼさん、必ず三人で新しい世界に行きましょうね」
頷いてくれたのだろうか? その時、島が割れたような大きな音がして、ついそちらを向いてしまったので、わからなかった。
「二人とも気をつけろよ。今の雷はこれまでの比じゃない。ローヌはウルウを守ってろ。カオリさんは無言ちゃんと一緒か? おい、無言ちゃん、そこから動くなよ! オオミ、マモルくんはどこだ?」
「アオチさん、落ち着いてください。僕らはまだ大丈夫ですよ。マモルくんはアオチさんの足元です。それに僕らには回収人さんがいるから安心です」
何故かそう言い切ることができた。船首に立つ回収人さんの背中を見る。この人はさっきから島にも雷にも全く関心がないようだ。
弓みたいな銃を脇に抱えて、空を見上げる姿が頼もしい。
この人が鳥の方に注意を払っている間は、僕たちの船に雷が落ちる事も、誤って早めに新しい世界に連れていかれることもない。
「それもそうだな。なあ、俺たちは明日の朝、三人そろって雷の中にいような。ローヌ、そっちの船はそれ以上死人を出すなよ。無言ちゃんとウルウを連れて新しい世界に行くんだ。一人しか連れて行けないとか、誰かの作ったルールなんて知らねえよ。どさくさに紛れて破ってしまえ。それが罪になるなら、ルールを作ったやつの方をこっちの世界に置いていけばいい」
アオチさんの言葉に反応して、オゼさんが僕たち二人を交互に見た。
「俺は――さっきまではごめん。こっちの世界に残りたいなんて言って。今はお前たちとずっと一緒にいたい、本当にそう思ってる」
良かった、考え直してくれたんだ。ローヌさんに何か言われたのだろうか。二人はさっき、僕たちより遅れて船から出てきた。
「僕だって、無言ちゃんとウルウを連れて行きたい気持ちは同じだよ。いや、僕が一番強く願っている。さあ、島の周りの船が持ち上がり始めたよ。明日の予習だ、見逃さないで」
ローヌさんが島の上空を指さした。
「え……」
雷光が空に途中の状態で止まっていた。歪な刀のような形のまま、空を切り裂きかけて逆に固定されてしまったみたいだ。青白い光を纏って、少しも動かない。何かを待っているのか――。
直ぐに待っていたものは判明した。島の周囲を漂っていた船たちが雷光を目指して浮き上がり始めたのだ。さっきまで、遠すぎてかろうじて船の形をしていると思っていたものが次々と、一つずつ浮き上がって行く。外観にも個性があるはずの船が全て白っぽく見えて、それは雷の光に近づくほど青と金と銀の間を彷徨う不思議な色に染まる。
「二列に並んでえらいね」
突然マモルくんが言った。
「二列……ああ、確かに」
僕が見ている船の連なりを追いかけて、同じような船の列が海から空を目指していた。
「仲の良い蛇みたいだな」
アオチさんも空に向かう長い線路のような船の群れを、活き活きした顔で見上げている。そうだ、うねりながら登って行く様は白い蛇にも見えて、縁起が良さそうだ。
「あれ?」
一瞬自分の目がおかしいのかと思って、瞬きをしてから見直してみたが、間違えない。
「二つの蛇がつながってる……」
「気がついちゃった? あれが君が僕の船にかけたのと同じ梯子だよ。二つの船が横並びに連なっている。アオチくんが妙な正義感を出してくれたおかげで僕らは既につながっているけどね。本来は最期の最後のタイミングでつながるものなんだ」
ローヌさんの言葉にアオチさんが慌てた様子で首を振って、水滴を振りまいた。確かにあの時、アオチさんが騒いだりしなければ、僕も梯子を探すフリはしなかったけど……
「本当はこのタイミングなんだな。それなのに俺があんたの船に渡ろうとして勝手に梯子をかけてしまった……なあ、それ、何か支障があるのか?」
何も悪くない、真っ直ぐなアオチさんがかわいそうだ。ローヌさん、どうか『何でもない』と言って。
「うーん、あると言えばあるね。いや、かなりある。君が梯子をこんなに早くにかけてしまったおかげで、僕たちの船は次の世界でも絡み合ってしまう。正常に――つまり今僕たちの見ている通りつながった船は、次の世界でほどけて、まず出会うことはない。でもつながり合う時間の長かった僕たちはまた必ず交差してまうよ」
静かに口元を緩めながら話すローヌさんの声は、とても嬉しそうだ。この人には数えきれないパターンの微笑みがあって翻弄される。
「――でも、まあ、ウルウと無言ちゃんに次の世界でも会えるなら、僕はむしろ嬉しいくらいです」
アオチさんを励ますため、そして本心から明るく言った。
「君たちもそう思ってくれて良かった。実は僕も彼――君たちの回収人から離れられなくなった。対になったってことだ。この世界はもちろん、これからの世界でも、僕らの船は並走し続ける。ああ、君たちに感謝するよ。これは僕がずっと望んでいたことなんだ。これからは僕がずっと彼を支えてあげられる。彼には怒られてしまうけれど」
ローヌさんの悲しい笑い顔が少し暮れてきた夕闇に溶けて行きそうだ。ああ、また笑顔の種類が変わる。
「あなたはどうして――」
海の底から鳴り響いた雷に、僕の声がかき消された。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる