鳥に追われる

白木

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第二章 選別の船

船上の雷

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オゼ


 命を削ってるって、どういう意味なんだ。乗客を新しい世界に連れて行く度にあいつは若さを失っていったてことか。

 だからあんな風に年寄りに見えるのか。それにあいつは今回も俺たちを助けようとしてくれている。

 ――あいつにも次の世界に一緒に行って欲しい。

 大体、連れて行くのが一人だけとか、そんなルール作ったやつの方がどうかしている。性格が悪すぎる。さっき聞こうとしたんだ。

 そのルールを決めたやつは誰かって。

 それなのに忌々しい雷に会話を遮られた。

 回収人が真っ先に部屋の外に飛び出して行ってしまった。おばさんもさっきまでの具合の悪さが嘘の様にその後に続いて部屋を出た。俺も――と動き出した時、ローヌに強く両肩を掴まれた。

「なんだよ」

「君、かわいそうに……」

 そう言って俺を強く抱いた。苦しい。船の外で雷の落ちる重い音がした。胸の中にきつく閉じ込められて何も見えない。

「かわいそうって何が……」

「君は選ばれてしまう。最後まで残ってしまう。次の世界に連れて行かれてしまう。大切な人がみんなこの世界に残されても」

 何言ってるんだ、こいつ。ローヌの声に涙が混じった。

「ごめんね……」

 ああ、何度も何度も雷が落ちている。あいつら今頃、全員で雨に打たれているのかな。

「なあ、何でお前が泣くんだよ。俺、どうしたらいいんだよ」

「黙って彼に救われてあげて」

「彼って、俺たちの回収人か?」

 やっとローヌが腕の力を少し緩めてくれた。

「うん……今回、彼には君たち全員を救うだけの力は残ってない。誰かを選ばなきゃならない。救えても君とあと一人か……どっちにしろ、君は選ばれるから、その時は黙って受け入れてあげて欲しい」

「どうして、俺なんだよ。あいつが選ぶとしたらオオミじゃないのか」

 そうだよ、あいつの一番のお気に入りはオオミだ。鼻先が触れる近さの空気が揺れて、ローヌが溜息の弱さで言った。

「君は何にもわかっていないよ。僕と彼は――兄弟みたいなものだから。そう、君の友だちのアオチくんとオオミくんみたいにね。だから今日も彼が心配で船を横につけたんだ。彼に消えて欲しくないから。『もう誰も助けるな』そう言いにきたんだ。でも彼は優し過ぎて、僕の本気なんて届かない。そして僕にはわかるんだ、彼がどうしても誰かを選ばなきゃならなくなった時、君を連れて行くしかないことが」

 混乱していた。窓のない部屋に雷の音だけがしつこく響いていて不安が増す。外は本当に雷がなっているのか? 雨が降っているのか? それすら怪しくなるほど、自分を疑っていた。

「俺は、残りたいんだよ。連れて行くなんて言うな。連れて行くならあの二人にしてくれ」

 少し頭をずらしてローヌの顔を見上げて言った。こいつ、間近で見ると物凄くきれいな顔をしているな。ずっとにやにやしてたから、こんなに整っているなんて気がつかなかった。

「ごめんね。でも僕が彼でも君を連れて行く。だって君はほん――だから……」

 その時ひと際大きな雷の唸り声がして、良く声が聞こえなかった。俺に聞かせないために響いたようなタイミングだった。

「この話の続きは雨の中で。君にも見逃して欲しくない。明日の朝、君たちが見る光景だよ」


 何故かローヌと手を繋いで甲板に出た。心地良くて振りほどけなかった。このまま皆のところに行ったら変な目で見られる、そう思ったけれど、それならそれで良いと割り切った。

 外に出ると怖いぐらいの冷気が溢れ、空は眩しく、誰も俺たちの事など気にしている余裕はなさそうだった。

 みんながつかまっている左舷側の手すりに、少し離れて並んで立つ。

「何だ? あれ」

「誰かの故郷だよ。この船は今、誰かの故郷の横を通り過ぎている。そして、あの周りの船全てに君たちみたいな人が乗ってる」

 確かにローヌの視線の先に小さな島が見えている。小さく見えているだけで、実は結構大きいのかも知れないけれど。無数の船も確認できた。

 さらに島の真上から雷が降り注いでいる。本当に雨のように雷が落ちている。俺がさっき船の中で聞いた落雷の音は、たまに飛ぶ方向を間違えて、こっちの船の近くに落ちてくる物の一つだろう。

「あいつは……何してるんだ」

 俺たちの回収人が、「銃だ」と本人が説明していた金属の弓のような物を脇に抱え、船首に力強く立っていた。

「選択の後、選ばれなかった心臓が海で燃えるのは知っているだろ? それを狙う鳥に用心しているんだよ」

 あの心臓を狙う巨大ツルの事か。海に散る美しい心臓を喰う卑しいやつらだ。

「――俺たちもその心臓を待ってるのか? この船は心臓が燃料なんだろ」

「そうだね。海に浮いている心臓を拾うのは比較的安全なんだけど、選別されたばかりの心臓を回収するのはそう簡単ではないんだ。だから、彼に鳥の監視してもらいながら、僕が回収をするよ」

 穏やかに話すローヌの顔が、暮れ始めた陽の金色と雷の白い光で輝いて、そのまま空に消えてしまいそうに感じる。

「そう言えば、お前の船で死んでいたやつらはどうしたんだ。……その、燃やして船の燃料にしたのか?」

「ああ、あれは海に還したよ。今頃海面を美しく燃えているか、もうどこか別の船に回収されているよ。僕たちはね、自分の船の乗客は燃料に使えないんだ」

 ローヌの顔に流れる水を見て、雨が激しくなっている事にきづく。

「あの島には雨が似合うから、雪も霧も雨に時間を譲ったんだね。ねえ、君はどっちが良い? この世界で最後の瞬間、雨の中を駆けたい? 雪の中を駆けたい? それとも強い太陽を呼ぶの?」

 俺を覗き込む目に夕陽が差し込んで、名前を知らない無数の色が輝いている。

「俺は――雪に迎えに来て欲しい」

「そう。真っ白な雪は君の孤独に似合ってしまうね」

 柔らかいローヌの声が静かに胸に沁みた。

「今に世界は逆さまになる」

「え?」

「いや、今はしっかり見ておくといいよ。君の好きだった人たちの姿も、君と一緒に旅をしてくれている友人の姿も、次の世界に記憶が持って行けなくても刻んでおくんだ。記憶も知らない魂の奥底に」

 意味が解らないし、俺だけが次の世界に行くと決めつけている言い方も嫌だ。

ふと、選ばれないことになっている二人――アオチとオオミを見て、目がくらんだ。あいつらの髪に、顔に、まつ毛に、目の中に、指先に、弾ける雨が夕陽を反射して、動く度に、呼吸をする度に、キラキラと振り払われ、意志を持っているように動く。

「あいつらの周りで夕陽が生きてるみたいだ」

こんな景色、絵画でも写真でも誰かの想像の中にもない、俺だけの光に溢れた光景だ。

 ローヌは何も言わず、悲しい笑顔で頷くだけだ。

 二人は今、何を話しているんだろう。この状況がわかっているのだろうか。間には入れないけれど、そのやり取りをもっと見ていたい。

 アオチの足元にはピッタリとマモルがいる。アオチには完全に無視されている状態なのに、いじらしくて泣けてくる。

誰に殺されたのか解らないが、俺が代わりに死ねば良かった。本気でそう思う。

 おばさんと無言ちゃんが、三人から少し離れた場所で、雷の降る島を眺めている。

二人ともタイプの違う美人だ。無言ちゃんは彫が深くて、大きく強い目も薄茶色で異国の人みたいだ。無言だから余計にそう思うのかも知れない。見覚えのある服を着ていると思ったけれど、あれ、おばさんの冬のコートじゃないか。オレンジ色の鮮やかなコートを羽織っている。また回収人の部屋から出てきたんだろうか。つくづく不思議な部屋だ。

無言ちゃんはさっきまで、どう見てもアメニティの寝巻のような物を着ていたから丁度良かった。

 当のおばさんはスーツのジャケットだけで寒くないのだろうか。

 俺の好みは今日までずっと一貫しておばさんだ。整っているのに控えめな見た目も好きだし、甘えを許さないおばさんを覆っている冬の朝のような凛とした空気も好きだ。時々、笑いかけてくれた時には、指先で溶ける冷たい雪に感動していた幼い頃を思い出し、じんと来た。

ずっと理想としていた人に再会したのに、成長したところを見せる間もなく、朝が来れば夢から覚めるように引き離されてしまう。

 おばさんの真っ直ぐな髪に流れる夕陽を見ていたら苦しくなって、ローヌの手を握った。

「不安だよね、僕もこの子の事が心配だ」

 ローヌの肩越しにウルウが現れた。雷が怖くて隠れていたんだろう。そして、今度は船に一人が怖くなってこっそり出てきたんだ。かわいいやつだな。

「ウルウのことが心配って、選ばなくちゃいけないからか?」

「僕が選ぶわけじゃない。カオリさんもマモルくんも気がついていると思うけど、僕の船の乗客を殺したのは僕じゃない。あれは、自殺……に近いかな」

「自殺に近いとか、遠いとかがあるのか」

 真面目に聞いているのに、ローヌが笑って答える。

「僕より君の方が詳しいだろ? 君だって何度も同じこと考えてきたじゃないか。これまでと違うのは僕らにはもう明日がないことだけだよ。誰かが消えなければならないから、彼らは自分から無言ちゃんに次の世界を譲った」

「うるうぅ……」

 雷にウルウの赤い身体が鮮やかに浮かび上がった。こんなきれいな赤で船に生まれたこいつは何者なんだ。

「この子の正体は『良心』だと僕は思っている。だから何とか次の世界に連れて行きたい。生まれて直ぐに失した方が悲しみが浅いと思うかい? そんな事もあるかも知れないけど、僕はきっとずっと悲しんでしまうから」

「でも、一人だけしか連れていけないんだろ? もしかしてお前も――」

 回収人と同じように自分を犠牲にするつもりか、そう聞こうとした俺をローヌは遮った。

「僕には自信がない。彼の真似をしたくて何度も試したけど、肝心のところで怖気づくんだ。乗客が減っていくのを止められない臆病な僕は、君たちの回収人に言わせれば『殺人者』も同じだよ。自殺していった乗客たちはとても勇敢だ。彼らが自分自身のことをそう思ってないことが悲しくて仕方ない」

 すっと赤い手が伸びて、ウルウがローヌの涙をすくった。

 頬をつたう水滴の中でも涙が見分けられるのは何故だろう。

 ふと、身を乗りだして島を眺めていたオオミが夕陽を振り払ってこっちを見た。雷鳴に負けないよう、声を張り上げ俺に向かって叫ぶ。

「オゼさん! もっとこっちに来て下さい! 一緒に見ましょう!」

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