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第二章 選別の船
連れてかないで
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オオミ
連なる船の蛇が、躍りながら闇混じりの空にぐるぐると巻き取られていく。
「もう、次の世界に入って行ってるんですか?」
雷に負けない大声でローヌさんに向かって叫んだ。
「違うよ。言っただろ、次ぎの世界への移動は明日の朝、全員が揃ってからだ。それまでは、保管される」
ローヌさんの声は穏やかなのに、良く通る。
「保管……?」
その時、また海から雷の音がした。空からじゃない、明らかに足元から聞こえた音だ。雷鳴はどうしたんだろう。光が追い付けない音なんてあるのか? すると、少し前まで夕陽と雨を浴びて、黄金の輝きを放っていた海面の下から、金を喰うほどの銀色の光が登って来るのが見えた。
空をずっと見上げていたから首が痛くて気持ちが悪い。違う、急に下を見たから吐きそうなのか、船が激しく揺れ出したからなのか、腹の底に響く雷鳴のせいなのか、眩暈がするほどの眩しさのせいなのか、きっと全部だ……。
「おい、大丈夫か」
アオチさんが僕の肩を支えてくれた。自分だって青い顔をしているくせに。
そんな僕らをオゼさんとローヌさんが同じ悲しい目で見つめていた。二人は似ている――そう感じた時、急に不安に襲われた。
アオチさんの腕につかまりやっと立っていられる。
この二人は明日、次の世界に誰が連れて行かれるのかを知っている。二人きりで船の中でその事を話していたんだ。
嫌だ嫌だ――助けて。僕の心の中に浮かんだ考えに吐き気が止まらない。自分が許せなくて、殺してしまいたい。
一瞬だけど、強く強く、今鳴り響いている雷より強い気持ちで願ってしまったんだ。
明日、新しい世界に行くのは僕とアオチさんだけで良い、って。
他の人の事は考えられなかった。ごめんなさい、ごめんなさい。
僕の偽善を制裁するように、足元でくすぶっていた雷が海を切り裂いて顔を出した。
丁度、僕らの船と島の間くらいに。こんな近くで雷を見たことがないから、これが普通のサイズかどうか知らないけど、とにかく自分の目が信じられないほど巨大なジグザグの光の柱だ。それに一つじゃない。次から次へとだ。
「この船に当たったりしないよな」
アオチさんが僕を支えたまま、ローヌさんに尋ねた。僕がその腕に力いっぱいしがみ付いている理由を、怖いからだと思っていて欲しい。
「当たらないよ。僕たちの順番ではないのを雷は知っているから」
ローヌさんは何度もこの光景を見てきたんだな。落ち着き払った悲しい声が雷を伴奏にした歌みたいに聞こえる。
海から空に向かって落ちる雷鳴が打ち上げ花火の様に加速して、鳴りやまない。その光と音が最高潮に達した時、回収人さんの声が響いた。
「お前ら、船内に入れ」
回収人さんの声はどうして雷に呑まれないんだろう。口先でしゃべっているように見えるのに、甲板にいた僕たち全員の耳にしっかり届いた。
最初にカオリさんが無言ちゃんの腕を引いて入口に向かった。
「僕は心臓を回収する準備をしに行くよ」
そう言って、ローヌさんも軽やかに船内に消えた。
続いてオゼさんが、アオチさんにくっついたままのマモルくんを自分の方へ引き寄せ、僕たちに声をかけた。
「おい、お前らも行くぞ」
「嫌です」
マモルくんの手を握ったまま、オゼさんが僕を知らない人を見るような目で見た。
「……どうして?」
乾いた声で聞かれた。
「僕、アオチさんと雷が消えるのを見届けます。オゼさんは安全なんだから、好きにしてください」
「そんなこと……ない。お前、どうしたんだ。俺たち三人ともまだ安全だよ」
「僕たち――僕とアオチさんにはもう時間がない。わからないけど、きっとそうなんだ。放っておいてください!」
自分でも驚くほど乱暴なことを言っていたが、心のどこかでオゼさんに傷ついて欲しいと思っていた。
「おい、オオミ、どうしたんだよ」
困った顔で僕とオゼさんの顔を交互に見ているアオチさんに、
「いいんだ……中で待ってるから。気をつけろよ」
そう呟いて、雨の中入口へと消えていくオゼさんの背中を見送っていた。ああ、さっきまで僕の身体は麻酔でも打たれていたのかな? 今、背中がとても冷たくて痛い。
「オオミ……」
アオチさんすら言葉に詰まっている。
「だって、オゼさんは――」
その時、海の底から太陽が猛スピードで登ってきたような、目がくらむ光が溢れて、空の白い船の蛇が消えた。
連なる船の蛇が、躍りながら闇混じりの空にぐるぐると巻き取られていく。
「もう、次の世界に入って行ってるんですか?」
雷に負けない大声でローヌさんに向かって叫んだ。
「違うよ。言っただろ、次ぎの世界への移動は明日の朝、全員が揃ってからだ。それまでは、保管される」
ローヌさんの声は穏やかなのに、良く通る。
「保管……?」
その時、また海から雷の音がした。空からじゃない、明らかに足元から聞こえた音だ。雷鳴はどうしたんだろう。光が追い付けない音なんてあるのか? すると、少し前まで夕陽と雨を浴びて、黄金の輝きを放っていた海面の下から、金を喰うほどの銀色の光が登って来るのが見えた。
空をずっと見上げていたから首が痛くて気持ちが悪い。違う、急に下を見たから吐きそうなのか、船が激しく揺れ出したからなのか、腹の底に響く雷鳴のせいなのか、眩暈がするほどの眩しさのせいなのか、きっと全部だ……。
「おい、大丈夫か」
アオチさんが僕の肩を支えてくれた。自分だって青い顔をしているくせに。
そんな僕らをオゼさんとローヌさんが同じ悲しい目で見つめていた。二人は似ている――そう感じた時、急に不安に襲われた。
アオチさんの腕につかまりやっと立っていられる。
この二人は明日、次の世界に誰が連れて行かれるのかを知っている。二人きりで船の中でその事を話していたんだ。
嫌だ嫌だ――助けて。僕の心の中に浮かんだ考えに吐き気が止まらない。自分が許せなくて、殺してしまいたい。
一瞬だけど、強く強く、今鳴り響いている雷より強い気持ちで願ってしまったんだ。
明日、新しい世界に行くのは僕とアオチさんだけで良い、って。
他の人の事は考えられなかった。ごめんなさい、ごめんなさい。
僕の偽善を制裁するように、足元でくすぶっていた雷が海を切り裂いて顔を出した。
丁度、僕らの船と島の間くらいに。こんな近くで雷を見たことがないから、これが普通のサイズかどうか知らないけど、とにかく自分の目が信じられないほど巨大なジグザグの光の柱だ。それに一つじゃない。次から次へとだ。
「この船に当たったりしないよな」
アオチさんが僕を支えたまま、ローヌさんに尋ねた。僕がその腕に力いっぱいしがみ付いている理由を、怖いからだと思っていて欲しい。
「当たらないよ。僕たちの順番ではないのを雷は知っているから」
ローヌさんは何度もこの光景を見てきたんだな。落ち着き払った悲しい声が雷を伴奏にした歌みたいに聞こえる。
海から空に向かって落ちる雷鳴が打ち上げ花火の様に加速して、鳴りやまない。その光と音が最高潮に達した時、回収人さんの声が響いた。
「お前ら、船内に入れ」
回収人さんの声はどうして雷に呑まれないんだろう。口先でしゃべっているように見えるのに、甲板にいた僕たち全員の耳にしっかり届いた。
最初にカオリさんが無言ちゃんの腕を引いて入口に向かった。
「僕は心臓を回収する準備をしに行くよ」
そう言って、ローヌさんも軽やかに船内に消えた。
続いてオゼさんが、アオチさんにくっついたままのマモルくんを自分の方へ引き寄せ、僕たちに声をかけた。
「おい、お前らも行くぞ」
「嫌です」
マモルくんの手を握ったまま、オゼさんが僕を知らない人を見るような目で見た。
「……どうして?」
乾いた声で聞かれた。
「僕、アオチさんと雷が消えるのを見届けます。オゼさんは安全なんだから、好きにしてください」
「そんなこと……ない。お前、どうしたんだ。俺たち三人ともまだ安全だよ」
「僕たち――僕とアオチさんにはもう時間がない。わからないけど、きっとそうなんだ。放っておいてください!」
自分でも驚くほど乱暴なことを言っていたが、心のどこかでオゼさんに傷ついて欲しいと思っていた。
「おい、オオミ、どうしたんだよ」
困った顔で僕とオゼさんの顔を交互に見ているアオチさんに、
「いいんだ……中で待ってるから。気をつけろよ」
そう呟いて、雨の中入口へと消えていくオゼさんの背中を見送っていた。ああ、さっきまで僕の身体は麻酔でも打たれていたのかな? 今、背中がとても冷たくて痛い。
「オオミ……」
アオチさんすら言葉に詰まっている。
「だって、オゼさんは――」
その時、海の底から太陽が猛スピードで登ってきたような、目がくらむ光が溢れて、空の白い船の蛇が消えた。
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