50 / 94
第三章 神様のいない海
死んでもそばにいる
しおりを挟む
オゼ
耳がキーンとなって、銀色のキャビンが歪んだ。
俺が、おばさんとマモルを殺した……
覚えてる――長い間忘れたふりをして、いつの間にか頭で作り上げた妄想が本当の過去になっていた。
遅い春の午後。あの日俺が寝込んでいたのは風邪のせいなんかじゃない。『また、殺してしまった』その恐怖に震えていたんだ。
また? そうだ、おばさんとマモルが初めてじゃない。
俺は同じ理由で何度か人を殺している。他に誰を殺したのか、さっぱり思い出せないのに、殺した理由だけは鮮明によみがえる。
――邪魔になったんだ。
急に一人になりたくなって、うっとうしくなって殺した。
いつも俺の話を静かに聞いてくれたおばさんも、あんなに懐いてくれた可愛いマモルも。
「……オゼくん」
おばさんが薄暗い青の照明の中、起き上がって、俺に一歩、近寄った。
「ごめんなさい――俺があなたを……」
言葉が続かない。怖くて、悲しくて、後ずさりすることすら出来ない。
「大丈夫、恨んだりしていないから」
おばさんの声と同時に、ベッドからマモルが飛び降りた。
そして、そのまま電柱みたく突っ立っている俺にしがみつくと言った。
「兄ちゃん、一緒に鳥を掴まえよう」
立ったまま強く頷くと、背後から声がした。
「ああ、こんなに早く知ってしまったんだね」
ローヌが俺に負けないくらい悲しい顔で、硬い廊下に立っていた。
「本当は、最後まで隠しておきたかったのに」
こいつはいつから知っていたんだろう。隠しておきたかったって、どういう感情からだ?
「さあ、三人とも食事にしよう」
ローヌの声だけが、冷たい船の中にピアノのように響いた。
どうやってカフェテリアまで歩けたのか、自分でも不思議だ。
ローヌに背中を押されるがまま、ここに来た。椅子に座っても尻の感覚すらなく、ただ、麻痺していた。
「君、いつまで黙っているの? カオリさんもマモルくんも困っているよ」
そう言われても顔を上げられない。大好きな人を殺して、それを忘れて、死人として蘇ったその人と食卓を囲む。なんて経験、他の誰がしたことがあるっていうんだ――。
「結構いるよ、君みたいな人」
嘘だろ……。今更こいつが俺の心を読んだことに驚いたわけではない。
俺みたいな人、結構いるのか……。そのことに驚愕していた。
「意外かい? 僕はとても長く旅をしてきたから、そりゃあ死人も殺人者も何度も船に乗せた。そして故郷が同じ者の乗る船で、殺した側と殺された側が一緒になる事は良くあるんだ」
「そうなのか?」
足元の鏡のような床を眺めながら出た声は、自分でも呆れるほど掠れていた。
そう言えば、俺はまだ二人に謝っていないんだ。勇気を振り絞って顔を上げなくては。
「本当にごめん、邪魔だなんて思って――」
声を震わせる俺に、おばさんが昔のままの笑顔で答えた。
「もう、とっくに許してるよ。もっと生きていたかったけど」
「僕も、兄ちゃんともっと一緒にいたかったな」
二人の言葉に、思わずテーブルに肘をついて、両手で顔を覆った。
俺に殺されたのに、まだそんな事を言ってくれるのか?
「さ、これで仲直りだね」
ローヌが勝手にまとめて立ち上がる。
「おい、どこに行くんだよ」
独りにしないでくれ。厳密にいうとおばさんとマモルと三人にしないで欲しい。これは昔の悪戯がばれたとかの話ではない。なにせ、殺しているんだぞ、俺は。
「食事を運ぶんだよ。僕だってお腹が空いた」
気持ちが読めるくせに、嫌がらせか。そう言って、すっとキッチンの方へ向かってしまった。
――どうしよう。
「お外にノンノがいる!」
マモルが突然興奮して席を立つと、窓に突進した。
「おい、危ないぞ」
言いながら、一番危ないのは自分じゃないか、と自虐すると同時に、気まずさ振り払ってくれたマモルに心の中で礼を言う。
おばさんはもう立ち上がってマモルを追っていた。こういう余計な事を言わずに行動に移すところも好きだった。
俺も二人の背中を見ながら鉛のような腰を上げた。
耳がキーンとなって、銀色のキャビンが歪んだ。
俺が、おばさんとマモルを殺した……
覚えてる――長い間忘れたふりをして、いつの間にか頭で作り上げた妄想が本当の過去になっていた。
遅い春の午後。あの日俺が寝込んでいたのは風邪のせいなんかじゃない。『また、殺してしまった』その恐怖に震えていたんだ。
また? そうだ、おばさんとマモルが初めてじゃない。
俺は同じ理由で何度か人を殺している。他に誰を殺したのか、さっぱり思い出せないのに、殺した理由だけは鮮明によみがえる。
――邪魔になったんだ。
急に一人になりたくなって、うっとうしくなって殺した。
いつも俺の話を静かに聞いてくれたおばさんも、あんなに懐いてくれた可愛いマモルも。
「……オゼくん」
おばさんが薄暗い青の照明の中、起き上がって、俺に一歩、近寄った。
「ごめんなさい――俺があなたを……」
言葉が続かない。怖くて、悲しくて、後ずさりすることすら出来ない。
「大丈夫、恨んだりしていないから」
おばさんの声と同時に、ベッドからマモルが飛び降りた。
そして、そのまま電柱みたく突っ立っている俺にしがみつくと言った。
「兄ちゃん、一緒に鳥を掴まえよう」
立ったまま強く頷くと、背後から声がした。
「ああ、こんなに早く知ってしまったんだね」
ローヌが俺に負けないくらい悲しい顔で、硬い廊下に立っていた。
「本当は、最後まで隠しておきたかったのに」
こいつはいつから知っていたんだろう。隠しておきたかったって、どういう感情からだ?
「さあ、三人とも食事にしよう」
ローヌの声だけが、冷たい船の中にピアノのように響いた。
どうやってカフェテリアまで歩けたのか、自分でも不思議だ。
ローヌに背中を押されるがまま、ここに来た。椅子に座っても尻の感覚すらなく、ただ、麻痺していた。
「君、いつまで黙っているの? カオリさんもマモルくんも困っているよ」
そう言われても顔を上げられない。大好きな人を殺して、それを忘れて、死人として蘇ったその人と食卓を囲む。なんて経験、他の誰がしたことがあるっていうんだ――。
「結構いるよ、君みたいな人」
嘘だろ……。今更こいつが俺の心を読んだことに驚いたわけではない。
俺みたいな人、結構いるのか……。そのことに驚愕していた。
「意外かい? 僕はとても長く旅をしてきたから、そりゃあ死人も殺人者も何度も船に乗せた。そして故郷が同じ者の乗る船で、殺した側と殺された側が一緒になる事は良くあるんだ」
「そうなのか?」
足元の鏡のような床を眺めながら出た声は、自分でも呆れるほど掠れていた。
そう言えば、俺はまだ二人に謝っていないんだ。勇気を振り絞って顔を上げなくては。
「本当にごめん、邪魔だなんて思って――」
声を震わせる俺に、おばさんが昔のままの笑顔で答えた。
「もう、とっくに許してるよ。もっと生きていたかったけど」
「僕も、兄ちゃんともっと一緒にいたかったな」
二人の言葉に、思わずテーブルに肘をついて、両手で顔を覆った。
俺に殺されたのに、まだそんな事を言ってくれるのか?
「さ、これで仲直りだね」
ローヌが勝手にまとめて立ち上がる。
「おい、どこに行くんだよ」
独りにしないでくれ。厳密にいうとおばさんとマモルと三人にしないで欲しい。これは昔の悪戯がばれたとかの話ではない。なにせ、殺しているんだぞ、俺は。
「食事を運ぶんだよ。僕だってお腹が空いた」
気持ちが読めるくせに、嫌がらせか。そう言って、すっとキッチンの方へ向かってしまった。
――どうしよう。
「お外にノンノがいる!」
マモルが突然興奮して席を立つと、窓に突進した。
「おい、危ないぞ」
言いながら、一番危ないのは自分じゃないか、と自虐すると同時に、気まずさ振り払ってくれたマモルに心の中で礼を言う。
おばさんはもう立ち上がってマモルを追っていた。こういう余計な事を言わずに行動に移すところも好きだった。
俺も二人の背中を見ながら鉛のような腰を上げた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる