鳥に追われる

白木

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第三章 神様のいない海

死んでもそばにいる

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オゼ


 耳がキーンとなって、銀色のキャビンが歪んだ。

 俺が、おばさんとマモルを殺した……

 覚えてる――長い間忘れたふりをして、いつの間にか頭で作り上げた妄想が本当の過去になっていた。

 遅い春の午後。あの日俺が寝込んでいたのは風邪のせいなんかじゃない。『また、殺してしまった』その恐怖に震えていたんだ。

 また? そうだ、おばさんとマモルが初めてじゃない。

 俺は同じ理由で何度か人を殺している。他に誰を殺したのか、さっぱり思い出せないのに、殺した理由だけは鮮明によみがえる。

 ――邪魔になったんだ。

 急に一人になりたくなって、うっとうしくなって殺した。

 いつも俺の話を静かに聞いてくれたおばさんも、あんなに懐いてくれた可愛いマモルも。

「……オゼくん」

 おばさんが薄暗い青の照明の中、起き上がって、俺に一歩、近寄った。

「ごめんなさい――俺があなたを……」

 言葉が続かない。怖くて、悲しくて、後ずさりすることすら出来ない。

「大丈夫、恨んだりしていないから」

 おばさんの声と同時に、ベッドからマモルが飛び降りた。

 そして、そのまま電柱みたく突っ立っている俺にしがみつくと言った。

「兄ちゃん、一緒に鳥を掴まえよう」

 立ったまま強く頷くと、背後から声がした。

「ああ、こんなに早く知ってしまったんだね」

 ローヌが俺に負けないくらい悲しい顔で、硬い廊下に立っていた。

「本当は、最後まで隠しておきたかったのに」

 こいつはいつから知っていたんだろう。隠しておきたかったって、どういう感情からだ?

「さあ、三人とも食事にしよう」

 ローヌの声だけが、冷たい船の中にピアノのように響いた。


 どうやってカフェテリアまで歩けたのか、自分でも不思議だ。

 ローヌに背中を押されるがまま、ここに来た。椅子に座っても尻の感覚すらなく、ただ、麻痺していた。

「君、いつまで黙っているの? カオリさんもマモルくんも困っているよ」

 そう言われても顔を上げられない。大好きな人を殺して、それを忘れて、死人として蘇ったその人と食卓を囲む。なんて経験、他の誰がしたことがあるっていうんだ――。

「結構いるよ、君みたいな人」

 嘘だろ……。今更こいつが俺の心を読んだことに驚いたわけではない。

 俺みたいな人、結構いるのか……。そのことに驚愕していた。

「意外かい? 僕はとても長く旅をしてきたから、そりゃあ死人も殺人者も何度も船に乗せた。そして故郷が同じ者の乗る船で、殺した側と殺された側が一緒になる事は良くあるんだ」

「そうなのか?」

 足元の鏡のような床を眺めながら出た声は、自分でも呆れるほど掠れていた。

 そう言えば、俺はまだ二人に謝っていないんだ。勇気を振り絞って顔を上げなくては。

「本当にごめん、邪魔だなんて思って――」

 声を震わせる俺に、おばさんが昔のままの笑顔で答えた。

「もう、とっくに許してるよ。もっと生きていたかったけど」

「僕も、兄ちゃんともっと一緒にいたかったな」

 二人の言葉に、思わずテーブルに肘をついて、両手で顔を覆った。

 俺に殺されたのに、まだそんな事を言ってくれるのか?
「さ、これで仲直りだね」

 ローヌが勝手にまとめて立ち上がる。

「おい、どこに行くんだよ」

 独りにしないでくれ。厳密にいうとおばさんとマモルと三人にしないで欲しい。これは昔の悪戯がばれたとかの話ではない。なにせ、殺しているんだぞ、俺は。

「食事を運ぶんだよ。僕だってお腹が空いた」

 気持ちが読めるくせに、嫌がらせか。そう言って、すっとキッチンの方へ向かってしまった。

 ――どうしよう。

「お外にノンノがいる!」

 マモルが突然興奮して席を立つと、窓に突進した。

「おい、危ないぞ」

 言いながら、一番危ないのは自分じゃないか、と自虐すると同時に、気まずさ振り払ってくれたマモルに心の中で礼を言う。

 おばさんはもう立ち上がってマモルを追っていた。こういう余計な事を言わずに行動に移すところも好きだった。

 俺も二人の背中を見ながら鉛のような腰を上げた。

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