49 / 94
第三章 神様のいない海
殺人者の船
しおりを挟む
オゼ
闇にぼんやり浮かぶ隣の船の、温もりあるクリーム色の船体を眺めていた。
あいつら、疲れているのに眠ることも出来ずにいるんだ――。
無理やりでも連れてくれば良かった。オオミに強引に部屋から押し出され、性懲りもなく目の前で閉じられたドアを再び叩こうとした所を、ローヌに呼び止められたんだ。
「そっとしておいてあげなよ。オオミくんは君よりアオチくんに近いから、離れ離れになるかも知れないなんて聞いてショックなんだ。お互い頭を冷やした方が良い。君は僕の船においで」
そう言われて、肩を落としてローヌと一緒にこっちの船に来た。
途中、自分の船で眠ると死んでしまう、とローヌから聞かされ、血の気が引いてアオチを起こしに引き返しかけたが、入れ違いに無言ちゃんが伝えに行った、と聞いてどうにか動揺を収めた。
俺なりに、アオチと別れなければならないことが悲しかった。
なのに、オオミは俺がそれを決めたように責める目をして、俺を拒絶した。それにも心を抉らせていて、ローヌの船に来たは良いが全く眠れなかった。
ラウンジで、ソファに疲れた身体と騒々しい頭を抱えて座り込んでいると、何の装飾もない銀色のドアが開き、ローヌが現れた。
「大丈夫かい? 君は傷ついている時もあまり顔に出ないから心配だよ」
そう言いながら、俺の隣に腰を下ろした。妙に密着してくるので、座り直すふりをして少し離れた。
「――俺は、悲しそうには見えないのかな」
心の声が漏れてしまう。
「僕にはとても悲しく見えるよ。だから、あの三人の中で君が一番好きだ。選ぶかどうかは別として」
「……ところで、無言ちゃんとウルウは向こうに置いてきたままで良かったのか」
何と答えて良いのか解らず話題を変えた。
「無言ちゃんはオオミくんと気が合いそうだし、ウルウはアオチくんに懐いているだろう。だから、一緒に居させてあげたい。僕の願いはあの子たちが幸せであることだよ」
そう言って、やっぱり俺たちとは違う人種の神秘的な目で笑った。
「そうか。どうせ船同士はつながっていて、はぐれることもないんだから、俺が心配し過ぎなのかもな」
「そうだよ、きっとみんな最後には君が一番辛いと理解してくれる。そうだ、お腹空いただろう? 僕、食事を作ったんだ。カフェテリアにおいでよ」
確かに腹は減っていたが、ちょっと考えた。こいつの出す料理ってどんなだろう。
この船に足を踏み入れてからしばらく経つが、この無機質な雰囲気に全然慣れない。気温が数度下がるような気持ちになる、感情のない船だ。機能以外の役目を放棄している。銀と白と少しの金しかない世界だ。せめてもう一つ色が欲しい。俺の好きな青とか。
「ねえ、君、僕の料理がまずそうだとか考えているの」
「いや、まずいとまでは。味気無さそうだとは思うけど、見た目も味も」
「君は正直だねえ」
苦笑いするローヌに思わず尋ねる。
「この船はお前の心の中を現しているのか?」
「え……?」
ローヌのきれいな目に困惑の色が浮かんだ。
「だとしたら、お前も孤独でかわいそうだな」
痛々しくて、それだけ言って目を逸らした。
「……僕のこと、そうやって言ってくれる人はいなかったから……何だか動揺しちゃったよ。君は本当に優しいね」
そう言って更にすり寄って来るのを手で制して、立ち上がる。
「おばさんとマモルは同じ部屋で寝てるんだったな」
正直、おばさんとマモルは俺についてこなくても、向こうの船で寝たって安全だった。死人に船のルールは適用されないらしい。
現に、マモルだって俺の目の前で昼寝をしていたけれど、手からナイフが突き出してくる、何て事はなかった。
「そうだね。君に言わせれば、独房みたいなキャビンで休んでいるよ」
自虐気味にローヌが言う。正直二人が俺について来てくれた時は嬉しかった。二人ともアオチと残ると言い出すかと思っていたから。
「俺、ちょっと二人の様子を見てくるよ。起きていたら夕食に誘ってみる」
二人もきっと腹が空く頃だろう。
「うん。僕は先に食堂に行って待ってるね。実は一人で夜を過ごすことになるんじゃないかと思っていたから、君たちが来てくれて本当に嬉しいんだ」
眠っていたら、そのままそっと閉めようと思い、音を立てずにドアを開いた。
「兄ちゃん……?」
青い間接照明の中、マモルがベッドの上に座り込んでいるのが見えた。今、起きた、と顔に書いてある。
「――俺の好きな青、ここにあったんだ――」
「オゼくん?」
マモルの後ろでおばさんが起き上がる。
「あ、起こしちゃったかな? ごめん」
「大丈夫、もう起きるところだった。何だかずっと昔の夢を見てた。オゼくんが中学生の頃の」
急に照れくさくなって、ドアに向き直る。
「ローヌが夕飯を用意してくれてる。二人も一緒に行こう」
「――オゼくんは覚えてないの?」
後ろからおばさんの声が追いかけてきた。
「え?」
ドアを開きかけたまま、振り返る。
「本当に忘れてしまったの? あなたが私たちを殺したことを」
闇にぼんやり浮かぶ隣の船の、温もりあるクリーム色の船体を眺めていた。
あいつら、疲れているのに眠ることも出来ずにいるんだ――。
無理やりでも連れてくれば良かった。オオミに強引に部屋から押し出され、性懲りもなく目の前で閉じられたドアを再び叩こうとした所を、ローヌに呼び止められたんだ。
「そっとしておいてあげなよ。オオミくんは君よりアオチくんに近いから、離れ離れになるかも知れないなんて聞いてショックなんだ。お互い頭を冷やした方が良い。君は僕の船においで」
そう言われて、肩を落としてローヌと一緒にこっちの船に来た。
途中、自分の船で眠ると死んでしまう、とローヌから聞かされ、血の気が引いてアオチを起こしに引き返しかけたが、入れ違いに無言ちゃんが伝えに行った、と聞いてどうにか動揺を収めた。
俺なりに、アオチと別れなければならないことが悲しかった。
なのに、オオミは俺がそれを決めたように責める目をして、俺を拒絶した。それにも心を抉らせていて、ローヌの船に来たは良いが全く眠れなかった。
ラウンジで、ソファに疲れた身体と騒々しい頭を抱えて座り込んでいると、何の装飾もない銀色のドアが開き、ローヌが現れた。
「大丈夫かい? 君は傷ついている時もあまり顔に出ないから心配だよ」
そう言いながら、俺の隣に腰を下ろした。妙に密着してくるので、座り直すふりをして少し離れた。
「――俺は、悲しそうには見えないのかな」
心の声が漏れてしまう。
「僕にはとても悲しく見えるよ。だから、あの三人の中で君が一番好きだ。選ぶかどうかは別として」
「……ところで、無言ちゃんとウルウは向こうに置いてきたままで良かったのか」
何と答えて良いのか解らず話題を変えた。
「無言ちゃんはオオミくんと気が合いそうだし、ウルウはアオチくんに懐いているだろう。だから、一緒に居させてあげたい。僕の願いはあの子たちが幸せであることだよ」
そう言って、やっぱり俺たちとは違う人種の神秘的な目で笑った。
「そうか。どうせ船同士はつながっていて、はぐれることもないんだから、俺が心配し過ぎなのかもな」
「そうだよ、きっとみんな最後には君が一番辛いと理解してくれる。そうだ、お腹空いただろう? 僕、食事を作ったんだ。カフェテリアにおいでよ」
確かに腹は減っていたが、ちょっと考えた。こいつの出す料理ってどんなだろう。
この船に足を踏み入れてからしばらく経つが、この無機質な雰囲気に全然慣れない。気温が数度下がるような気持ちになる、感情のない船だ。機能以外の役目を放棄している。銀と白と少しの金しかない世界だ。せめてもう一つ色が欲しい。俺の好きな青とか。
「ねえ、君、僕の料理がまずそうだとか考えているの」
「いや、まずいとまでは。味気無さそうだとは思うけど、見た目も味も」
「君は正直だねえ」
苦笑いするローヌに思わず尋ねる。
「この船はお前の心の中を現しているのか?」
「え……?」
ローヌのきれいな目に困惑の色が浮かんだ。
「だとしたら、お前も孤独でかわいそうだな」
痛々しくて、それだけ言って目を逸らした。
「……僕のこと、そうやって言ってくれる人はいなかったから……何だか動揺しちゃったよ。君は本当に優しいね」
そう言って更にすり寄って来るのを手で制して、立ち上がる。
「おばさんとマモルは同じ部屋で寝てるんだったな」
正直、おばさんとマモルは俺についてこなくても、向こうの船で寝たって安全だった。死人に船のルールは適用されないらしい。
現に、マモルだって俺の目の前で昼寝をしていたけれど、手からナイフが突き出してくる、何て事はなかった。
「そうだね。君に言わせれば、独房みたいなキャビンで休んでいるよ」
自虐気味にローヌが言う。正直二人が俺について来てくれた時は嬉しかった。二人ともアオチと残ると言い出すかと思っていたから。
「俺、ちょっと二人の様子を見てくるよ。起きていたら夕食に誘ってみる」
二人もきっと腹が空く頃だろう。
「うん。僕は先に食堂に行って待ってるね。実は一人で夜を過ごすことになるんじゃないかと思っていたから、君たちが来てくれて本当に嬉しいんだ」
眠っていたら、そのままそっと閉めようと思い、音を立てずにドアを開いた。
「兄ちゃん……?」
青い間接照明の中、マモルがベッドの上に座り込んでいるのが見えた。今、起きた、と顔に書いてある。
「――俺の好きな青、ここにあったんだ――」
「オゼくん?」
マモルの後ろでおばさんが起き上がる。
「あ、起こしちゃったかな? ごめん」
「大丈夫、もう起きるところだった。何だかずっと昔の夢を見てた。オゼくんが中学生の頃の」
急に照れくさくなって、ドアに向き直る。
「ローヌが夕飯を用意してくれてる。二人も一緒に行こう」
「――オゼくんは覚えてないの?」
後ろからおばさんの声が追いかけてきた。
「え?」
ドアを開きかけたまま、振り返る。
「本当に忘れてしまったの? あなたが私たちを殺したことを」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
終焉列島:ゾンビに沈む国
ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。
最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。
会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
25階の残響(レゾナンス)
空木 輝斗
ミステリー
夜の研究都市にそびえる高層塔《アークライン・タワー》。
25年前の事故以来、存在しないはずの“25階”の噂が流れていた。
篠原悠は、亡き父が関わった最終プロジェクト《TIME-LAB 25》の真実を確かめるため、友人の高梨誠と共に塔へと向かう。
だが、エレベーターのパネルには存在しない“25”のボタンが光り、世界は静かに瞬きをする。
彼らが辿り着いたのは、時間が反転する無人の廊下――
そして、その中心に眠る「α-Layer Project」。
やがて目を覚ますのは、25年前に失われた研究者たちの記録、そして彼ら自身の過去。
父が遺した装置《RECON-25》が再起動し、“観測者”としての悠の時間が動き出す。
過去・現在・未来・虚数・零点――
五つの時間層を越えて、失われた“記録”が再び共鳴を始める。
「――25階の扉は、あと四つ。
次に見るのは、“未来”の残響だ。」
記録と記憶が交錯する、時間SFサスペンス。
誰もたどり着けなかった“25階”で、世界の因果が音を立てて共鳴する――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる