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第三章 神様のいない海
回収人の世界
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ローヌ
あれはいつかの世界の最終日の朝だ。
これから来る混沌を前に、透き通る青の世界に僕たちは居た。甲板で次の世界への移動を待っていた時、やけに騒々しい船が隣に止まり、船内で火があがっているのが見えた。
そして心臓を片手に持つその人と目が合った。それが、始まりだった。
文字通り、僕はそこから始まった。それ以前の記憶は消し飛んだ。消えたと言うより、どうでも良くなってしまった。
その人、と言うのは、もちろん君たちの回収人のことだ。
「――あなた、何してるんですか」
やっとの思いで声を出した。
なんて綺麗な人なんだろう。手に持った心臓は自分の物だろうか? あんな美しい赤は、後にも先に見たことがない。
甲板の真ん中で、その回収人は僕のことなど目に入らないように下を向いたままだ。
「大丈夫ですか? 今、助けに――いや、どうしよう行けない」
僕が船にいない間に、次の世界への移動が始まったらまずい。
せっかくここまで連れて来た僕の乗客が、この世界で潰されてしまう。僕たち回収人は船の意識だ。次の世界に向かう荒波の中で、意志をもたない船の乗客は簡単に海に投げ落とされてしまう。
右往左往している僕に向けた、心臓を持つ回収人の目に「バカか」と書いてあってショックを受ける。こんな綺麗な人に一瞬にして嫌われてしまった。
オドオドと火を噴く船を見ていると、その船内から激しく息を切らした人間が現れた。自分の目が信じられず、何度か瞬きをする。あれ? 二人いないか? いや、どう見ても二人いる。
あの回収人、ルールを知らない訳じゃないよな。
これ以上余計な事を言って、怒られたくないけど、目が離せない。こんなギリギリの時間まで、乗客が一人に絞り切れていない船を、見たことがない。
「ちょっと……」
飛び出して来たのは中年の男女だったが、その内の女の方が海に飛び込もうとしている。
僕が驚いたのは女が飛び込もうとしたからじゃない。何なら、良かった、やっと一人に決めてくれたのか、と胸をなでおろしたくらいだ。
びっくりしたのは、回収人が海に飛び込もうとした女の腕をつかんで止めたからだ。
そして、あろうことか手に持っていた自分の心臓を女に食わせたのだ。
僕たちの心臓について、少し説明が必要だと思う。僕たちのは君たちのものと違って、分裂させることが出来る。更に大きさも自在に変えられる。回収人が心臓を片手に平気だったのも、女が難なく食べることが可能だったのもそのせいだ。
口から回収人の血を垂らして心臓を呑み込んだ女の姿は、何だか妙に妖艶だった。
茫然としていた男もその場に駆け寄る。
美しい回収人が、二人を抱き寄せている。その口元が小さく「大丈夫だ」と動くのを見た時、猛烈な嫉妬が心の奥から湧き上がってきた。自分でも止められない初めての体験で、大いに戸惑った。
僕もあの場所に立って、回収人に「大丈夫だ」と言われたい。いや、僕『も』じゃない、僕『が』だ、もっと正直に言えば、僕『だけ』だ。
抑えきれない思いに、隣の船に飛び移りかけた、丁度その時だった。
海の底から、最後の雷の音がした。
記憶の中で初めての舌打ちをして、船内に戻る。
間もなく海から巨木が空に向かって伸びる。
君たちの目に雷は、空から降る光の刃のように見えているかも知れないけれど、最期の時にその正体を知ることになる。
君たちが雷だと思っているものは、海から空に向かって伸びる光の巨木に姿を変えるんだ。
君たちも数時間後に体験することになるから、詳細は省くけれど、あの木に乗り遅れてはいけない。
船も雷鳴に呼応して形状を変化させ始めていた。
急がなきゃ。名残惜しくて、回収人の横顔をもう一度だけ、と見つめた時、彼が振り返り、目が合った。
ああ、しっかり覚えておかないと。この心臓の色、匂い。
僕は絶対、またあなたを見つけます。そう誓った。
*
「それが、一番話しておきたかったことなのか? それで今回も俺たちの船にぶつかってきたのか」
オゼくんがちょっと困った顔をしている。
「あ、うん……。でもぶつかったのは事故だよ。本当はこっそり梯子をかけようとしていたんだ。それが、うっかり船を近づけすぎて、彼にはバレて叱られるし、もう終わりかと思ったよ。それから乗客が眠るのを止めなかったことも責められてしまった。君の――向こうの船にとどまったオオミくんが梯子をかけてくれて本当に良かった」
まだオゼくんだけは呑みこめていない表情だ。カオリさんとマモルくんは理解してくれている様子なのに。
オゼくんはどこまで思い出しているんだろう。慎重にならないといけない。
「とにかく、ずっと彼を追いかけていて、今回初めて彼の船とつながれたんだよ。もう彼は僕から逃げられない。次の世界も、その次の世界も、永遠に離れられないんだ」
……オゼくんの顔に「気持ち悪い」と太字で書いてある。
何でだろう。僕の中の最も鮮やかで美しい感情を、そんな目で見られて悲しい。
「いや、何か、ごめん……」
「謝らないでよ。何だか惨めになる。彼にとっては迷惑なんだろうか。彼は強くて一人でも平気だから。だったら僕は近くで見ているだけにする」
オゼくんが笑った。こんな風に笑えたのかと、感動するくらい自然に。
「一人で平気なやつなんていないよ」
「内心嬉しいと思います」
カオリさんも微笑んで言ってくれた。
「おじちゃん、元気出して」
マモルくんのおじちゃん扱いはやっぱりちょっと傷つくけど。
さあ、準備は整った。これからはオゼくんの協力が必要だ。
「それで、君に相談があるんだ――」
あれはいつかの世界の最終日の朝だ。
これから来る混沌を前に、透き通る青の世界に僕たちは居た。甲板で次の世界への移動を待っていた時、やけに騒々しい船が隣に止まり、船内で火があがっているのが見えた。
そして心臓を片手に持つその人と目が合った。それが、始まりだった。
文字通り、僕はそこから始まった。それ以前の記憶は消し飛んだ。消えたと言うより、どうでも良くなってしまった。
その人、と言うのは、もちろん君たちの回収人のことだ。
「――あなた、何してるんですか」
やっとの思いで声を出した。
なんて綺麗な人なんだろう。手に持った心臓は自分の物だろうか? あんな美しい赤は、後にも先に見たことがない。
甲板の真ん中で、その回収人は僕のことなど目に入らないように下を向いたままだ。
「大丈夫ですか? 今、助けに――いや、どうしよう行けない」
僕が船にいない間に、次の世界への移動が始まったらまずい。
せっかくここまで連れて来た僕の乗客が、この世界で潰されてしまう。僕たち回収人は船の意識だ。次の世界に向かう荒波の中で、意志をもたない船の乗客は簡単に海に投げ落とされてしまう。
右往左往している僕に向けた、心臓を持つ回収人の目に「バカか」と書いてあってショックを受ける。こんな綺麗な人に一瞬にして嫌われてしまった。
オドオドと火を噴く船を見ていると、その船内から激しく息を切らした人間が現れた。自分の目が信じられず、何度か瞬きをする。あれ? 二人いないか? いや、どう見ても二人いる。
あの回収人、ルールを知らない訳じゃないよな。
これ以上余計な事を言って、怒られたくないけど、目が離せない。こんなギリギリの時間まで、乗客が一人に絞り切れていない船を、見たことがない。
「ちょっと……」
飛び出して来たのは中年の男女だったが、その内の女の方が海に飛び込もうとしている。
僕が驚いたのは女が飛び込もうとしたからじゃない。何なら、良かった、やっと一人に決めてくれたのか、と胸をなでおろしたくらいだ。
びっくりしたのは、回収人が海に飛び込もうとした女の腕をつかんで止めたからだ。
そして、あろうことか手に持っていた自分の心臓を女に食わせたのだ。
僕たちの心臓について、少し説明が必要だと思う。僕たちのは君たちのものと違って、分裂させることが出来る。更に大きさも自在に変えられる。回収人が心臓を片手に平気だったのも、女が難なく食べることが可能だったのもそのせいだ。
口から回収人の血を垂らして心臓を呑み込んだ女の姿は、何だか妙に妖艶だった。
茫然としていた男もその場に駆け寄る。
美しい回収人が、二人を抱き寄せている。その口元が小さく「大丈夫だ」と動くのを見た時、猛烈な嫉妬が心の奥から湧き上がってきた。自分でも止められない初めての体験で、大いに戸惑った。
僕もあの場所に立って、回収人に「大丈夫だ」と言われたい。いや、僕『も』じゃない、僕『が』だ、もっと正直に言えば、僕『だけ』だ。
抑えきれない思いに、隣の船に飛び移りかけた、丁度その時だった。
海の底から、最後の雷の音がした。
記憶の中で初めての舌打ちをして、船内に戻る。
間もなく海から巨木が空に向かって伸びる。
君たちの目に雷は、空から降る光の刃のように見えているかも知れないけれど、最期の時にその正体を知ることになる。
君たちが雷だと思っているものは、海から空に向かって伸びる光の巨木に姿を変えるんだ。
君たちも数時間後に体験することになるから、詳細は省くけれど、あの木に乗り遅れてはいけない。
船も雷鳴に呼応して形状を変化させ始めていた。
急がなきゃ。名残惜しくて、回収人の横顔をもう一度だけ、と見つめた時、彼が振り返り、目が合った。
ああ、しっかり覚えておかないと。この心臓の色、匂い。
僕は絶対、またあなたを見つけます。そう誓った。
*
「それが、一番話しておきたかったことなのか? それで今回も俺たちの船にぶつかってきたのか」
オゼくんがちょっと困った顔をしている。
「あ、うん……。でもぶつかったのは事故だよ。本当はこっそり梯子をかけようとしていたんだ。それが、うっかり船を近づけすぎて、彼にはバレて叱られるし、もう終わりかと思ったよ。それから乗客が眠るのを止めなかったことも責められてしまった。君の――向こうの船にとどまったオオミくんが梯子をかけてくれて本当に良かった」
まだオゼくんだけは呑みこめていない表情だ。カオリさんとマモルくんは理解してくれている様子なのに。
オゼくんはどこまで思い出しているんだろう。慎重にならないといけない。
「とにかく、ずっと彼を追いかけていて、今回初めて彼の船とつながれたんだよ。もう彼は僕から逃げられない。次の世界も、その次の世界も、永遠に離れられないんだ」
……オゼくんの顔に「気持ち悪い」と太字で書いてある。
何でだろう。僕の中の最も鮮やかで美しい感情を、そんな目で見られて悲しい。
「いや、何か、ごめん……」
「謝らないでよ。何だか惨めになる。彼にとっては迷惑なんだろうか。彼は強くて一人でも平気だから。だったら僕は近くで見ているだけにする」
オゼくんが笑った。こんな風に笑えたのかと、感動するくらい自然に。
「一人で平気なやつなんていないよ」
「内心嬉しいと思います」
カオリさんも微笑んで言ってくれた。
「おじちゃん、元気出して」
マモルくんのおじちゃん扱いはやっぱりちょっと傷つくけど。
さあ、準備は整った。これからはオゼくんの協力が必要だ。
「それで、君に相談があるんだ――」
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