鳥に追われる

白木

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第三章 神様のいない海

ローヌの計画

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回収人


「回収人さんを助けるためって、どういう意味ですか」

 眼鏡が椅子に座り直して、俺を見た。眼鏡に天井の照明が当たって反射している。

「お前、良く磨いてるんだな、指紋一つない」

「眼鏡の話は後にしてください」

 眼鏡とは言っていないのに、良く分かったな。

「慌てるなよ、どうせ話そうと思っていた。言っておくが、いつもはもっと整然としているんだぞ。今回はお前たちが妙に鳥に気に入られていることと、ローヌが邪魔をしたせいでこんなことになってる」

 指先でカップの縁をなぞりながら溜息をついた。自分でもかなり絡まれやすいタイプだと思う。

「あいつ、お前のストーカーみたいだもんな」

「なんだ、それ? でも確かに怖えな」

 アオチの言うことは良くわからないが、首を絞められたり、海に放り込まれたりしても笑顔で俺にふっついて来る、あのローヌのモチベーションは正直、恐怖だ。どうしたら嫌いになってもらえるのか。

「あいつに直接聞いたわけじゃないから、俺の想像も混じるが――」

 そう前置きし、ローヌがオゼを連れ去った理由を話すことにした。


 あいつに最初に会った時のことはお前たちにも知っておいて欲しい。いや、あいつの事は重要じゃない。その時の状況だ。

 俺はその朝、二人の乗客を乗せて、ある世界の最終日を迎えていた。

 海に無数に浮かぶ他の船は、ここ以外、乗客は一人しか乗っていないはずだ。

 もちろん俺は、二人とも次の世界に連れて行くつもりだ。

 また監視鳥に叱責されるのだろうな、と思った。そんな事は慣れているから良いとして――問題はさっき拾った男だ。

 拾ったというか、海で溺れていたのを見過ごすことが出来ず、船に乗せてやった。

 その時、俺の乗客は中年の男女だったが、溺れていた男はまだ若く、船に上げてやった俺に子どものような笑顔を見せ、礼を言った。

 間違えて海に落ちたのか聞いた。こいつの船の回収人は何をやってるんだ。監視鳥には俺なんかより、こういういい加減な仕事をするやつらに注意をして欲しい。

 ところが男は聞いてもいないのに「自分から飛び降りたんだ」と笑った。自分が死んで、一緒に乗っていた友人を助けるためだと言った。

 それなのに、海に飛び込んだら急に死ぬのが怖くなった。自分の船にはもう戻れない。泳ぎは得意だったから、とにかく右も左もわからず泳いで、最初に行き当たったのが俺の船らしい。

 他の回収人なら無視をしたかも知れない。それが正解だ。

 とにかく、その時の俺は、この男も助けてやれる、と思いあがっていた。監視鳥が空の上で大きく旋回し、「やめておけ」と鳴く声もただの嫌がらせにしか聞こえなった。

 俺の乗客もその男のことを喜んで受け入れた。たまにいるだろ? 直ぐに人の心を開かせてしまう笑顔を作るやつが。溺れていた男がまさにそれだった。

 ほんの二、三時間だったよ。あいつが俺たちと一緒にいたのは。

 そろそろ海の底から雷が降り注ぐ。

 心臓を食わせてやらなくちゃ――。

 今回は思いがけず二つ取り出さないとな。乗客の女の方と、あの若い男に一つずつ……。

 そうして心臓を吐き出そうとした時、爆発音がした。

 何だ? 直ぐに食堂の方だとわかった。

 ――若い男が食堂で燃えていた。生きている。生きたまま、あの人懐っこい顔が赤黒く焼けただれて、床に滴り落ちていく。それでも意識がしっかりあることがわかる。何か言おうとしている。何だ? 

 未だにあいつが何を言ったのかわからないんだ。俺を責める言葉か? 後悔の言葉か? 嘆きだろうか? 今でも夢に見る。

 とにかく、お前たちが知っておかなくちゃいけないのは、最後の雷鳴がなる前に、自分の船に居ろということだ。

 生きたまま心臓が、燃える。意識を保ったまま。

 それなら、黙ってこの世界に置き去りにされて、苦しみもなく潰された方がましだろ。

 その後、もともと生きる力の弱かった女の方が海に飛び込みかけたんだ。焼死した男みたいな未遂ではなく、本気で死ぬためにな。

 自分も間違ってここに残されたら、ああなると思ったんだろ。

 だから、急いで心臓を食わせた。あまり怖がるから、次の世界の扉をくぐり抜けるまで、ずっと乗客二人の肩を抱いていた。

 その時、隣にぴったり船をつけてきたのがローヌだ。

 こっちの船の様子を見て、今助けに行くとか、行かないとか、大声で叫んでいて、とにかくうるさかった。

 チラリと目が合ったけど、なんだかがギラギラしていて怖かったので、見なかったことにして逸らした。

 あれから何度世界を移動しても、ローヌは俺の船を見つけて近寄ってくる。


 一息ついて、カップの中身を飲み干した。

「それって……オゼもこっちに戻って来なければ、その……燃えてしまうんだよな。苦しみながら」

 アオチの声が怯えと正義感で震えている。

「何度も言うが、今、向こうの船に乗り込もうなんて考えるなよ。ローヌがオゼを連れて行ったのは俺に対する脅迫だ。生きる力の強いオゼは、このままだと必ず次の世界に行くだろう。でも俺が今、分け与えられる心臓は一人分だ。俺が眼鏡とアオチ、どちらかを選ぶことと、オゼを返すことを交換条件にするつもりだろう。ややこしいがわかるか?」

 言葉を発さないアオチの代わりに眼鏡が答えた。

「僕らのうち一人があなたから心臓をもらえず死んで、向こうの船にいるオゼさんも死ぬ、つまり二人死ぬか、こちらの船にいれば自動的に生き残れるオゼさんと、あなたから心臓をもらって生き残る一人、つまり二人生き残るか、どちらかを選べとあなたに迫っているということですね」

「違うよ」

 得意気に言った眼鏡には悪いが訂正させてもらった。

「なんでそんな面倒臭いことをするんだ。あいつは知っているんだよ。俺がお前ら二人に心臓を渡してしまうことを。だからオゼに残酷に死んで欲しくないなら――生きたまま心臓が燃える苦しみを与えたくないなら、二人のうち一人を選べと脅しているんだ」

「いやいや、だって、次の世界に行くときには船に回収人が生きて乗っていることがルールなんだろ? お前、二人分の心臓はないって言ったじゃないか」

 駄目だ、こいつらが暑苦しくて喉が渇いてきた。思わず席を立つ。

「回収人が生きて乗っていなければならない理由は、船の意志だからだ。行先を知っているのは何度も世界の扉を通ってきた回収人だちだ。行先も知らないお前らだけでは確実に荒波にのまれて、海に叩き落とされる。でも都合良く、今この船はがっちりと繋がれているだろ。意志を持ったもう一つの船に。だから俺が生きてようが死んでいようが関係ない。ところで喉が渇いたんだ、神様の水を汲んでくる。お前たちに心臓を与える前に死ぬわけにいかないからな」

 立ち上がった眼鏡が俺の服の袖をつかんだ。そのまま、何も言わず下を向く。おいおい勘弁してくれ。本当に喉がカラカラだ。

「……僕は嫌です。僕たちが死ぬのも、あなたが死ぬのも。そんなルールと戦いましょう。何か方法はあるはずだ」

 あったらとっくにやってるよ、と言いかけたが反論されてまた長くなったら困る。

「そうだな」

 全然思っていないことを口にして背を向けた俺に、眼鏡がおずおず言った。

「それで……『神様』って何ですか?」

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