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第四章 守護鳥の夢
守護鳥
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アオチ
「これで最後なんだろう? 神様の罠は」
正直少しほっとしながら、食堂に神様の水を取りに走った。
「ほら、飲めよ。何だか知らないけど、盾みたいなものを手から出したりして疲れただろ?」
回収人の使っていた鈍く銀色に光るカップを手渡した。
「気が利くな、アオチ。お前の父さんにでも母さんにでもなってやるぞ」
「本当か? じゃあ今から父さんって呼ぶ……」
ローヌが殺気立った目で小刻みに震えていた。まずい、悪ふざけをしていたら、さっき三角を切った剣で朝になる前に殺される。
「冗談だよ、お前も飲むか? 回収人たちのエナジードリンクなんだろ? この神様の血とやらは」
「僕は飲めないよ。彼と違って神様のお気に入りではないから、血なんて飲ませてもらえない。ねえ、炭酸水なんて置いてある? 僕、あれがいい」
拗ねるローヌに、冷蔵庫からスパークリングウォーターのボトルを投げてやる。
回収人の中でもそんな差別があるんだな。やっぱり俺は神様が嫌いだ。
俺たちの回収人に憧れて、心を砕いて必死に努力をしても、本人にも神様にも理解されない。同じ水を飲むことすら叶わない。
努力が報われない自分の人生と重なって、泣きそうになる。
「お前、恰好良かったよ」
何とかそれだけ伝えて、横を向いた。
全員で戻ってきた食堂の時計はもう深夜二時を指すところだった。
俺に残された時間はあとわずかだ。オゼとオオミはきっと大丈夫だ。もし神様が俺たちを選別することを諦めなかったら、オゼとオオミに次の世界を譲ろう、そう決めていた。
でも、ぎりぎりまでそんな態度を見せてはだめだ。
オオミの気持ちが揺れてしまう。最後の瞬間まで、三人で新しい世界に行こうと言い続けなければ。
「ありがとう。君は三人の中で一番優しいね。それで――神様の罠が今回で最後かって聞いたよね?」
炭酸水とは思えない勢いで、一気にボトルを半分にしたローヌが言った。
「もうすぐ、神様の使いが来る。二時に着くと言っていたから、あと五分もすれば現れるよ」
「神様と違ってずいぶん時間に正確だな。もう少しじゃないか。緊張してきた。――ちょっと待っててくれ」
俺と真逆にそれぞれ緊張感から解放された顔で、椅子にだらっと座っているみんなの好奇の目を背中に感じながら、食堂を出た。
一番近い手洗い場に入る。鏡が目的だ。
俺のエトピリカが来るんだ。あの格好良い鳥の姿でなのか、赤いワンピースの女の人の姿なのか、どっちにしろ、今度こそ間近で会える。
雪山で無様に滑り落ちて震えていたあの頃より成長したと思われたい。
顔に変な物が付いていないか素早く確認した。続けて手に水を少し付け、髪を整える。そしてジャケットを脱ぎ、埃を払い、パンツにシャツをしまい直す。
――それにしてもこのスーツ、さっきから濡れても濡れても数分で乾くし、アイロンをかけたようにシワ一つない。形状記憶の極みだ。
他のみんなの服もそうだ。ウルウのTシャツの絵だって少しも滲まない。
無言ちゃんの服の血が取れなかった方が例外なんだ。
きっと血だけはいくら洗っても取れない。
ものの二分でみんなの所へ戻る。良かったエトピリカはまだ来ていない。
「アオチさん、マモルくんが『お兄さんカッコいい』って言ってます」
オオミが業務報告みたく淡々と言った。きっとオゼに気を遣っているんだろう。
「ありがとう、俺のエトピリカもそう思ってくれるかな」
どこにいるかわからないマモルくんに笑顔を向けた。
「アオチ……肩」
オゼが声をこわばらせて言った。やっぱり、マモルくんが俺のことを褒めると気に障るのか。肩に何かついていると、細かい事を指摘して完璧じゃないと言いたいんだな。
仕方ないやつだ。やれやれ、と言った表情をオゼに見せたまま、肩に手をまわした。
――あれ? むにっとした。肩に何かいる。
こんなに怖々自分の肩に視線を向けたことはない。
「え……」
言葉を失う。そこには俺のエトピリカがいた。
いやいや、待て待て。肩に乗るサイズじゃなかっただろ。
エトピリカの赤く縁どられた目がこっちを向いた。真っ黒な瞳と視線が合う。
このままでは朝まで動けない――。そう思った時、ローヌが緊張の糸を一息に切るような声を上げた。
「かわいい小鳥さんだあ」
こいつ……。言うならマモルくんの台詞だろ。
「来てくれてありがとう」
ローヌを完全に無視して回収人が立ち上がる。
鳥が俺の肩から回収人の肩へと移った。一切音を立てずに。
回収人の肩に落ち着いたエトピリカが少し大きくなっている。
場所に合わせて大きさを変えているのか。
ぴょんと肩の上で横に飛んで、回収人の耳元にくちばしを寄せている。耳たぶに触れそうなところで、小さく首を動かす。
回収人も鳥の頭に顔が触れそうなところで静かに唇を動かし答えている。
――なんだよ、いやらしいな。
俺だけじゃない、きっとみんな悶々としているはずだ。
そう思って周囲を見て、ローヌが目に入った途端やばいと思った。かわいい小鳥さんを今にも焼き鳥にして食いそうな目で見ている。怖えよ。
「鳥の姿のままで良いですか」
性別も年齢も不確かなのに、驚くほど透き通った声が響いた。
初めて聞く、俺のエトピリカの声。どんな闇の中でも希望を与えてくれる透明なのに強い声だ。そして身体を俺の方に向けたまま言った。
「あなたは、立派になりました」
嬉しい。一番言って欲しかった言葉を、一番言って欲しい人が言ってくれた。
「ありがとう」
俺も負けじと二十年近く言いたかった事を、本人に――鳥の姿だけど、やっと伝えた。どうしてあの時、俺のことを救ってくれたんだろう。聞きたいけれど、どういう訳か緊張で口籠ってしまう。
「どうしてアオチさんのことを助けてくれたんですか?」
全然口籠らずオオミが聞いた。
「――本当に聞きたいのですか?」
意外なことに一瞬ためらったのはエトピリカの方だった。
「もちろんです」
オオミは目も言葉も真っ直ぐだ。おいおい、俺本人が置いてけぼりだ。
「――少し、わたしのことを話しても良いですか? そうすればあなた達の疑問も少しは晴れるでしょう」
回収人が鳥を肩に乗せたまま、静かに座り、俺たちもそれに従った。
「わたしの役割から説明しましょう――」
「これで最後なんだろう? 神様の罠は」
正直少しほっとしながら、食堂に神様の水を取りに走った。
「ほら、飲めよ。何だか知らないけど、盾みたいなものを手から出したりして疲れただろ?」
回収人の使っていた鈍く銀色に光るカップを手渡した。
「気が利くな、アオチ。お前の父さんにでも母さんにでもなってやるぞ」
「本当か? じゃあ今から父さんって呼ぶ……」
ローヌが殺気立った目で小刻みに震えていた。まずい、悪ふざけをしていたら、さっき三角を切った剣で朝になる前に殺される。
「冗談だよ、お前も飲むか? 回収人たちのエナジードリンクなんだろ? この神様の血とやらは」
「僕は飲めないよ。彼と違って神様のお気に入りではないから、血なんて飲ませてもらえない。ねえ、炭酸水なんて置いてある? 僕、あれがいい」
拗ねるローヌに、冷蔵庫からスパークリングウォーターのボトルを投げてやる。
回収人の中でもそんな差別があるんだな。やっぱり俺は神様が嫌いだ。
俺たちの回収人に憧れて、心を砕いて必死に努力をしても、本人にも神様にも理解されない。同じ水を飲むことすら叶わない。
努力が報われない自分の人生と重なって、泣きそうになる。
「お前、恰好良かったよ」
何とかそれだけ伝えて、横を向いた。
全員で戻ってきた食堂の時計はもう深夜二時を指すところだった。
俺に残された時間はあとわずかだ。オゼとオオミはきっと大丈夫だ。もし神様が俺たちを選別することを諦めなかったら、オゼとオオミに次の世界を譲ろう、そう決めていた。
でも、ぎりぎりまでそんな態度を見せてはだめだ。
オオミの気持ちが揺れてしまう。最後の瞬間まで、三人で新しい世界に行こうと言い続けなければ。
「ありがとう。君は三人の中で一番優しいね。それで――神様の罠が今回で最後かって聞いたよね?」
炭酸水とは思えない勢いで、一気にボトルを半分にしたローヌが言った。
「もうすぐ、神様の使いが来る。二時に着くと言っていたから、あと五分もすれば現れるよ」
「神様と違ってずいぶん時間に正確だな。もう少しじゃないか。緊張してきた。――ちょっと待っててくれ」
俺と真逆にそれぞれ緊張感から解放された顔で、椅子にだらっと座っているみんなの好奇の目を背中に感じながら、食堂を出た。
一番近い手洗い場に入る。鏡が目的だ。
俺のエトピリカが来るんだ。あの格好良い鳥の姿でなのか、赤いワンピースの女の人の姿なのか、どっちにしろ、今度こそ間近で会える。
雪山で無様に滑り落ちて震えていたあの頃より成長したと思われたい。
顔に変な物が付いていないか素早く確認した。続けて手に水を少し付け、髪を整える。そしてジャケットを脱ぎ、埃を払い、パンツにシャツをしまい直す。
――それにしてもこのスーツ、さっきから濡れても濡れても数分で乾くし、アイロンをかけたようにシワ一つない。形状記憶の極みだ。
他のみんなの服もそうだ。ウルウのTシャツの絵だって少しも滲まない。
無言ちゃんの服の血が取れなかった方が例外なんだ。
きっと血だけはいくら洗っても取れない。
ものの二分でみんなの所へ戻る。良かったエトピリカはまだ来ていない。
「アオチさん、マモルくんが『お兄さんカッコいい』って言ってます」
オオミが業務報告みたく淡々と言った。きっとオゼに気を遣っているんだろう。
「ありがとう、俺のエトピリカもそう思ってくれるかな」
どこにいるかわからないマモルくんに笑顔を向けた。
「アオチ……肩」
オゼが声をこわばらせて言った。やっぱり、マモルくんが俺のことを褒めると気に障るのか。肩に何かついていると、細かい事を指摘して完璧じゃないと言いたいんだな。
仕方ないやつだ。やれやれ、と言った表情をオゼに見せたまま、肩に手をまわした。
――あれ? むにっとした。肩に何かいる。
こんなに怖々自分の肩に視線を向けたことはない。
「え……」
言葉を失う。そこには俺のエトピリカがいた。
いやいや、待て待て。肩に乗るサイズじゃなかっただろ。
エトピリカの赤く縁どられた目がこっちを向いた。真っ黒な瞳と視線が合う。
このままでは朝まで動けない――。そう思った時、ローヌが緊張の糸を一息に切るような声を上げた。
「かわいい小鳥さんだあ」
こいつ……。言うならマモルくんの台詞だろ。
「来てくれてありがとう」
ローヌを完全に無視して回収人が立ち上がる。
鳥が俺の肩から回収人の肩へと移った。一切音を立てずに。
回収人の肩に落ち着いたエトピリカが少し大きくなっている。
場所に合わせて大きさを変えているのか。
ぴょんと肩の上で横に飛んで、回収人の耳元にくちばしを寄せている。耳たぶに触れそうなところで、小さく首を動かす。
回収人も鳥の頭に顔が触れそうなところで静かに唇を動かし答えている。
――なんだよ、いやらしいな。
俺だけじゃない、きっとみんな悶々としているはずだ。
そう思って周囲を見て、ローヌが目に入った途端やばいと思った。かわいい小鳥さんを今にも焼き鳥にして食いそうな目で見ている。怖えよ。
「鳥の姿のままで良いですか」
性別も年齢も不確かなのに、驚くほど透き通った声が響いた。
初めて聞く、俺のエトピリカの声。どんな闇の中でも希望を与えてくれる透明なのに強い声だ。そして身体を俺の方に向けたまま言った。
「あなたは、立派になりました」
嬉しい。一番言って欲しかった言葉を、一番言って欲しい人が言ってくれた。
「ありがとう」
俺も負けじと二十年近く言いたかった事を、本人に――鳥の姿だけど、やっと伝えた。どうしてあの時、俺のことを救ってくれたんだろう。聞きたいけれど、どういう訳か緊張で口籠ってしまう。
「どうしてアオチさんのことを助けてくれたんですか?」
全然口籠らずオオミが聞いた。
「――本当に聞きたいのですか?」
意外なことに一瞬ためらったのはエトピリカの方だった。
「もちろんです」
オオミは目も言葉も真っ直ぐだ。おいおい、俺本人が置いてけぼりだ。
「――少し、わたしのことを話しても良いですか? そうすればあなた達の疑問も少しは晴れるでしょう」
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