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おさとうよんさじ
3.
しおりを挟む遼雅さんは箸やスプーンなど、食事の道具の使い方が丁寧だと思う。
見ているほうがうっとりしてしまうような優雅な運びは、何度かぼうっと見つめてしまっていた。
三か月経って、ようやくすこし慣れてきた気がするけれど、どこまでもすてきな人であることには変わりがない。
とくに好き嫌いもない。
いつも完食してくれるような人だ。たまに何でもないのにケーキを買ってきてくれたり、有名なお菓子をプレゼントしてくれたりする。
人を愛することに余念のない人だ。
「今日もおいしかった。ごちそうさまでした」
「はい。良かったです」
「柚葉さんは料理も得意で、家事もできて、お仕事も頑張っていて、自慢のつまですね」
「ええ? 全然そんなことはないですよ」
むしろ逆だ。
遼雅さんのほうが、自慢の夫と言ってもじゅうぶん過ぎて、おつりが来てしまうような男性だ。
目が合って、柔らかに笑われてしまう。
実際には、私のことを自慢するような相手はいない。私たちは契約結婚だから、そういう関係ではないし、遼雅さんは、ただ人をあまやかしたいだけだ。
もう一度勘違いしないように頭の中で考え直してから息を吐いた。
「いつもありがとう」
金剛石のような複雑なきらめきを湛えた瞳がひかる。
まるでこの世の至宝みたいだ。私だけに見せつけるなんて、もったいないとすら思う。
「おおげさですよ」
「あはは。困らせたね、ごめん。あんまりおいしから、伝えたくなってしまった」
困ったような顔をしている。愛おしくて仕方がないのだと全力で表現されているから、どうにも上手な答えが見つけられないでいる。
どう考えても、好きにならない方法が見つけられない。あまい瞳のうつくしさで、声が喉元に絡まってしまった。
私を好きになってくれているとは思えないけれど、それとは正反対に、遼雅さんに惹きつけられる引力に逆らうこともできずに、ふらふらと吸い寄せられてしまっている。
目を見て、微笑まれる。ただその瞬間に惹きつけられて、あっけなく好きに落とされる。
恐ろしい予感で、苦笑してしまった。
「遼雅さんのつぎの結婚の、条件ですね」
「うん?」
「良い人がいれば、いいんですけど……」
わざと会話をそらして、椅子から立ち上がった。これ以上聞いていられる自信がない。
勘違いしてしまいそうで、どうにか感情をやり込めようと必死になっていた。
「ごちそうさまでした。私が片付けるので、遼雅さんはお風呂に入ってください」
表情に出ないというのは、こういうときに便利だと思う。あまりにも不自然な話題変更だったから、不審に思われていても無理はない。
内心ではひどく落ち着かない気分で、体だけがしっかりと動いていた。
ダイニングテーブルに置かれたプレートを一枚ずつ重ねて、声をかけられる前にキッチンへと引っ込んでしまった。
家庭に逃げ場なんてない。
声に出したことの全てが事実なのに、今更言わなければよかったと思いなおして、プレートを丁寧にシンクに置いた。
なんだか別れたいと言っているみたいになってしまった。スポンジに洗剤をつけて、丁寧に洗っていく。
割ってしまわないように、丁寧に、きれいに、とずっと頭の中で考え続けて、息が止まってしまった。
「……ゆずは」
やさしい熱が、背中に触れている。
ぴくりと上ずった肩を諫めるように腕を回されて、指先が固まってしまった。
やさしい匂いがする。
思わず振り返って抱き着きたくなってしまうような香りで、胸がしびれてくる。
「ゆずは」
二度呼ばれて、声を返す暇もなく右肩に熱が落ちた。
こんなにもあつくるしいのに、どうして近づいてきていることに気づかなかったのだろうか。慰めるような唇に、眩暈を起こしそうになってしまった。
「りょう、がさん?」
「ん、」
鼻から抜けるようなあまい声で、やさしく誘われているような、おかしな気分が胸に響いた。
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