不埒に溺惑

藤川巴/智江千佳子

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STEP 12 「明菜の身体、俺に触られて、どうなってんの」*

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 八城春海は、優しい人だ。

「忘れさせる。何もかも。全部。——俺以外、全部忘れていい」

 残酷だと思ってしまうくらい、優しい。何も言えずにしがみついたら、優しく私を抱きしめていた腕に抱き起されて、バスルームから脱衣所に連れられた。

 移り変わる景色に吃驚して、ただじっとしがみついていれば、優しい仕草で地面に下ろされる。

「やし、」
「名前で、呼んで」
「はる、うみ、さん」
「ん」

 ラックからバスタオルを引っ掴んで取り出した八城が、私の頭に優しくかけてくれる。すこしだけ乱暴に髪の水気を取った八城が私の身体にタオルを巻き付けて、タオルごともう一度私の身体を抱き上げた。

「はるうみさん、身体、拭かなきゃ」
「我慢できねえわ」
「きゃ、」

 慌てているうちに一度も入ったことのない部屋に押し込まれて、柔らかいリネンのうえに転がされた。

「明菜」

 暗い部屋で八城の手が私の肩を押して、身体に乗り上げてくる。薄らと見える八城が、簡単に私の唇を探し当てて、深く口づけてくる。ただ翻弄されているうちに、手を伸ばした八城がベッドサイドランプに光を灯した。

「あ、」

 暗がりに見える八城は、私の上に乗り上げて、まっすぐに私の瞳を見下ろしていた。昼に見る快活で爽やかな瞳ではない。

「明菜」

 私を見つめる八城の瞳は、欲に溺れた男の人みたいなどろどろの熱を孕んでいた。

 お風呂で触れられたものと同じ手なのに、どこまでも熱い指先に熱を移されて、暑さに喘いでいる。

「んん、ぅ、あ、つ……い」
「ん」
「やし、ろさ」
「なまえ」
「んんっ、あっ、」

 全身に触れると言った通り、八城の唇が身体中に触れる。

 爪先から、肩も、お腹も、太ももも、全部に口づけられて、ぐずぐずにとろけてしまう。訳も分からずに縋りついたら、熱を持った八城の手に身体を抱き起された。

「ん、は、る、……、はる」
「ん」
「もう……、ど、したら、いいか」

 何もできずに、ただ熱に溺れている。私が必死に訴えかけている間にも八城は熱心に首筋に口づけて、燃えそうな背中を撫でては、私の身体を後ろから抱き直した。

 今度は丁寧に私の背中の皮膚に口付けて、愛でてくる。

「ん、」
「ずっと見ていてくれればいい」

 私の身体中に八城の熱を覚え込ませてくる。何度も根気強く触れて、八城の唇の温度を刷り込んでいるようだった。

 マーキングと言われていたことをはっきりと思いだした。自覚できる。こんなにも愛されたら、もう、すべてが八城のものだ。

「俺だけ見てればいいよ」

 答えをあまく囁いて、耳元に吸い付いた。丁寧に耳殻をしゃぶる音が聞こえて、身体が震えた。宥めるように下腹部をまるくなぞられて、ますます落ち着かなくなる。

「み、てれば?」

 何も知らないから、教えてくれなければ分からない。泣きたい気分で問い直せば、暗がりで八城が小さく笑った。

「ん、あとは全部俺が好きにする」
「はるうみさんのすきに」
「だから、ただ気持ちよくなってて」

 言葉とともにもう一度シーツの上に倒されて、力もなく寝そべる。

「キスさせて」
「……う、ん」

 上から見おろしてくる八城に囁かれて、ただ、瞼を下した。この熱を、忘れられると思っていた私は、本当に愚かだった。八城の丁寧な指先が、誰にも触れさせたことのない場所を優しくなぞる。わけもわからずに声が出て、ただ、呼ばれるままに八城の瞳を見つめている。

 熱い舌が口内に入り込んでくる。まるで熱を移されているかのようでどうしようもなく落ち着かない。胸がざわめいて仕方がないのに、なぜか身体から力が抜ける。口内から、じわじわと欲望を流し込まれているみたいに、触れる箇所に熱が灯っていく。

 武骨な手がタオルの合わせを乱して、まろいふくらみに触れた。

「ひぁ、」
「ひあ?」

 思わず飛び出た声を真似るように耳元に囁かれて、顔が熱くなる。慌てて口を押えようとしたら、その前に八城の唇に塞がれてしまった。

「ん、ぅ」
「明菜の声、全部聞きたい」

 たっぷりと色気を孕んだ声に囁かれて、身体が震えた。私の反応を見おろした八城が「だから、隠すの禁止な」と言って、耳殻を舐めしゃぶる。聞いたことのない音に聴覚を犯されて、あられもない声が飛び出る。

「あ、んんっ、みみ……っ」
「耳? やっぱ明菜、耳弱いだろ」
「よわ、……っ、う、」

 舐めたり甘噛みしたりしながら声を囁き入れてくる。熱に翻弄されて、頭の中がぼうっと霞んだ。ただ、八城だけが側にいることしかわからない。身体を覆っていたタオルはシーツと私の背中の間に挟まっているだけで、すでに私の身体を隠す役割を放棄していた。上から見おろす八城が、ふにふにと感触を確かめるように触れていた胸の頂に、いたずらに爪先を擦らせてくる。

「っ、あ」
「はは、うん?」

 引っ掻かれる微かな感覚を身体が拾い上げてくる。固く立ち上がった蕾を親指と人差し指の腹で嬲った八城が、もう一度私の唇から漏れ出た声を聞いて静かに笑った。

「明菜、これ、気持ちいい?」

 頭が壊れてしまいそうなほど、たっぷりと甘く囁かれて、意味も分からずに泣きたくなる。泣き出してしまいそうな私を見おろす八城は、どうしてか楽しそうに笑っていた。

「わかんねえの?」
「わか、……っ、んな、い……っあ」
「じゃあ、どんな感じか、俺に教えてよ」

 どうしようもなく、恥ずかしいことを言わされているような気がする。ぎゅ、と頂を抓られて無意識に膝を擦り合わせる。そのさまを見おろしていた八城が、片手で重なり合った膝を柔らかくなぞった。

「っ、やし、」
「あーきな、名前、呼び方違うだろ」

 咎めるように囁きながら、肌を柔らかくなぞってくる。爪先の僅かな刺激だけでもどかしい熱が体に滞留する。耐えられずに声をあげようとした瞬間にもう一度胸の頂を引っ掻かれて、おかしな声が出た。

「あっ、ふぁ……っ、はる、うみさ」
「ん。膝擦り合わせて、どうしたの」

 八城は私が何を感じているのかまで、すべてを知ろうとしている。すべてを捧げるということの意味を教え込まれているのだ、と気づいて目が回りそうになった。

「あきな」

 ――逃がしてくれない。

「今、明菜の身体、俺に触られて、どうなってんの」

 優しい尋問に、わけもわからず口が開く。

「からだ、が」
「ん」
「……へん、で」

 猛烈に熱い。触れられるたびにおかしな熱が滞留して、とまらない。どんどん膨らんで、どこかに飛んで行ってしまいそうでおかしくなっている。うまくそれを説明できなくて口を噤んだら、うっとりと笑う八城が、私の唇に口づけて言葉の先を促してくる。

「変で?」
「……たくさん、さわってくれる、から、あつくて」
「うん」
「からだ、むずむず、して、ます」
「むずむず?」
「おなかのなかが、むずむず、す……っ、ぁっ、んんっ!」

 最後まで言い終える前に唇を塞がれて、呆気なく熱い舌に翻弄される。腹の奥に滞留する熱がますます大きくなって、必死で八城の身体にしがみついた。爪先から頭のてっぺんまで、すべてを作り変えられてしまうような気がする。

「はる、」
「それ、明菜の身体が、俺に触られて発情してんだよ」
「はつじょ……」
「可愛いな」

 可愛いのだろうか。問う前に擦り合わせていた股のあいだに手を入れられて、言葉が消えてしまう。誰にも触れられたことのない場所にそっと触れられて、慌てて八城の腕に触れた。些細な抵抗を見た八城は、また嬉しそうに笑って私の唇に可愛らしく口づける。

「そこ、さわっ、ん、ぁ」
「触んなきゃ、セックスできないだろ」
「う、っあ、……っ、なん、かへん、だから」
「いくらでも変になっていいよ」

 そうじゃない、と言いたいのに、結局八城が蜜口に触れる。触れられたとき、私の呼吸ばかりが広がっていた部屋に、くちゅ、とはしたない水音が響いた。それが自分の身体から出た音だと気づいて、無意識に顔を背ける。

「っ、音、っん、きかない、で」

 くるくると彼の手が入り口をなぞる。その手つきに目を回しながら必死で懇願していた。私の声を聞いた八城は、一瞬目を点にして、何かの衝動を我慢するかのようにゆっくりと息を吐く。

「明菜の全部、ほしいから、音も聞きたい」
「きもちわる、くない、です、か……っあああ!?」

 くるくると陰唇をなぞっていた手が、気まぐれに何かに触れた。電流を流されたような刺激が背筋を伝って、高い声が上がる。訳も分からず鳴いてから、八城の手にいたずらされたのだと気づいた。
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