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第6話 僕って悪役王子っぽい

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 とうとうこの日がきてしまった。ルシャード殿下の成人の儀の日である。
 ディアーク陛下から、ルシャード殿下の王位継承権剥奪の話を聞いて以来、今日まで、結局、王位継承を辞退したいと言い出せなかった。
「あー……ホントどうしよう……」
「ウィルフォード殿下? 悩み事ですか?」
 まずい、口に出てた。ルドルフに聞こえてしまったようだ。
「あ、ううん。なんでもないんだ。それよりほら、はじまるみたい」
 成人の儀を執り行う聖堂に、ディアーク陛下が入ってきて、壇上に立つ。
 そこへ、ルシャード殿下が進み出て跪く。
「「「「「わぁーー!!!!おめでとうございますーーっ!!!!!!」」」」」
 成人の誓いを述べ終わった瞬間、歓声があがった。
 僕を含め、聖堂にいる人々が皆、ルシャード殿下を祝い、盛大な拍手をする。
 前世では、自分の成人式はもちろん、家族の記念日なども、一緒に祝った経験がほとんどないため、なんだかとても感慨深くて、胸が少し熱くなってしまった。
 温かい気持ちでルシャード殿下を見つめていると、彼もこちらを振り向いた。そして目が合うと、優しく微笑んでくれた。
 とても幸せな気持ちになったが、この後城で開かれる披露の宴で起こるであろうことを想像すると、とたんに気が重くなってしまう。
 披露の宴では、成人したルシャード殿下を、臣下や各地の領主が囲んで祝うとともに、国民の前で、成人した王族として、演説を行うのが通常だ。しかし、今日は、彼の王位継承権剥奪の発表を行うのだ。
 ルシャード殿下が王位を継がないとなると、必然的に、僕が王位を継承することが確定してしまう。こんなことになるんだったら、もっと早く王位継承を辞退して、前世の父を探す旅に出るべきだったんだ。後悔先に立たず、である。

 あぁ~だんだん緊張してきた……。喉がカラカラだよ。何か飲むものを――
「これはこれは、ウィルフォード殿下。本日は、謹んで、お慶び申し上げます」
「え? あ、ありがとうございます。あなたは確か……ヴォ――」
「ヴォルフでございます。覚えていていただき、光栄でございます」
 そうだ、ヴォルフさんだった。1か月くらい前に、廊下で会って、挨拶してもらったっけ。
 怒りのルドルフが登場した途端、逃げ――いなくなってしまったけれど、ニッコニコ笑顔の、親切な人だ。
 その証拠に、僕のために、飲み物を持ってきてくれたようだ。
「こちら、よろしけば、お召し上がりになりますか」
 そう言うと、ヴォルフさんは、水の入ったグラスを差し出す。
「ありがとうございます。ちょうど、喉が渇いていたんです」
 お礼を言い、グラスを受け取る。
 そこへ、近くで控えていたルドルフが進み出てきた。
「お待ちください、殿下。お召し上がりになる前に、私が――」
「大丈夫だよ、ルドルフ。それより、ヴォルフさんに失礼だよ」
 ルドルフは、毒見を申し出たのだ。
 確かに、いつもは、何か食べたり、飲んだりするときは、毒見役の人が先に口に入れて確かめた後に、僕も口に入れることになっていた。
 でもなぜか、今日は毒見役の人が近くにいない。
「いえいえ、私のことはお気になさらず。王子というお立場上、毒見をするのは当然のことでございます」
「でも――」
「左様です、殿下。水であれ、何であれ、お口に入れるものは、その前に必ず確かめさせていただきます」
「わかったよ……」
 ヴォルフさんに申し訳ないと思いつつ、ルドルフを怒らせると大変なので、渋々了承する。
「では、失礼いたします」
 ルドルフが、僕の手のグラスを取り、口に含む。
「――――――。問題ないようです」
 ほら、やっぱり大丈夫じゃないか。ルドルフは大袈裟なんだよ。
「殿下? 今何かよろしくないことを考えられましたか?」
 ーーぎくっ!
「そ、そんなこと考えるわけないでしょ! それより、ルドルフありがとう! 僕すごく喉が渇いちゃって。それ、もう飲んでもいいかな?」
「はい、大丈夫でございます」
 ルドルフは時折、僕の心を読んでるんじゃないかって思うくらい鋭いことがある。
 焦って余計に喉が渇いてしまったので、ルドルフから受け取ったグラスを、一気飲みしてしまった。

「ディアーク陛下、ならびにルシャード殿下のお成りーー!!」
 人がひしめく広間に、2人が現れた。大きな歓声や拍手が沸き起こる中、2人は国民が集まる広場を見渡せる大きな窓へ近づいていく。
 僕は、ルシャード殿下の顔を見つめた。彼は、いつものように、穏やかに微笑んでいる。
 いよいよ、窓の扉を開き、国民の前に姿を見せた。室内にいる僕にも、広場からの大きな歓声が伝わってくる。
 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ――――
 心なしか、僕の心臓の音も耳に響いてくる。この後どうなるか心配するあまり、汗まで出てきた。
「皆の衆、今日は良く集まってくれた。今日、第1王子であるルシャードが成人した」
「「「「「わーーっ!おめでとうございますーーっ!!」」」」」
 国民の歓声が凄い。ひとえに、ルシャード殿下の普段の行いの賜物だろう。
 彼の評判は、国民にも知れ渡り、今ではすっかり多くの信頼を得る王子となっていた。
「そして、ここで、皆に、重要な発表を行う。今日、この日より、ルシャードの王位継承権を剥奪し、今後は、隣国のスティール帝国への留学、および、第2皇女との婚約が決定したことを発表する。なお、第2皇女の成人を待ち、ルシャードは、スティール帝国に婿入りすることが決まっている」
 えっ――――
 ディアーク陛下の発表が終わると、今までの歓声が嘘のように、広場も、室内もシンと静まり返った。
 誰もが言葉を失っている。
 僕も、王位のことは聞いていたが、隣国への留学と、婿入りは寝耳に水である。びっくりしすぎて、言葉が出ない。
 ルシャード殿下の気持ちを思うと、心臓がぎゅっと痛くなって、思わず胸を押さえた。
「発表は以上だ」
 陛下は、周囲の様子を気に留める様子もなく、言いたいことを言い終えると、さっさとその場を後にしてしまった。
 残された者たちは皆、何が起きたのか分からず呆然と立ち尽くしていた。
 僕は、とにかく、ルシャード殿下の気持ちを思い、何か声をかけなければと近づいた。
 すると、彼の顔がゆっくりと動き、僕の顔で止まった。
「――っ!!」
 目が合った瞬間、心臓がドクンと跳ねた。
 いつもは優しくキレイな瞳が、僕を見た瞬間に、憎悪へと変わった。
 僕は、その瞬間を見てしまった。
 ルシャード殿下は、理解したのだろう。隣国に婿入りさせるというのは、つまり、人質ということである。
 スティール帝国は、リヒトリーベ王国の北に位置する、広大な土地を持つ帝国だ。その軍事力は他国の追随を許さないほど強大で、万が一、スティール帝国と一線を交えることになれば、この国に大きな被害がでることは自明の理だ。
 そのため、敵対する意思がないことを明確に示すためにも、ルシャード殿下が、人質として、婿入りするのだ。
 しかし、婿入りしたとして、ルシャード殿下の命が保証されるわけではない。むしろ、2国の関係が悪化した場合、真っ先に殺されるのは、彼だろう。
 ルシャード殿下は、この国のために、努力してきた人だ。それなのに、突然、王位継承権を剥奪され、その上、命の保証もない隣国に送られることを、一方的に宣告されたのだ。
 この国で、今まで通り、安全に、何不自由なく暮らしていくであろう僕を憎むのは、当然のことだと思った。僕さえいなければ、彼が王位を継承し、人質になることはなかったのだから。
 それでも僕は、ルシャード殿下のことが好きだった。ちゃんと話したことは1回しかないけれど、なんとなく、彼の雰囲気が好きだった。だから、憎悪に染まった、あんな瞳で睨まれたことが、ショックでたまらなかった。
「ルドルフ、ごめん。僕、体調が悪くて、部屋に戻って休みたい――」
「殿下、大丈夫ですか!?」
 ルシャード殿下の顔を見ていられなくて、自室に戻ろうと足を動かした途端、ぐらりと視界が揺らいだところを、ルドルフに支えられる。
 身体が鉛のように重くて、汗が止まらない。自分の心臓の音がやけに耳に響いて、そして、僕は意識を失った。
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