【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい

御堂あゆこ

文字の大きさ
8 / 39

第7話 炎上したっぽい

しおりを挟む
 雨が降っている。水たまりに映った姿をみると、小学生の僕、一ノ瀬優の顔だった。
 あれ……?もしかして、今までの出来事はすべて、夢だったのかな?
 夢、だったらいいのにと思った。
 父が死んで母や弟と疎遠になり、今度は自分が刺されて死んで、転生した後も、父や兄に疎まれ――そんな人生が、全部夢だったらどんなにいいか。

 ふと、手に持ったノートに気づいた。『夏休みの自由研究』と書かれている。
 そうだ、僕は、自由研究で、動物についての考察をしようと、動物園に来たんだ。そして、僕はこの後何が起こるかを知っている気がする。どうしてだろう……。
 それにしても、雨がやまない。傘を持ってきていなかったから、雨がやむまで雨宿りしていたが、閉園を告げる『蛍の光』が流れている。仕方ない、濡れてしまうが、このまま歩いて家に帰るしかない。
 僕は、動物園を出た。夏なのに、雨に濡れたせいか、とても寒い。
 雨の音で、他の音がかき消され、まるで、この世界に僕一人しか存在していないような錯覚に陥る。
 寒いなぁ……。思わず、自分の身体を抱きしめた。

 本当は、今日は、母と動物園に来る予定だった。2人で出かけることなんて、初めてのことだった。
 僕の1歳下の弟は、産まれたときは未熟児で、今でもとても身体が弱い。すぐに熱を出したりするから、母は弟の傍を離れることができない。たまには、僕も母に甘えたかったが、僕はお兄ちゃんだから、我慢しないといけない。
 でも、いつもお兄ちゃんとして頑張っているご褒美に、今日は、弟を知人に預けて、母が一緒に出かけてくれることになった。嬉しくて嬉しくて、昨日は興奮して、あまり眠れなかった。
 しかし、今朝、弟が熱を出してしまい、母と2人で出かけることはできなくなってしまった。
 いつもだったら我慢できたことでも、喜びが大きかった分、実現できなくなっときの失望も大きくて、このままでは、弟に酷いことを言ってしまうかもしれないと恐れた僕は、母に黙って、1人で動物園に来たのだった。
 動物園で、ゾウのスケッチをしたり、サル山を眺めたりして、ひとり過ごしていると、雨が降り始めた。しばらく雨宿りをしていたけれど、閉演時間になってしまったので、仕方なく、歩いて帰ることにした。

 なんだか涙が出そうになって、俯いていた顔を上げると、道路の向こうで、僕の傘を手に持った父が、血相を変えて立っているのを見つけた。
 父も僕に気づいたらしく、大声で叫んでいる。
「優! 心配したんだぞ! そこで待ってろ。今そっちに行くからな!」
 肩で息をしている父を見て、仕事を早く切り上げて、急いで僕を迎えに来てくれたことが分かった。 
 父の顔を見た途端、我慢していた涙が溢れた。
 父は、僕が困ったとき、いつも一番に助けに来てくれるヒーローだった。
 早く父に抱きしめてもらいたくて、待ってろと言われたにも関わらず、道路を渡ろうと飛び出したそのとき、父が再び叫んだ。 
「危ないっ!」

 僕は一瞬気を失った。
 早く目を開けなければいけない。でも目を開けるのが怖い。ダメだ、早く目を覚まさないと。怖い――早く――――
 重い瞼を恐る恐る開くと、目の前に父が倒れていた。
「――――っ!!!!!」
 見てはいけない――いや、僕は見なければいけない――――僕は――――――
 思わず、ぎゅっと閉じてしまった目を再び開くと、父の姿は消えていて、代わりに、きれいな男の人が、目から血を流して、僕を見つめていた。

***

「……か! ……殿下! 起きてください! ウィルフォード殿下!」
「はっ――――――」
 誰かが呼ぶ声に、意識が覚醒する。まだぼんやりする視界に、誰かの顔が映る。
「しっかりしてください! ウィルフォード殿下、私がわかりますか!?」
 軽く頬を叩かれ、やっと視界がクリアになる。ルドルフだ。
「ルドルフ……? あれ、僕……どうして?」
 まだ頭がぼーっとしていたが、なんとか、自室のベッドに寝ているということは分かった。
 確か、ルシャード殿下の王位継承権剥奪と隣国への婿入りが発表されて、気分が悪くなって、あれ……そこから覚えてないや。
「殿下、しっかりしてください! 今はとにかく城を出ます! 走れますか!?」
「え、城を出るって、なんで――」
「説明している時間はありません! 詳細はすべて後でお話しします! 今はひとまず、一刻も早くここを脱出します!」
 状況は全く理解できていなかったが、ルドルフの様子が尋常じゃないのだけはわかった。ここは、彼の言う通りにすべきだろう。
「げほっ、げほっ……!」
 ルドルフに支えられながら、ふらつく足取りで、何とかベッドから立ち上がると、部屋中、すごい煙であふれていることに気づく。
「え、何これ――」
「火が放たれたのです! 東側はもうダメです! 西側から地下におり、隠し通路で外に出ます! 殿下、走れますか?」
「う、うん…多分――」
 ダメだ、まだふらついて足がもつれる。煙をたくさん吸ってしまったのかもしれない。
「申し訳ございません、今は一刻を争います。ご無礼をお許しください――」
 そういうや否や、ルドルフが僕を抱きかかえた。
「うわぁっ――!」
 急に身体が浮き上がる感覚に、思わずルドルフの首にしがみつく。
「そのまましっかり掴まっていてください。走ります!」
 ルドルフは、僕を抱えたまま部屋を飛び出した。
「え――」
 目の前に広がっていたのは、火の海だった。さっきルドルフが火を放たれたとか言っていたけれど、まさか、城が燃えているのか……?
 信じられない思いで周囲を見回す僕を抱えたまま、ルドルフは走り始める。
16歳とは言え、すっかり身体も成長した男の僕をかかえたまま、こんなに早く走れるなんて、さすがルドルフ。なんて、場違いなことを考えていると、向かいの方からやってきた、数人と遭遇した。
「よかった、皆も早く逃げ――」
 逃げて、と言おうとした瞬間、小さいナイフのようなものが頬をかすめた。
「え――」
 もしかして、僕を狙って投げた……?頬がピリつき、つうっと液体が滴る。血だろうか。
 呆然としている僕を、ルドルフが床に下ろす。
「殿下、ここは私がすべて片づけます。それまでこちらで大人しくしていてください」
「え、ルド――」
 一瞬の出来事だった。
 煙に紛れ、僕たちを襲ってきたと思われる者たちを、ルドルフは、その剣で、一瞬で倒したのだ。強すぎでしょ……。
 再びルドルフに抱きかかえられ、隠し通路を目指す。後ろを振り向くと、黒い服と頭巾をまとった者たちが、床に伸びていた。10人以上はいそうだ。
 国最強とは聞いていたけれど、10体1で一瞬で勝つとか、強いにも程がある。ルドルフが僕の護衛でいてくれて良かったと、心から思った。
 その後、隠し通路にたどり着くまでは、黒づくめの人たちが襲ってくるたびに、ルドルフが一人で倒していった。
 そうして、有事の際に王族が使用できる隠し通路を使い、何とか城を脱出することができたのだった。
 外に出て、追っ手がいないことを確認すると、やっと一息つくことができた。
 通ってきた方角を見ると、城が燃えていた。その炎で、夜なのに、すごく明るい。
 何があったのか、早くルドルフに聞くべきなんだろうけど、怖くてなかなか聞けなかった。
 不安で、身体が勝手に震えてしまい、あともう少しだけ、ルドルフの腕の中にいたいと思った。
 自分からは口を開くことができず、ただじっと燃え盛る炎を見つめていた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。

はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。 2023.04.03 閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m お待たせしています。 お待ちくださると幸いです。 2023.04.15 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m 更新頻度が遅く、申し訳ないです。 今月中には完結できたらと思っています。 2023.04.17 完結しました。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます! すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。

カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。 異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。 ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。 そして、コスプレと思っていた男性は……。

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました

BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。 その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。 そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。 その目的は―――――― 異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話 ※小説家になろうにも掲載中

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

モラトリアムは物書きライフを満喫します。

星坂 蓮夜
BL
本来のゲームでは冒頭で死亡する予定の大賢者✕元39歳コンビニアルバイトの美少年悪役令息 就職に失敗。 アルバイトしながら文字書きしていたら、気づいたら39歳だった。 自他共に認めるデブのキモオタ男の俺が目を覚ますと、鏡には美少年が映っていた。 あ、そういやトラックに跳ねられた気がする。 30年前のドット絵ゲームの固有グラなしのモブ敵、悪役貴族の息子ヴァニタス・アッシュフィールドに転生した俺。 しかし……待てよ。 悪役令息ということは、倒されるまでのモラトリアムの間は貧困とか経済的な問題とか考えずに思う存分文字書きライフを送れるのでは!? ☆ ※この作品は一度中断・削除した作品ですが、再投稿して再び連載を開始します。 ※この作品は小説家になろう、エブリスタ、Fujossyでも公開しています。

聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。 三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。 そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。 BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

処理中です...