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第15話
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「アレはしっかりと入れたかね」
陽の国の整備場に岩松が訪ねていた。
「……岩松管理長、正気ですか?」
整備士の一人である、中年の男性は泥だらけの作業着を着たまま、整備場にやってきた岩松と話す。それは整備場のユニフォームと言ってもいい。藍色の作業服で左胸には陽の国の国旗が刺繍されている。
「貴方はーー」
整備士は信じられないと言うような目で岩松を見るが、それを気にする様子も見せない。
「下らないことは気にせんでも良い。君は私のいう通りにすれば良いのだ」
「ーーっ。はい、分かりました」
岩松に歯向かう事もできずに大人しく、その指令を聞き入れた。
「生きたいなどと、そんなものは兵士には要らぬ感情だ」
走り去っていく整備士の背中を、岩松は目で追った。全て、思い通りに動けば良い。そうでなければ都合が悪い。
冷徹で冷血で冷淡で。温度のない、氷のような男だ。
優しさなど捨てている。勝つためには手段を選ばない。
「子供の感性では殺せるものも殺せまい」
勝手に見切りをつけて、岩松は最善を求める。名誉を、栄光を手にしたいと俗物的に願いながら。
「だから、私が有益な道具にしてやろう」
凛とした表情を浮かべながら、岩松は整備場を後にした。
***
「佐藤……」
佐藤はかけられた声に振り返った。
「ん、ああ、坂平か」
訓練所の屋上。
昼休みのことだ。柵に肘を乗せて、二人の男が並び立つ。
「今日。岩松さん、居ないよな?」
佐藤が今日、感じていた疑問を口にした。
ただ、坂平もその理由を知っている訳ではない。岩松は彼らに何も言うことなく、何処かに行ってしまったのだ。
「みたいだな」
坂平は佐藤の疑問に短く答えた。
「何か用事でもあったんじゃないか?」
その理由を知らないが、坂平は憶測でそう話す。
「そうかもな」
佐藤は納得したように漏らした。そのすぐ後に、彼は坂平に質問を投げかけた。
「どう思う?」
何が。
そう言いたくなるが、佐藤はそのまま続きを言葉にした。
「岩松さんのことだよ」
どこか、不満があるのか佐藤は顔を苦々しげに歪めながら、言葉を吐き出す。
「あの人の決定に、俺には納得できないところがある」
「それは……」
「でも、仕方がねえよな。……悪い、忘れてくれ」
自分にも納得ができないところがあるのだ。坂平は言いたくとも、訴えることができなかった。
臆病風に吹かれたと言うべきか。彼の言葉に同調するはずのセリフは喉の奥に張り付いて剥がれることはない。
「そろそろ戻るか」
佐藤は柵から離れて先に屋上から出て行ってしまう。
その背中を悲しげに、悔しげに、坂平は見送って。屋上から消えたのを見てから、右手に拳を作り、柵を力強く叩いた。
「何もできないんだよ……」
柵が殴られた音が静かな屋上に響き、一層の悔しさを感じさせる。
もう直ぐ戦争が始まる。
三人の兵士たちは最終調整を行い、中栄国との戦争に向かうのだ。
「最終確認だ。山本、飯島、松野」
坂平が三人の名前を呼ぶ。
彼らは静かに坂平に目を向けた。
「お前らは今日、この訓練施設を出る。それに伴い、岩松管理長も俺も佐藤も作戦の為に此処を出る」
坂平は連絡すべきことは全て伝えた、そう言うように一つ息を吐いた。
「……最後に、やっておきたいことはあるか?」
この問いが、坂平の見せた優しさであった。
この日、訓練施設から三人の姿が消えた。
大人と三人の兵士が居なくなった訓練施設のいつもの教室にほぼ全員が集まっていた。
「竹崎」
四島が暗い表情をしていた竹崎に声を掛けた。
「……どうしたの?」
「大丈夫か?」
「あはは、大丈夫だって!」
そう言って、彼女は無理をして笑う。
この教室は陰鬱とした空気が支配していた。
「…………」
間磯は口を噤み、九郎は真剣な表情を浮かべる。
暗い雰囲気に飲まれ、不安が押し寄せる。それは自分のことでは無いのに、彼ら全員に漠然とした恐怖を覚えさせる。
一人の少女が立ち上がった。
本を読んでいた薄紫色の髪の影の薄い少女だった。いつも一人で居る、小さな少女だ。
「…………」
本を片手に、その少女は何も言わずに教室を後にする。
関わるつもりはないと言うような態度だ。
「僕、そろそろ戻るよ」
間磯もそれを皮切りに席を立つ。
それに続くように九郎も教室を出て行く。教室に残ったのは四島と竹崎だけだ。
「大丈夫だよね……」
うん。大丈夫。
そうやって竹崎は自身に言い聞かせる。リーゼは最新の兵器だ。死ぬわけがない。
「竹崎……」
「私も戻るね」
竹崎は不安を押し殺そうとしながら教室を出て行った。
「あ、四島?」
教室の開かれっぱなしの扉の方から阿賀野が姿を見せた。Tシャツ姿で、首の後ろからタオルをかけて、額に滲んだ汗をそのタオルで拭っている姿からトレーニングルームから戻ってきたのだとわかる。
「何だよ、まだ居たのか」
誰もいないであろうと思い、教室に戻ってきたが、予想が外れて阿賀野は驚いていた。
「悪いのか?」
尋ね返せば、阿賀野は大した興味もなさげに「別に」と答える。
「……お前は悩むことがなさそうだな」
四島は少しトゲのある言い方をしたのだが、阿賀野は気にする様子はない。
「悩める程、俺は暇じゃないんだよ」
じゃあな。
阿賀野は教室に置いてあった荷物を持って、出て行った。
それを四島は何も言うことなく見送って、しばらくしてから彼も教室を後にした。
陽の国の整備場に岩松が訪ねていた。
「……岩松管理長、正気ですか?」
整備士の一人である、中年の男性は泥だらけの作業着を着たまま、整備場にやってきた岩松と話す。それは整備場のユニフォームと言ってもいい。藍色の作業服で左胸には陽の国の国旗が刺繍されている。
「貴方はーー」
整備士は信じられないと言うような目で岩松を見るが、それを気にする様子も見せない。
「下らないことは気にせんでも良い。君は私のいう通りにすれば良いのだ」
「ーーっ。はい、分かりました」
岩松に歯向かう事もできずに大人しく、その指令を聞き入れた。
「生きたいなどと、そんなものは兵士には要らぬ感情だ」
走り去っていく整備士の背中を、岩松は目で追った。全て、思い通りに動けば良い。そうでなければ都合が悪い。
冷徹で冷血で冷淡で。温度のない、氷のような男だ。
優しさなど捨てている。勝つためには手段を選ばない。
「子供の感性では殺せるものも殺せまい」
勝手に見切りをつけて、岩松は最善を求める。名誉を、栄光を手にしたいと俗物的に願いながら。
「だから、私が有益な道具にしてやろう」
凛とした表情を浮かべながら、岩松は整備場を後にした。
***
「佐藤……」
佐藤はかけられた声に振り返った。
「ん、ああ、坂平か」
訓練所の屋上。
昼休みのことだ。柵に肘を乗せて、二人の男が並び立つ。
「今日。岩松さん、居ないよな?」
佐藤が今日、感じていた疑問を口にした。
ただ、坂平もその理由を知っている訳ではない。岩松は彼らに何も言うことなく、何処かに行ってしまったのだ。
「みたいだな」
坂平は佐藤の疑問に短く答えた。
「何か用事でもあったんじゃないか?」
その理由を知らないが、坂平は憶測でそう話す。
「そうかもな」
佐藤は納得したように漏らした。そのすぐ後に、彼は坂平に質問を投げかけた。
「どう思う?」
何が。
そう言いたくなるが、佐藤はそのまま続きを言葉にした。
「岩松さんのことだよ」
どこか、不満があるのか佐藤は顔を苦々しげに歪めながら、言葉を吐き出す。
「あの人の決定に、俺には納得できないところがある」
「それは……」
「でも、仕方がねえよな。……悪い、忘れてくれ」
自分にも納得ができないところがあるのだ。坂平は言いたくとも、訴えることができなかった。
臆病風に吹かれたと言うべきか。彼の言葉に同調するはずのセリフは喉の奥に張り付いて剥がれることはない。
「そろそろ戻るか」
佐藤は柵から離れて先に屋上から出て行ってしまう。
その背中を悲しげに、悔しげに、坂平は見送って。屋上から消えたのを見てから、右手に拳を作り、柵を力強く叩いた。
「何もできないんだよ……」
柵が殴られた音が静かな屋上に響き、一層の悔しさを感じさせる。
もう直ぐ戦争が始まる。
三人の兵士たちは最終調整を行い、中栄国との戦争に向かうのだ。
「最終確認だ。山本、飯島、松野」
坂平が三人の名前を呼ぶ。
彼らは静かに坂平に目を向けた。
「お前らは今日、この訓練施設を出る。それに伴い、岩松管理長も俺も佐藤も作戦の為に此処を出る」
坂平は連絡すべきことは全て伝えた、そう言うように一つ息を吐いた。
「……最後に、やっておきたいことはあるか?」
この問いが、坂平の見せた優しさであった。
この日、訓練施設から三人の姿が消えた。
大人と三人の兵士が居なくなった訓練施設のいつもの教室にほぼ全員が集まっていた。
「竹崎」
四島が暗い表情をしていた竹崎に声を掛けた。
「……どうしたの?」
「大丈夫か?」
「あはは、大丈夫だって!」
そう言って、彼女は無理をして笑う。
この教室は陰鬱とした空気が支配していた。
「…………」
間磯は口を噤み、九郎は真剣な表情を浮かべる。
暗い雰囲気に飲まれ、不安が押し寄せる。それは自分のことでは無いのに、彼ら全員に漠然とした恐怖を覚えさせる。
一人の少女が立ち上がった。
本を読んでいた薄紫色の髪の影の薄い少女だった。いつも一人で居る、小さな少女だ。
「…………」
本を片手に、その少女は何も言わずに教室を後にする。
関わるつもりはないと言うような態度だ。
「僕、そろそろ戻るよ」
間磯もそれを皮切りに席を立つ。
それに続くように九郎も教室を出て行く。教室に残ったのは四島と竹崎だけだ。
「大丈夫だよね……」
うん。大丈夫。
そうやって竹崎は自身に言い聞かせる。リーゼは最新の兵器だ。死ぬわけがない。
「竹崎……」
「私も戻るね」
竹崎は不安を押し殺そうとしながら教室を出て行った。
「あ、四島?」
教室の開かれっぱなしの扉の方から阿賀野が姿を見せた。Tシャツ姿で、首の後ろからタオルをかけて、額に滲んだ汗をそのタオルで拭っている姿からトレーニングルームから戻ってきたのだとわかる。
「何だよ、まだ居たのか」
誰もいないであろうと思い、教室に戻ってきたが、予想が外れて阿賀野は驚いていた。
「悪いのか?」
尋ね返せば、阿賀野は大した興味もなさげに「別に」と答える。
「……お前は悩むことがなさそうだな」
四島は少しトゲのある言い方をしたのだが、阿賀野は気にする様子はない。
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阿賀野は教室に置いてあった荷物を持って、出て行った。
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