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第14話
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「嫌いな人間の言葉には従いたくねえもんさ。九郎」
薄暗い部屋で、少しばかり低い声が響く。九郎ともう一人の男の密会の場となっている。
彼の言葉には実体験から来る感情とやらも籠もっているような気がする。
「……お前はきっとアイツに同情してるんだと思うよ。何かしら心当たりはあるんじゃないか」
椅子に座っている彼は、立ったままの九郎に話しかける。
「…………」
「悪い事じゃないと俺は思うけどな。お前はそう思わねえのか?」
「僕は同情なんて……」
「悪い悪い。まあ、俺には詳しくは分からねぇけどよ……。お前は飯島に何か、重ねてるんじゃないのか? そう感じるんだよ」
「……」
尋ねる言葉に答えを示すこともなく九郎は目を下に向けることで目を逸らした。
「まあ、それを責めやしないさ。けど、阿賀野の協力は忘れるなよ」
「貴方の目的はそれでしたね」
納得した様に九郎が言えば、男は薄暗くて顔はよく見えないが笑っている様に九郎には見えたのだ。
「ですが、阿賀野はーー」
特別ではありませんよ。
九郎が否定を述べようとしたが、男はその言葉に被せるように告げた。
まるで言いたい事が分かっていたかのようだった。
「ーー特別さ。少なくとも、俺にとってはな」
「どれほど彼が凄まじく強大な能力を持っていたとしても、世界は変えられません」
まるで意固地になっている子供のような、そんな態度で九郎は発言する。
「ーーアイツはお前の知っている奴らじゃない。俺はそう思うよ」
「……そうですか」
これ以上は無駄だと九郎は判断して、反論をするつもりもないのだろう。
男はわかっている。
「ーーいいか、お前は勇者の仲間だ。アイツがお前の仲間なんじゃない。お前はアイツを支えてやるだけでいい」
だからこそ、勝手に決断を下すなということなのだろう。
「今まで頼られてきたはずのお前には、慣れないことかもしれない。だけど、教えておく。阿賀野武幸という人間は既にお前よりも強い」
だから、今回は、今回の仕事だけでも阿賀野という戦士を最大に使えるようにしろ。男はそう求めている。
九郎の瞳には、男が映り込む。その男は机の上にあるコーヒーカップを手に取り、口元に運んだ。
「……俺の判断は間違っているかもしれない。だが、阿賀野を選んだことは間違いじゃない。そう信じてるんだ」
ただ、それ以外が間違っていたのだとしても。
コーヒーカップの持ち手を持ったまま少しだけ下げて腹の位置に持つと、独り言のように呟いた。
「頼む。九郎」
机にコーヒーを置きながらその方向に体を向けて、両肘をつき両手を組んだ彼は願う。それに対して九郎は返事を返すこともなく、小さく礼をしてから、その部屋の扉まで近づいていく。
「…………」
そして、慎重に扉を開いた。
この密会を知られるわけにはいかない。特に、岩松には。
「お前は、何で立ち直れたんだよ……」
訓練施設の廊下ですれ違い様、飯島は隣を通り過ぎて行く松野に尋ねた。
「答えてくれよっ」
松野は飯島から四メートルほど離れたところで立ち止まり、飯島の方へ振り向いて、どこか悲しげにも見える顔で、保たれた距離のまま話を続ける。
「……友達が出来たんだ」
そんな理由で。
そう言いたげに、顔を上げた飯島は驚いたように目を見開いた。
「別に珍しくも無いよ……。独りで頑張ってきたんだってさ。誰にも頼れなくて」
目を伏せながら、松野は小さく笑う。彼女の顔は憂いを帯びた、悲愴を感じさせるものだった。
「そんなアイツを一人にするわけにはいかないじゃん……」
苦々しげに呟いた。
「今だって嫌だよ。辛いよ。……でもさ、私が死んだらアイツが悲しむんだ。独りになっちゃうんだ。分かるんだよ。独りになった時の辛さが。……それだけで理由は十分だよ」
死なないように必死にならなければならない。
「私が頑張るにはさ」
笑う彼女の姿に、飯島は思わず目を奪われる。
「……そうかよ」
それでも理解はできない。
飯島が想像しても、自身が死んでも誰が悲しんでくれるのか。父親は自分の死を絶対に悲しむことはない。
そうやって思考して。結局、飯島と松野は違う人間であるのだという結論しか出すことができない。
「なあ、飯島」
苦悩する飯島に背後から声が掛けられた。
年老いたような声ではない。
こんな二人に話しかけてくるものはそういない。
「お前に理由はあるのか」
そんな言葉に飯島は振り返った。
そこに立っていたの茶髪のリーゼントの青年。山本だった。
「俺も松野も、どんな形ではあれ立ち向かうための理由を手に入れた。手に入れてしまったんだよ」
流れ出る感情が全てを指し示すのか。
「俺は……」
分からない。
死にたくないというのは本当で、死なせたくないというのも本当。大人の言いなりになりたくないというのも本心だ。
それで沸き立つ怒りを抑えることができそうにもない。
「死にたくないならそれで良いんだよ。でもよ、怒りには飲まれるな」
後悔したような表情を浮かべながら、山本は続きを紡ぐ。
「怒りに、悲しみに、愛おしさに、大きな感情に流されるな」
酷く悲しみに満ちた顔だ。
「俺は……。あの日のことを後悔している」
山本の言う後悔とは何のことなのかは側にいた松野にもわからない。それを知っているのは山本とここに山本を招集したものだけだ。
「……一時の過ちが、その後の全てを決定する。お前には後悔しないで欲しい」
なにせ、山本にとって飯島は仲間なのだから。
「うざったいかも知れない。それでも俺は言い続ける」
彼は、飯島が捕らわれている感情にいい思い出はないからだ。
だから、耳にタコが出来るほど、飯島が怒りに飲まれないためにも聞かせ続ける。
「ーーそんで、死ぬな」
締め括るように山本はそう言って、飯島に近づき、飯島の胸にコンと優しく、右手に作った拳を当てて、笑った。
薄暗い部屋で、少しばかり低い声が響く。九郎ともう一人の男の密会の場となっている。
彼の言葉には実体験から来る感情とやらも籠もっているような気がする。
「……お前はきっとアイツに同情してるんだと思うよ。何かしら心当たりはあるんじゃないか」
椅子に座っている彼は、立ったままの九郎に話しかける。
「…………」
「悪い事じゃないと俺は思うけどな。お前はそう思わねえのか?」
「僕は同情なんて……」
「悪い悪い。まあ、俺には詳しくは分からねぇけどよ……。お前は飯島に何か、重ねてるんじゃないのか? そう感じるんだよ」
「……」
尋ねる言葉に答えを示すこともなく九郎は目を下に向けることで目を逸らした。
「まあ、それを責めやしないさ。けど、阿賀野の協力は忘れるなよ」
「貴方の目的はそれでしたね」
納得した様に九郎が言えば、男は薄暗くて顔はよく見えないが笑っている様に九郎には見えたのだ。
「ですが、阿賀野はーー」
特別ではありませんよ。
九郎が否定を述べようとしたが、男はその言葉に被せるように告げた。
まるで言いたい事が分かっていたかのようだった。
「ーー特別さ。少なくとも、俺にとってはな」
「どれほど彼が凄まじく強大な能力を持っていたとしても、世界は変えられません」
まるで意固地になっている子供のような、そんな態度で九郎は発言する。
「ーーアイツはお前の知っている奴らじゃない。俺はそう思うよ」
「……そうですか」
これ以上は無駄だと九郎は判断して、反論をするつもりもないのだろう。
男はわかっている。
「ーーいいか、お前は勇者の仲間だ。アイツがお前の仲間なんじゃない。お前はアイツを支えてやるだけでいい」
だからこそ、勝手に決断を下すなということなのだろう。
「今まで頼られてきたはずのお前には、慣れないことかもしれない。だけど、教えておく。阿賀野武幸という人間は既にお前よりも強い」
だから、今回は、今回の仕事だけでも阿賀野という戦士を最大に使えるようにしろ。男はそう求めている。
九郎の瞳には、男が映り込む。その男は机の上にあるコーヒーカップを手に取り、口元に運んだ。
「……俺の判断は間違っているかもしれない。だが、阿賀野を選んだことは間違いじゃない。そう信じてるんだ」
ただ、それ以外が間違っていたのだとしても。
コーヒーカップの持ち手を持ったまま少しだけ下げて腹の位置に持つと、独り言のように呟いた。
「頼む。九郎」
机にコーヒーを置きながらその方向に体を向けて、両肘をつき両手を組んだ彼は願う。それに対して九郎は返事を返すこともなく、小さく礼をしてから、その部屋の扉まで近づいていく。
「…………」
そして、慎重に扉を開いた。
この密会を知られるわけにはいかない。特に、岩松には。
「お前は、何で立ち直れたんだよ……」
訓練施設の廊下ですれ違い様、飯島は隣を通り過ぎて行く松野に尋ねた。
「答えてくれよっ」
松野は飯島から四メートルほど離れたところで立ち止まり、飯島の方へ振り向いて、どこか悲しげにも見える顔で、保たれた距離のまま話を続ける。
「……友達が出来たんだ」
そんな理由で。
そう言いたげに、顔を上げた飯島は驚いたように目を見開いた。
「別に珍しくも無いよ……。独りで頑張ってきたんだってさ。誰にも頼れなくて」
目を伏せながら、松野は小さく笑う。彼女の顔は憂いを帯びた、悲愴を感じさせるものだった。
「そんなアイツを一人にするわけにはいかないじゃん……」
苦々しげに呟いた。
「今だって嫌だよ。辛いよ。……でもさ、私が死んだらアイツが悲しむんだ。独りになっちゃうんだ。分かるんだよ。独りになった時の辛さが。……それだけで理由は十分だよ」
死なないように必死にならなければならない。
「私が頑張るにはさ」
笑う彼女の姿に、飯島は思わず目を奪われる。
「……そうかよ」
それでも理解はできない。
飯島が想像しても、自身が死んでも誰が悲しんでくれるのか。父親は自分の死を絶対に悲しむことはない。
そうやって思考して。結局、飯島と松野は違う人間であるのだという結論しか出すことができない。
「なあ、飯島」
苦悩する飯島に背後から声が掛けられた。
年老いたような声ではない。
こんな二人に話しかけてくるものはそういない。
「お前に理由はあるのか」
そんな言葉に飯島は振り返った。
そこに立っていたの茶髪のリーゼントの青年。山本だった。
「俺も松野も、どんな形ではあれ立ち向かうための理由を手に入れた。手に入れてしまったんだよ」
流れ出る感情が全てを指し示すのか。
「俺は……」
分からない。
死にたくないというのは本当で、死なせたくないというのも本当。大人の言いなりになりたくないというのも本心だ。
それで沸き立つ怒りを抑えることができそうにもない。
「死にたくないならそれで良いんだよ。でもよ、怒りには飲まれるな」
後悔したような表情を浮かべながら、山本は続きを紡ぐ。
「怒りに、悲しみに、愛おしさに、大きな感情に流されるな」
酷く悲しみに満ちた顔だ。
「俺は……。あの日のことを後悔している」
山本の言う後悔とは何のことなのかは側にいた松野にもわからない。それを知っているのは山本とここに山本を招集したものだけだ。
「……一時の過ちが、その後の全てを決定する。お前には後悔しないで欲しい」
なにせ、山本にとって飯島は仲間なのだから。
「うざったいかも知れない。それでも俺は言い続ける」
彼は、飯島が捕らわれている感情にいい思い出はないからだ。
だから、耳にタコが出来るほど、飯島が怒りに飲まれないためにも聞かせ続ける。
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締め括るように山本はそう言って、飯島に近づき、飯島の胸にコンと優しく、右手に作った拳を当てて、笑った。
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