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第32話
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「何の用?」
美空に向き合っているのは一人の少年だ。顔立ちの整った灰色と形容するのが近いような男だ。
「まあ、少し取引がしたくてね」
「……九郎。貴方の情報は得られなかった」
「それは今は関係ないだろう?」
九郎は困ったような表情をする。
「僕は君に聞きたいことがあってね」
「それは知られてはいけないこと?」
「こう言う話は、あまり知られたくないだろうね」
彼らは今、人が通らない施設裏にいた。そこは美空がよく蹴る木がある場所だ。だから、どうしたと言う話ではあるが。
現在の時刻は昼過ぎ。
施設の日陰で彼らは話す。
「ーー君、四島がここにいる理由を知ってるだろ?」
「……仮に知っていたとして、どうして教える必要があるの?」
彼女にして見れば、突然話しかけてきて取引を持ちかけてきた相手だか。怪しさだけしか感じないだろう。
「管理長の差し金?」
「そんなわけないだろ。だとしたらもっと効率的に処理するさ」
雇い主が岩松で、もし、彼に殺せと九郎が命じられたら、最速の手段を持って美空を殺害している。だから、それは有り得ない。
それ以外でも同様にこのように態々、話をする必要がない。
「欲しいのは四島の情報?」
「乗ってくれる気になったのかい?」
「……そっちは何を渡してくれるの?」
美空に問われて、九郎は作り笑いを浮かべて答える。
「君の大嫌いなお爺様の歪む顔だ」
彼女には一瞬だけ理解できなかった。
だが、直ぐに彼の出した答えは一つの感情を芽生えさせた。
「ーーあ、ははっ……」
それは喜悦。
今までにない程に喜びを感じていた。
「あっはっはっははははは! 良いよ、その取引に応じる。それが見れる可能性があるのだとしたら」
それは最高に愉快だ。
そう言って彼女は自らの顔に幸せを貼り付けた。
「それじゃあ、聞かせてもらおうか」
そう言って二人は目を合わせる。
「四島雅臣の抱える問題を」
「成る程ね」
話を聞き終えた九郎が呟いた。
「助かったよ」
「どうしてこの情報を求めていたのか教えてほしいんだけど」
疑問だった。
何故、四島の情報を九郎が求めるのか。
「雇い主の目的のためにどうしても必要だったんだよ」
「その雇い主は?」
「それは僕の信用問題に関わるから答えられないね。例え、これが僕の最後の依頼だったとしても」
「そう。なら、取引の報酬、期待して待ってる。もし、叶わなくても文句は付けられない」
既に情報を吐き出してしまった後だ。
「そうだね。まあ、君にとっては何の得もない取引だったような気がするけど」
「お爺様が苦しむなら、それだけで私は嬉しい。なら、この取引に意味はあった」
そう言って美空は施設裏を後にした。たった一人、この場に残された九郎は考える。
「まあ、後はどうなるか……」
九郎の得た情報は間違いなく、四島にとって大切なものだ。この情報を利用して、取引を持ちかける。
とはいえ、これは最終手段だ。まだ、十分に可能性は残されている。
九郎はそう見做した。
「よっ」
日は僅かに西に傾きかけている。
陽の光が差す、トレーニングルームにいた阿賀野は声をかけられて振り返った。
「佐藤さん……。何か用すか?」
ベンチプレスの為に持ち上げていたバーベルを置き、阿賀野が立ち上がる。
「どうだ、ここ最近?」
「どうもこうも、暇で仕方ないっすよ」
トレーニングベンチの上に座り、阿賀野は立ちっぱなしの佐藤に答えた。
「まあ、何だ。コーヒーでも飲むか?」
佐藤は手に持っていた缶コーヒーを見せびらかすように揺らす。
「こうして面を合わせて話すのは久しぶりな気がするな……」
「そうっすね……」
佐藤から缶コーヒーを受け取って、二人は同時にプルタブを開ける。
コーヒーをグビグビと飲んで、一息ついてから、二人はお互いの顔を見る。
「……で、勝算はあるんですか?」
「さてな。俺にはもう分からん」
「佐藤さん。……別に俺はこの国が負けてもどうでも良いんすよ」
興味がない。
そんなこと、佐藤は知っていた。だから、文句を言うつもりもない。それが、阿賀野という男の性質だったから。
自分本意で、阿賀野武幸は生きている。
「知ってる」
佐藤はコーヒーを再び口にする。
「……と言うか、佐藤さんは暇なんすか?」
「ちょっと待て。何でそう思った?」
「だって、佐藤さん。教壇にも立たないし、多分ですけど、指示も出してませんよね?」
「……まあ、何だ。色々あんだよ」
「知ってます」
阿賀野は立ち上がり様に飲み干していた缶コーヒーの入っていたスチール缶を右手で簡単に押し潰す。
「ん? もう行くのか?」
その光景には驚きを覚える事もない。阿賀野ならばスチール缶を握り潰す程度のことは造作もないと、佐藤も認識しているからだ。
「VRトレーニングっすよ」
簡潔に阿賀野が答えれば、佐藤はふと笑い、その背中に声をかける。
「励めよ。お前にはーー」
期待してる。
彼の言葉を最後まで阿賀野は聞いたのか、どうかは分からない。それでも、阿賀野は佐藤の期待に応えるだろう。
「ま、俺も頑張らなきゃな……」
と言っても、佐藤の発言権は強くはない。出来ることなど限られてくるだろう。
佐藤は阿賀野の真似をして空き缶を潰そうとするが、それは少し凹む程度に収まって、阿賀野ほどのことはできそうにもない。
「やっぱ彼奴、怪物だろ」
溜息まじり、阿賀野の去って行った廊下を見ながら呟いた。
「じゃなきゃ、困るけどな……」
笑いながら、佐藤もトレーニングルームを後にする。
佐藤は軍人としてある一定程度の能力は持っているはずだった。ただ、あんなものを見せられては自信を無くしてしまいそうだ。
そもそも、佐藤は初めから阿賀野に勝てるなどと思ってはいないが。
美空に向き合っているのは一人の少年だ。顔立ちの整った灰色と形容するのが近いような男だ。
「まあ、少し取引がしたくてね」
「……九郎。貴方の情報は得られなかった」
「それは今は関係ないだろう?」
九郎は困ったような表情をする。
「僕は君に聞きたいことがあってね」
「それは知られてはいけないこと?」
「こう言う話は、あまり知られたくないだろうね」
彼らは今、人が通らない施設裏にいた。そこは美空がよく蹴る木がある場所だ。だから、どうしたと言う話ではあるが。
現在の時刻は昼過ぎ。
施設の日陰で彼らは話す。
「ーー君、四島がここにいる理由を知ってるだろ?」
「……仮に知っていたとして、どうして教える必要があるの?」
彼女にして見れば、突然話しかけてきて取引を持ちかけてきた相手だか。怪しさだけしか感じないだろう。
「管理長の差し金?」
「そんなわけないだろ。だとしたらもっと効率的に処理するさ」
雇い主が岩松で、もし、彼に殺せと九郎が命じられたら、最速の手段を持って美空を殺害している。だから、それは有り得ない。
それ以外でも同様にこのように態々、話をする必要がない。
「欲しいのは四島の情報?」
「乗ってくれる気になったのかい?」
「……そっちは何を渡してくれるの?」
美空に問われて、九郎は作り笑いを浮かべて答える。
「君の大嫌いなお爺様の歪む顔だ」
彼女には一瞬だけ理解できなかった。
だが、直ぐに彼の出した答えは一つの感情を芽生えさせた。
「ーーあ、ははっ……」
それは喜悦。
今までにない程に喜びを感じていた。
「あっはっはっははははは! 良いよ、その取引に応じる。それが見れる可能性があるのだとしたら」
それは最高に愉快だ。
そう言って彼女は自らの顔に幸せを貼り付けた。
「それじゃあ、聞かせてもらおうか」
そう言って二人は目を合わせる。
「四島雅臣の抱える問題を」
「成る程ね」
話を聞き終えた九郎が呟いた。
「助かったよ」
「どうしてこの情報を求めていたのか教えてほしいんだけど」
疑問だった。
何故、四島の情報を九郎が求めるのか。
「雇い主の目的のためにどうしても必要だったんだよ」
「その雇い主は?」
「それは僕の信用問題に関わるから答えられないね。例え、これが僕の最後の依頼だったとしても」
「そう。なら、取引の報酬、期待して待ってる。もし、叶わなくても文句は付けられない」
既に情報を吐き出してしまった後だ。
「そうだね。まあ、君にとっては何の得もない取引だったような気がするけど」
「お爺様が苦しむなら、それだけで私は嬉しい。なら、この取引に意味はあった」
そう言って美空は施設裏を後にした。たった一人、この場に残された九郎は考える。
「まあ、後はどうなるか……」
九郎の得た情報は間違いなく、四島にとって大切なものだ。この情報を利用して、取引を持ちかける。
とはいえ、これは最終手段だ。まだ、十分に可能性は残されている。
九郎はそう見做した。
「よっ」
日は僅かに西に傾きかけている。
陽の光が差す、トレーニングルームにいた阿賀野は声をかけられて振り返った。
「佐藤さん……。何か用すか?」
ベンチプレスの為に持ち上げていたバーベルを置き、阿賀野が立ち上がる。
「どうだ、ここ最近?」
「どうもこうも、暇で仕方ないっすよ」
トレーニングベンチの上に座り、阿賀野は立ちっぱなしの佐藤に答えた。
「まあ、何だ。コーヒーでも飲むか?」
佐藤は手に持っていた缶コーヒーを見せびらかすように揺らす。
「こうして面を合わせて話すのは久しぶりな気がするな……」
「そうっすね……」
佐藤から缶コーヒーを受け取って、二人は同時にプルタブを開ける。
コーヒーをグビグビと飲んで、一息ついてから、二人はお互いの顔を見る。
「……で、勝算はあるんですか?」
「さてな。俺にはもう分からん」
「佐藤さん。……別に俺はこの国が負けてもどうでも良いんすよ」
興味がない。
そんなこと、佐藤は知っていた。だから、文句を言うつもりもない。それが、阿賀野という男の性質だったから。
自分本意で、阿賀野武幸は生きている。
「知ってる」
佐藤はコーヒーを再び口にする。
「……と言うか、佐藤さんは暇なんすか?」
「ちょっと待て。何でそう思った?」
「だって、佐藤さん。教壇にも立たないし、多分ですけど、指示も出してませんよね?」
「……まあ、何だ。色々あんだよ」
「知ってます」
阿賀野は立ち上がり様に飲み干していた缶コーヒーの入っていたスチール缶を右手で簡単に押し潰す。
「ん? もう行くのか?」
その光景には驚きを覚える事もない。阿賀野ならばスチール缶を握り潰す程度のことは造作もないと、佐藤も認識しているからだ。
「VRトレーニングっすよ」
簡潔に阿賀野が答えれば、佐藤はふと笑い、その背中に声をかける。
「励めよ。お前にはーー」
期待してる。
彼の言葉を最後まで阿賀野は聞いたのか、どうかは分からない。それでも、阿賀野は佐藤の期待に応えるだろう。
「ま、俺も頑張らなきゃな……」
と言っても、佐藤の発言権は強くはない。出来ることなど限られてくるだろう。
佐藤は阿賀野の真似をして空き缶を潰そうとするが、それは少し凹む程度に収まって、阿賀野ほどのことはできそうにもない。
「やっぱ彼奴、怪物だろ」
溜息まじり、阿賀野の去って行った廊下を見ながら呟いた。
「じゃなきゃ、困るけどな……」
笑いながら、佐藤もトレーニングルームを後にする。
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