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第41話
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アスタゴ東部にある基地の、とある一室で金髪青目の青年は椅子に背を預けていた。その手には電源を点けたままの携帯ゲーム機が握られている。
「俺はいつまでこっち守ってたら良いんだろ?」
アスタゴ東部の防衛についたミカエルは暇をしていた。東部にはたった一度の進軍しかなく、それを撃退してからは東部から攻め込むということがなかった。
西部では盛大な戦いがあったらしく、その情報はミカエルの元にまで届いていた。
ルイスとアメリアの死亡。
カルロスの生存。
「ルイスさん、死んだか……」
ただミカエルの悲しみというものは薄かった。
ルイスの強さは認めていた。ルイスという男はミカエルが今まで見てきた中でも、上位に位置する強さだ。
いや、紛れもなくミカエルを除いた場合において最強と言っても差し支えない。
「ねえ、アダムさん。ルイスさんを殺したのは?」
通信機を繋げて連絡を入れる。
ミカエルは、通信を繋げた状態のそれを目の前にあるテーブルの上に戻した。
『グランツ帝国のシャドウだが……』
「それが相手なら少しは楽しめそうかな」
『……ルイスはそのシャドウを死の間際に破壊した。所謂、道連れと言うやつだ』
「へー、なら、もういないんだ」
『そうだな』
「これ、俺の出番もう無いかな」
これ以上の戦争行為に価値はない。
『まだ、分からん』
「そうだね。万に一つでも俺を楽しませてくれるような奴がいることを祈るよ」
『タイタンの調整は?』
「東部基地の人達がやってくれてる。問題はないよ」
『そうか』
「はあ、退屈だなぁ……」
溜息と共にぼやきが漏れる。
折角、この命をかけた世界ならこれまでの退屈をひっくり返す様な何かがあると思ったのに。あの戦闘も、ひりつく様なスリルを味わう事はできなかった。
『戦争に勝ちたくないのか?』
「俺は別にどうでも良いよ」
『お前は、だろうな』
「アダムさんはどうなの?」
『私もあまり、な。ただ、負ければ国はボロボロになる。だから、民衆も勝って欲しいと願うんだ』
戦争は経済だ。
勝利すれば賠償を獲得し、国が潤う。兵器の購入、国民の損失はそのための投資だ。敗北すれば、さらなる損失を伴う。
彼らはそれぞれの立場で戦争が起きたから、必死に尽くすだけだ。
「そう考えたら、勝たなきゃダメか……」
敗戦を喫した場合、アスタゴには賠償責任が付き纏う。経済がままならない状態になっては国民の生活が脅かされることだろう。
どうでもいいというのは彼個人の考えであったが、民衆などの影響も考えれば負けると言う事は宜しくない。
「まあ、勝つよ。俺個人としては、本当に興味はないけどさ」
彼が求めるのは自分と対等に有る敵。つまりはライバルだ。自分と張り合う事のできる存在を求めているだけ。
『……まあ、お前は勝ち続ければいい。そのことだけを考えろ』
勝利こそがアスタゴがミカエルに求めるもの。負けない兵士。最強の兵士であって欲しい。『悪魔』と恐れられたアイザック・エヴァンスの再来となってくれたら、文句など付けられようがない。
「俺に負けなんてあり得ないよ、アダムさん」
結局、最後まで自分は立ち続ける。
倒れた相手を見下ろしている。
自分が斃れる姿を想像できない。どれ程の熱い戦いがあったとしても。その戦いが血を沸騰させる様なものであったとしても、最後にはミカエルが勝利する。
そんなビジョンが彼には見えている。
『ーー流石は最強だな』
皮肉でも何でもない。
感心した様子でアダムは呟いた。
「じゃあね、アダムさん」
ミカエルは右手を伸ばしてテーブルの上から通信機を手に取り、連絡を切った。
カツン、カツンとやけに大きく足音が耳に響く。骨を通じて響くその音に、彼は普段の一歩以上の疲労を覚えていた。
「ああ……」
遠く、遠く、施設は離れていく。
後悔が心に残り続けて、どうにも心残りばかりがあって、それは晴れそうにもない。
黒色のブーツが地面をスローテンポに叩く。振り返れば施設はもう見えない。
「…………」
空を見上げれば青空が広がっている。
まばらに散った雲。日光は彼を照らす。いつも以上の暑さを感じる。
施設から離れ、彼の今立つ場所には建造物が立ち並んでいた。
人は少ないながらも歩いている。
ここにいる四島が逃げてきたことなど、街を歩く誰にもわかるわけがない。
「沙奈……」
止まってしまっていた歩みを進める。
振り返ることは許されない。戻ってはならない。
これは四島が選んだ道だ。
四島自身の手で、四島自身の意思で選択した。
もう過去は変えられない。
結局、自分は臆病者だったのだと思うと、ふと足が止まった。
「大丈夫かい?」
立ち止まり動かずに居ると、細目の老婆から声がかけられた。
白髪の老婆で、年も食っていそうな見た目だ。しかし、着ている服はそれなりに派手にも見えて、若々しくも見える。
「あ、はい」
「そうかい。……今じゃ戦争中だろう? 暗い表情のも多くてね。気が滅入っちまうよ」
明るく話す老婆はどこか苦しげな笑みを浮かべた。彼女の顔は、きっと誰が見ても無理をしていると思えた筈だ。
「ああ、そうだ、最近あの子を見てないね……」
「あの子?」
「ここいらに住んでる、軍人さんの息子だよ。背はデカいんだけどね可愛いの。名前は剛って言ってね……。あんたと同じくらいだよ」
物寂しげな様子で語る老婆。
「厳しい家庭だったからかね。飯島さんの家は昔っから厳しいからねェ。私ぁ、世話焼いてやってたのさ」
過去を懐かしみ、彼女は笑った。
けれど、彼女の思い出話を聞いた四島は大きく心を揺さぶられる。
「最近は顔を見てないけど、優しい子だったの」
横断歩道の手前、建物の陰で交わされた一つの会話。
日の光は一層強く感じる。
「あ……」
「ごめんね。こんなオバさんの話に付き合わせちゃって」
「…………」
何も答えられなかった。
ただ、四島は恐ろしかったのだ。
「大丈夫かい?」
「大丈夫、です」
何とか絞り出す様に答えると、彼女は少しばかり疑う様な視線を投げかけてきたが、これ以上の干渉はするつもりもなかったのだろう。
「こんな苦しい時さね。あんたも色々あるんだろう? でも笑顔は忘れちゃならんよ」
老婆はニコリと笑う。皺の深い笑いだった。作り笑いだった。
そんな言葉から、そんな笑顔から、彼は逃げ出す様に歩き始めていた。
笑えない。
作り笑いすらも浮かべることができない。
歩き出した四島に、老婆の声はもう聞こえなかった。
「俺はいつまでこっち守ってたら良いんだろ?」
アスタゴ東部の防衛についたミカエルは暇をしていた。東部にはたった一度の進軍しかなく、それを撃退してからは東部から攻め込むということがなかった。
西部では盛大な戦いがあったらしく、その情報はミカエルの元にまで届いていた。
ルイスとアメリアの死亡。
カルロスの生存。
「ルイスさん、死んだか……」
ただミカエルの悲しみというものは薄かった。
ルイスの強さは認めていた。ルイスという男はミカエルが今まで見てきた中でも、上位に位置する強さだ。
いや、紛れもなくミカエルを除いた場合において最強と言っても差し支えない。
「ねえ、アダムさん。ルイスさんを殺したのは?」
通信機を繋げて連絡を入れる。
ミカエルは、通信を繋げた状態のそれを目の前にあるテーブルの上に戻した。
『グランツ帝国のシャドウだが……』
「それが相手なら少しは楽しめそうかな」
『……ルイスはそのシャドウを死の間際に破壊した。所謂、道連れと言うやつだ』
「へー、なら、もういないんだ」
『そうだな』
「これ、俺の出番もう無いかな」
これ以上の戦争行為に価値はない。
『まだ、分からん』
「そうだね。万に一つでも俺を楽しませてくれるような奴がいることを祈るよ」
『タイタンの調整は?』
「東部基地の人達がやってくれてる。問題はないよ」
『そうか』
「はあ、退屈だなぁ……」
溜息と共にぼやきが漏れる。
折角、この命をかけた世界ならこれまでの退屈をひっくり返す様な何かがあると思ったのに。あの戦闘も、ひりつく様なスリルを味わう事はできなかった。
『戦争に勝ちたくないのか?』
「俺は別にどうでも良いよ」
『お前は、だろうな』
「アダムさんはどうなの?」
『私もあまり、な。ただ、負ければ国はボロボロになる。だから、民衆も勝って欲しいと願うんだ』
戦争は経済だ。
勝利すれば賠償を獲得し、国が潤う。兵器の購入、国民の損失はそのための投資だ。敗北すれば、さらなる損失を伴う。
彼らはそれぞれの立場で戦争が起きたから、必死に尽くすだけだ。
「そう考えたら、勝たなきゃダメか……」
敗戦を喫した場合、アスタゴには賠償責任が付き纏う。経済がままならない状態になっては国民の生活が脅かされることだろう。
どうでもいいというのは彼個人の考えであったが、民衆などの影響も考えれば負けると言う事は宜しくない。
「まあ、勝つよ。俺個人としては、本当に興味はないけどさ」
彼が求めるのは自分と対等に有る敵。つまりはライバルだ。自分と張り合う事のできる存在を求めているだけ。
『……まあ、お前は勝ち続ければいい。そのことだけを考えろ』
勝利こそがアスタゴがミカエルに求めるもの。負けない兵士。最強の兵士であって欲しい。『悪魔』と恐れられたアイザック・エヴァンスの再来となってくれたら、文句など付けられようがない。
「俺に負けなんてあり得ないよ、アダムさん」
結局、最後まで自分は立ち続ける。
倒れた相手を見下ろしている。
自分が斃れる姿を想像できない。どれ程の熱い戦いがあったとしても。その戦いが血を沸騰させる様なものであったとしても、最後にはミカエルが勝利する。
そんなビジョンが彼には見えている。
『ーー流石は最強だな』
皮肉でも何でもない。
感心した様子でアダムは呟いた。
「じゃあね、アダムさん」
ミカエルは右手を伸ばしてテーブルの上から通信機を手に取り、連絡を切った。
カツン、カツンとやけに大きく足音が耳に響く。骨を通じて響くその音に、彼は普段の一歩以上の疲労を覚えていた。
「ああ……」
遠く、遠く、施設は離れていく。
後悔が心に残り続けて、どうにも心残りばかりがあって、それは晴れそうにもない。
黒色のブーツが地面をスローテンポに叩く。振り返れば施設はもう見えない。
「…………」
空を見上げれば青空が広がっている。
まばらに散った雲。日光は彼を照らす。いつも以上の暑さを感じる。
施設から離れ、彼の今立つ場所には建造物が立ち並んでいた。
人は少ないながらも歩いている。
ここにいる四島が逃げてきたことなど、街を歩く誰にもわかるわけがない。
「沙奈……」
止まってしまっていた歩みを進める。
振り返ることは許されない。戻ってはならない。
これは四島が選んだ道だ。
四島自身の手で、四島自身の意思で選択した。
もう過去は変えられない。
結局、自分は臆病者だったのだと思うと、ふと足が止まった。
「大丈夫かい?」
立ち止まり動かずに居ると、細目の老婆から声がかけられた。
白髪の老婆で、年も食っていそうな見た目だ。しかし、着ている服はそれなりに派手にも見えて、若々しくも見える。
「あ、はい」
「そうかい。……今じゃ戦争中だろう? 暗い表情のも多くてね。気が滅入っちまうよ」
明るく話す老婆はどこか苦しげな笑みを浮かべた。彼女の顔は、きっと誰が見ても無理をしていると思えた筈だ。
「ああ、そうだ、最近あの子を見てないね……」
「あの子?」
「ここいらに住んでる、軍人さんの息子だよ。背はデカいんだけどね可愛いの。名前は剛って言ってね……。あんたと同じくらいだよ」
物寂しげな様子で語る老婆。
「厳しい家庭だったからかね。飯島さんの家は昔っから厳しいからねェ。私ぁ、世話焼いてやってたのさ」
過去を懐かしみ、彼女は笑った。
けれど、彼女の思い出話を聞いた四島は大きく心を揺さぶられる。
「最近は顔を見てないけど、優しい子だったの」
横断歩道の手前、建物の陰で交わされた一つの会話。
日の光は一層強く感じる。
「あ……」
「ごめんね。こんなオバさんの話に付き合わせちゃって」
「…………」
何も答えられなかった。
ただ、四島は恐ろしかったのだ。
「大丈夫かい?」
「大丈夫、です」
何とか絞り出す様に答えると、彼女は少しばかり疑う様な視線を投げかけてきたが、これ以上の干渉はするつもりもなかったのだろう。
「こんな苦しい時さね。あんたも色々あるんだろう? でも笑顔は忘れちゃならんよ」
老婆はニコリと笑う。皺の深い笑いだった。作り笑いだった。
そんな言葉から、そんな笑顔から、彼は逃げ出す様に歩き始めていた。
笑えない。
作り笑いすらも浮かべることができない。
歩き出した四島に、老婆の声はもう聞こえなかった。
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