傲慢な戦士:偽

ヘイ

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第二部

第17話

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「フィンさん……」
「リチャード、どうした」
 新米警察のリチャードがどこか深刻そうな面持ちで上司であるフィンに呼びかける。
「警察は……どこまで腐ってるんですか」
 拳を握りしめて、唇を噛み締めリチャードは悔しそうな顔をする。
 強く噛み締めた唇からは血が流れてしまっている。
「聞いてしまったんですよ……!」
「…………」
 返す言葉が見つからない。
 自分は違うと思いながらも、抗う事をしようともしていなかったのだ。
「警察は! 正義のためにあるんじゃないんですか!?」
 理想と違う姿をしてしまっている警察組織に、リチャードは怒りを覚えて仕方がなかった。市民に安全を約束するはずの、正義の公務が汚されている。
「誰かを! 無実の人々を守るためにいるんじゃないですか!」
 憧れたヒーローはどこまでも地に堕ちていた。
「お前は、何を見た……?」
「俺はっ、自分の正義を信じたかったんです……!」
 リチャードが耳に入れてしまったのは酷く心を打ちのめす現実であった。
 
『危ないところだったぜ? だから俺は機転を利かせて言ってやったんだ。「ここからは警察の領分です」ってなぁ!』
 
 許せなかった。
 誰もがアスタゴの内側に生まれる悪を滅ぼしたいと思っているのだと、リチャードは考えていたのに。
 何故、笑い物にしているのか。
 機転とは何なのか。
 危ないところという言葉も違うだろう。
「ーーフィンさんも、そうなんですか?」
 彼はフィンが本物の警察官であるかを確認したかった。
 尊敬した上司に失望したく無かったから。
「……俺は」
 ただ、彼には何も言えない。
 言う事を、彼の理性が止めていた。
 リチャードには答えないようにしているとしか映らなかった。
 だから、リチャードは完全に諦めた。希望を持つ事も、警察を信じる事も。
「こんな警察を、俺はもう二度と信用しない。フィンさんの事も。……俺は一人でも今回の事件の情報を手に入れますよ。手始めにアダーラ教徒がどうやって入ってきたのかから……」
 はっ、と息を呑むと、フィンはリチャードの肩を力強く両手で掴み叫ぶ。
「止めろッ! そんな事を、するな!」
 何も、何も分かっていない。
 リチャードという男は余りにも甘すぎる。危険だ。このままにしてはならない。止めなくてはいけない。
「何で止めるんですか……」
 失望の感情がフィンを覗いていた。
 この人も結局同じなのだと。
「……簡単ですよね。アダーラ教徒がいつ入国したのか、どんな経路でアスタゴに来たのかを調べるのなんて、警察の権限でチケットの購入者履歴を調べれば」
 彼らには事件捜査のために民間人に協力を願う事が許されている。
 航空会社もきっと同じだ。
「頼むっ……! 止めてくれ!」
 けれど、フィンには彼のしようとする行いを許すことができなかった。
 肩を掴む手を振り払って、リチャードは署内の廊下を歩き去ってしまう。
「何でなんだ……俺は、ただ」
 フィンには彼の背中を遣る瀬無く、虚空に右手を伸ばし見送ることしか出来なかった。







 誰にも分かりはしない。
 誰かに分かってもらおうとは思っていない。閉じこもって、引きこもって、殻にこもって。
 塞ぎ込んで、声を聞きたくなくなった。
 変わるための準備を、変えるための勇気を彼女は持とうとは思えなかったのかもしれない。
「…………どうしたら……いいのかな」
 全てを投げ捨ててでも救いたかった、守りたかった。だと言うのに、手元に残ったのは何だ。
 何も残らなかったではないか。
「お姉ちゃん、頑張ってきたんだよ……」
 ひくつく喉の奥、無理やりに出した声は悲哀の表情を持って部屋に満たされた。
「お姉ちゃんだから……守らなきゃって。ねぇ、リビアァっ」
 胸骨の奥に守られる心臓に手を突っ込んで握り潰したくなるほどの虚しさに苛まれる。痛い、痛い。
 苦しくて、堪らない。
「うっ……う、す、あぅぐっ……す」
 涙はもう溢れないのに。
 それでも弱々しい悲鳴が彼女のいる部屋の中で一つのベッドの上から響いた。
 ベッドに蹲るミアを見守るようにシャーロットが壁際から見つめている。
 ずっと彼女はこんな調子で、見ているだけでも心が壊れてしまいそうになる程苦しくて、目を逸らしたくもなる。
「分からないよっ……。もう分からないんだよ」
 慰めなど誰ができたか。
 声をかける事がどれほどの神経を使うのか。見れば分かるだろう。シャーロットには声をかける事など出来ない。
「私は……どうして生きてるのかな」
 家族を失った自分に生きる価値があるのかは分からない。
 そっと首に手を当てようとしてシャーロットがミアの手首を掴み、止めた。
「あ、はは……」
 こんな事が既に数回行われている。
 だからシャーロットはミアから目を離す事ができないほどの不安を抱いているのだ。
「ご、めんなさい、シャーロットさん……」
「死んだらダメだよ、ミアさん」
 真っ直ぐにシャーロットの目がミアの目を射抜く。たったこれだけのことが、ミアには苦しく感じたのか、脱力したように項垂れる。
「ねえ、シャーロットさん。私……リビアに会いたいの」
 吐き捨てた言葉は生気を伴わず、ただシャーロットは無言で表情の抜け落ちた彼女を見つめていた。
「また会えるって思ってたの。だから、いってらっしゃいって……、楽しんでね……って」
 悪いのはミアではない。
 ミアは悪くないという言葉にどれほど彼女は心を開いてくれるだろうか。
 貴女の妹が死んだのは、貴女の所為ではないから気にしないで。
 こんな言葉は無責任にも程がある。けれどお前のせいだなどと責め立てる人間も居るはずがない。
「ミアさん……生きて。貴女の妹の分もしっかり生きなさい。死にたいなんて言わないように生きなさい。きっと貴女の妹は生きたいと思っていたから」
 シャーロットは床に膝をついて両手でミアの右手を握り込む。
「私は貴女が勝手に死ぬことを絶対に許さない。そんな事をすれば貴女の妹の死を何よりも冒涜する事になる。だから生きなさい」
「あ……ああ、あああ」
 突きつけられた言葉にミアの心臓は張り裂けそうなほどに痛んで、同時に死んではならないと強く刻み込まれた。




 
 力強い衝撃がフィリップの背中に通って、地面に叩きつけられた。
「もう一回……お願いします。オスカーさん」
 地べたを這いずり、腹を抑えながら目の前に立つ男をフィリップは見上げる。
「久しぶりだな、お前がここまで必死になってるの見るのは」
 オスカーは立ち上がろうとするフィリップを見ながら、ぼやいた。
「わかった」
 フィリップという男は『牙』に入隊してからと言うもの自らの牙を研ぐことをやめた事はない。日々、努力を続けてきた人間だ。分かっているが、ここまでの必死を目にするのは入隊して直ぐの時以来であった。
「来い」
 踏み込んできたフィリップの腕を逸らし、流れるように腹へと肘鉄を入れ、疼くまるフィリップの足を踏みつけ固定して連続の殴打を喰らわせる。
「っ」
 逃げられない。
 びくともしない。まるで足に釘を打ちつけたかのように。
「これはボクシングじゃねぇんだ。ルールは無い」
 フィニッシュの右アッパーがフィリップの脳を揺らす。
「…………っ!」
「お、まだやるのか。タフになったな」
 蹌踉よろめめきながらも二本の足で立ち上がるフィリップにオスカーは感心しながらも余裕の顔で構えている。
 勝てない。
 圧倒的な実力の差に絶望を色濃く覚える。
「あの時なら一発で鎮んでたろ。お前は強くなってる」
 フィリップは呼吸を整えて強く踏み込み左のジャブと、右ストレートを繰り出すが当たらない。自然とフィリップの右足は浮き上がり、ハイキックがオスカーの側頭部を狙って弾けるように放たれるが手応えがない。
 弾丸のような蹴撃キックはオスカーの顔から外れ、紙一枚挟んだ位置を素通りする。
「誇れ、成長をーー」
 次の瞬間、フィリップの腹に強い衝撃が伝わり肺の中の全ての空気を吐き出してしまう。そして、胃の中の物が込み上がってくるような気配を感じる。
「ガッ、は……!」
 食い込んだ衝撃の正体は、オスカー渾身のボディブローだ。
 オスカーの鍛え上げられた肉体、力強い右腕により放たれるパンチングは、ボクサーに例えるならば超重量級の選手と同等以上の破壊力を持っている。
「あ、ぐ」
 フィリップの開いた口からツツゥとだらしなく涎が垂れた。
「げほっ……ぐっ」
 ダメだ。
 まだ、足りていない。
 こんな物では、また守れない。
「おいおい、流石にオレが疲れてきたんだが」
 言いながらもオスカーには汗ひとつ見えはしない。怪物じみた強さだ。
 訓練とは言え、相対してよく感じる。
「はあっ、はあ……」
 垂れる液体を腕で拭い、獣のように獰猛な目を光らせながら、フィリップは立ち上がる。
「まあ、気絶するまで付き合ってやる」
 オスカーもフィリップの意思を汲み取って力強く睨みつけた。
 これはどこまでも暴力的な訓練だ。
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