傲慢な戦士:偽

ヘイ

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第二部

第22話

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「計画の凍結……?」
 A計画の研究主任であるケインに言い渡されたのは計画の凍結と、実験で生まれたクローンの処理である。
「何故ですか?」
『ヴォーリァとの停戦に向けてアスタゴ合衆国政府も動いているとの事。我々の研究は平和のための壁になり得る』
 出資者の一人が理由を説明してしまえば、ケインにもおいそれと否定する事は出来ない。
「ですが……生まれてきてしまった命は」
『元よりクローンは短命である。それに戦争で使い潰すつもりであったのだから。今更、君が倫理を説いたところで価値はない、研究主任ケイン・ミッチェル』
「…………っ」
 言葉に詰まるのも当然。
 ケインもこの研究に意欲的に参加していたのだから、倫理観などと言うものを並べ立てようと説得力などと言うものは皆無だ。
『ふむ……。とりあえずProject:Aは凍結。クローンの証拠も処理することとして、情報を規制する。他の出資者殿もそれで構いませんか?』
『私はX、貴方に従おう』
『私もだ』
 出資者X。
 この場における発言権は彼が最も大きいだろう。出資された額の五割、つまりは半分が彼の元から来た物だ。
 彼一人で半分以上の発言、発案の権利があるのだから。
 PCで行われるやり取りは幾多ものセキュリティ対策により完全な匿名を維持されている。
『という事で、ミッチェルくん。一週間以内の迅速な凍結処理を』
「わかり、ました……」
『では、あとは分かるね?』
 通信が切られ、ノートPCが閉じられる。
 
 
 
「オスカー……」
 スキンヘッドの男が名前を呼べば黒髪の男がドス黒い瞳を見せながら現れる。
「君に頼みたい事ができた」
「オレに?」
 どこか訝しむような顔を見せる彼に出資者X、エイデン・ヘイズは微笑みを見せながら目を合わせる。
「A計画における成功作。エンジェルの保護を頼みたい」
「エンジェル?」
「そう、神の使徒だ。写真は渡しておくがくれぐれも情報の漏洩は控えてくれ」
 エイデンが予め用意していたのか一人の少女が映し出された写真を渡せばオスカーも眉根を一瞬顰めるが、引き受けてくれるようだ。
「分かった。……けど、何でオレだ?」
「必ず確保したい。なら他ならぬ君に任せた方が安心できる」
 両手を組んだ奥には真剣な眼差しが見える。彼の本気がよく分かると言う物だ。
「それと、君には伝えておこう。既にあの研究所には爆弾を仕掛けている」
 彼は机の上にスイッチらしきものを置いて話を続ける。
「これが起爆装置だ。持っていくといい。有効に活用してくれ」
「何で、こんなもの……」
「……証拠隠滅の為だよ」
 どこまでもこの男は合理的に、自分勝手に目的の為の近道を選ぶのだ。
「まあ了解だ。兎に角、こいつを連れてくれば良いんだな?」
「ああ」
 オスカーは懐に写真を仕舞い込み社長室を後にした。彼の背中を見送りエイデンは一人クツクツと笑う。全ては自らの掌の上で転がっていく。彼の目的に向けて。
 彼は信じてやまないのだ。自らの選択の最善を。間違いのなさを。


 
「ケイン……どうしたの?」
 主任室を出たケインの顔はどこか晴れないような面持ちで、妻であり主任補佐でもあるカティアもどこか不安気な顔を見せる。
「あ、いや……。そうだな、これは皆んなに伝えなければならないか……」
 あまり良い気分とは言えない。
 それは研究者として。或いは僅かに残っていた人倫を尊重するような心からか。
 神妙な顔付きのままケインは廊下を歩いて行き、研究室の扉を開く。巨大な液に満たされた筒の中に天使は眠る。
 多くのコードが繋がり、常に監視されている。
「皆んな、居るだろうか?」
 研究室の中にケインの声が響いた。
「……クロエのやつ、どこ行ったんだ?」
「さあ?」
 一人の研究員の言葉に何人かの研究員たちが近くを見回すが、クロエと思しき姿は見当たらない。
「……彼女には僕から後で伝えておこうか」
 仕方ない。
 今いる者たちに取り敢えずは伝えておくべきだ。
「誠に残念なことだが、本日でこの計画、Project:Aは永久凍結とする」
 彼の宣言と同時に研究室を動揺が支配した。
「君たちの気持ちもよく分かる。だが、出資者たちもこれ以上の出資をするつもりはないとの事だ。速やかな凍結とエンジェルの処理を望んでいる」
 プロジェクトチームである彼らは結局の所は金をもらって研究をしていただけの仕事人に過ぎない。なによりもクライアントの意見が大切であったことから、研究を続けたいなどという発言は許されていなかったのだ。
「すみませーん! ただいま戻りました!」
 慌てたような様子で額に汗を浮かべ、黒髪の女性は研究室に入るや否や膝に手を付き「はあはあ」と肩で息をする。
 前屈みの姿勢に僅かに胸元が見える。
「クロエ……。皆には話したが……」
 苦虫を噛み潰したような顔をしてケインが先ほど話したことをもう一度、今度は目の前の一人に向けて話そうとする。
「大丈夫、クロエちゃん?」
「あ、ありがとうございます、カティアさん」
 カティアは白衣のポケットから取り出した花柄の薄桃色のハンカチでケインの額の汗を拭う。
「……それでだな、クロエ。実験は──」
「凍、結ですね?」
 息はまだ完全には整っていなかったのか。それでも答えは知っていたようだ。先程までクロエがユージンと話していたのはあくまで可能性の高い推測の話であったのだが、間違いではなかったようだ。
 もちろん、クロエ自身推測が外れているとも思っていなかったが。
「あ、ああ」
「ヴォーリァとの戦争も終結に向かいつつありますからね……」
「理解が早くて助かるよ」
「まあ、私天才ですから」
 クロエがニヘラと笑う。きっと何人もの若い男を虜にしてきたのだろうと思えるほどに魅力的な女性だ。
「天才か……」
「そんな真剣に受け止めないでくださいよ」
 冗談のつもりだったと言うのに。
「いや、君は天才だ。僕もそう思うよ」
 白衣のポケットに両手を入れたままのケインは微笑みを浮かべた。それが面白くなかったのだろうか、すすすとカティアはケインの背後に立って脇腹を抓る。
「いっ……!?」
「ヘラヘラしない……」
「ご、ごめん! カティア!」
「…………ふん」
 拗ねたようなカティアにご機嫌を取るように話しかけるケイン。
「終わりか……」
 なんとも寂しいような。
「エンジェル……」
 眠る少女を見て。
「大丈夫だからね」
 クロエは実験動物も見殺しにはしたくないのだから。人の姿をしたエンジェルを彼女は当然の様に、殺すことは出来ないのだ。



 
「クローンの誘拐ね……。犯罪……っても言えねぇか。そもそもでクローン製造自体が犯罪なんだからな」
 親権を誰が持つか。
 彼らが、研究施設がエンジェルの所有権をおいそれと主張することはできないだろう。当たり前だ。存在そのものが禁忌である筈の存在だ。
「まあ、計画っつっても道具もねぇからな。適当に研究所に入り込んで……ってのでいいか」
 そもそもユージン自体が計画などを立てるような人間でもない。
「あの、バカ女。どうせ俺にそこまで期待してねぇだろ。見え見えだっての……」
 空になった食器を見てから窓の外に目を遣る。時刻は昼過ぎ。
「……ほんじゃ、まあ。今夜にでもやるか」
 こういった手合いのことは陽が沈んでからが好ましい。奇襲は夜にと言うものだ。前時代的とも思えるかもしれないが、夜が人の手が薄くなるのが基本だ。
「上手く行けば良いんだけどな……」
 経験上、あまり宜しくないことが起きるような気もする。ユージン自体、勘というものに頼るのはどうかと思うが、存外馬鹿に出来ないものだ。
「にしても……ミカエルか」
 苦々しげな顔をしながらユージンは立ち上がりツカツカと歩いて扉に向かう。扉を開いてから外に出て小さく息を吐いた。
「散々言われたもんだ」
 ミカエルの代わりになることを求めるが、我々は君の命はどうでも良いと思っている、と。
 思い出すだけでもどうしてか笑いが込み上げてくる。
 捕虜として捕らえ、兵士として活用して役に立たなくなったらポイだ。
「ここでも尻拭いってか」
 戦争の終わり、彼の人生はミカエルという死者に振り回され続ける事となったのだ。
「まあ、仕方ねぇか」
 そう言う生き方になってしまうのも。
 あの時にミカエル・ホワイトを殺したことを阿賀野は後悔していない。まず間違いなく、あの時に乗り越えるべき壁だったと認識しているから。
「そう言う生き方選んだのも、多分俺だ」
 誰が悪い。
 誰も悪くない。
 強いて言うなれば、これは彼の運命だったと。
「にしても……平和だな」
 街の中を歩けば世界はどこまでも幸せそうに見えて、命の危機などありそうにも見えなくて。
「…………」
 どちらが正義であったのか。
 答えは出そうにない。けれども歴史が進むのなら、きっと間違いのない方向だった筈だ。
「はっ……」
 ザリ、と地面を踏みしめて歩いていく。
 ポケットの中に先程クロエから渡された紙を握りしめて。
「おっ……と」
 突然物陰からユージンの目の前に人が飛び出て来て、お互いの肩がぶつかり相手が倒れた。
「あー、悪い悪い」
 倒れた黒髪の男は驚いたように真っ黒な瞳を見開いてユージンの顔を見ていた。
「お? どうした?」
「何でもない」
 即座に男は立ち上がると服についた汚れをパッパと払ってさっさと歩き去ってしまった。
「……あの野郎。結構やるな」
 流石にミカエルにも自身にも及ばないが。
 一般人、ではないだろう。
「軍人か? あのレベルはあんま見ねぇけど」
 かなりの実力がある。
 筋肉量からしても、相当に鍛え込まれていることは一瞬の接触からでも分かった。
「ん、ここは……教会か?」
 結構歩いたようで足元に十字の影が差すのが見えて、視線を上に向けると巨大な十字架が聳えていた。
「ガキが多い……」
 教会の外にちらほらと子供の姿が見えて、一人の牧師がユージンに気がついたのか駆け寄ってきた。
 黒人、茶色の髪。
「カルロス……か?」
「アガノ……」
 久しぶりに会う知り合い、と言うにはカルロスは剣呑な雰囲気を醸す。
 単なる知り合いではない。
「久しぶりだな。ここで牧師やってたのか?」
 ユージンは懐かしい顔を見たと思いながら話しかけるがカルロスは警戒しているような態度を一向に解く気配がない。
「悪いな。そういやそうだ。お前、俺のこと嫌いだったか」
「……生きていたのか」
 何とも言えない顔をしながらカルロスが言うと、ユージンの口から笑うような息が漏れた。
「ああ。あん時に生かしてもらったからな」
「……私の判断じゃない」
 殺せた筈なのに。
 許せなかったのだ、カルロスには。アスタゴの利益になるとしても。仲間を殺したこの男が生きていると言うことが。牧師になった今でも、こうして目の前に現れるまで死んではくれないものかと願っていた。
「お前を捕虜とすることは私の判断ではなかった……!」
「……じゃあな、カルロス。あんまおっかない顔すんなよ。子供が泣くぞ」
 望まれていない。
 この場にいるべきではない。ユージンも理解できている。直ぐに顔を見せないように背中を向ける。
 カルロスも引き止めようとはしない。
「…………っ」
 恨みがましそうな顔を、カルロスは歯を食いしばって必死に押さえつける。
 命を否定することなど牧師となったカルロスに出来ずに、彼は祈りを送る。

 幸福を。

 カルロスの顔は複雑でどす黒い感情を噛み殺しているような。悲しげで、怒りを孕んでいて。子供達が今まで見たカルロスのどんな顔よりも、恐ろしかった。
 祈りを捧げる者のする顔つきとは、到底言えないものであった。
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