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38 射撃時の異変
しおりを挟む「雨、やみませんね」
ポーラは座ったまま、太腿の上にメロンを座らせ、両腕で包んでいる。
「そうだな……このまま待ってても埒が明かないな。もう少し休憩したら出発するか」
頭の後ろに両手を敷いて足を組み、ゼンジは仰向きで寝転がっていた。
『いやだ!濡れるのは、いやだ!』
ポーラに抱っこされた状態で、メロンは首を左右にブンブン振っている。
「でも、早く安全な場所に行きたいんですが」
「そうだぞ。ここは危険だ」
(正当防衛が解除されない。って事は、まだ近くにサハギンがいるはずだ)
『いやだ!水に濡れると、動けなくなるんじゃないの?』
頭にクエスチョンマークを付け、首をコトンと傾けてメロンが聞いた。
「あ~、ぬいぐるみ……だからか?どうして知らないんだ?」
ゼンジは、ぬいぐるみ本人が知らない事に疑問を感じた。
『何を隠そう、この姿には、ついさっき、なったばかりなんだよ』
「えっ!?そうなんですね。どうして、ぬいぐるみになったんですか?」
『それは、貴様らが言ってた、ドラゴンが原因なんだ!』
「どう言う事だ?」
ゼンジは上半身を起こし、周囲を一通り警戒した後、メロンを見た。
『あいつのせいで、我はここに落ちたんだ……あいつは……我の側近だった』
そこまで話すと、突然川の中から水飛沫を上げ、一匹のサハギンが川岸に飛び出て来た。
『ソッ、ソッキンだ!ソッキンが出た!』
ポーラの太腿の上で、両手両足、翼、尻尾、全てをバタバタさせながらメロンが言った。
ゼンジは、ネックスプリングで跳ね起きて、木に立てかけていた小銃を手に取り構えた。
「サハギンな!」
メロンにツッコミを入れた後、サハギンの頭に銃口を向けた。
「そこを動くな!」
『ギュル!!』
しかしサハギンは、気味の悪い声を上げるとゼンジたちに向かって走り出した。そして、顔を上げて水の玉を吐き出す体勢をとった。
「耳を塞げ!」
ゼンジは銃口を下げ、腹に照準を合わせて発砲した。
一発の弾丸を胸に受け、サハギンは上空に水の玉を吐き出し、そのまま後ろへ倒れた。
「反動に負けて、狙いの少し上に当たるな。もっと精度を上げないと」
続けて二匹のサハギンが、川から飛び上がった。
「また出たのじゃ!」
「任せろ」
サハギンは地上に着地すると、そのままゼンジたちに向かって走り出した。
二匹が重なった所で一発発砲すると、二匹のサハギンは胸に銃弾を受け、その場に倒れた。
「ふぅ~。オールクリア。いや!まだか!」
更にもう一匹川から飛び上がっており、空中で水の玉を吐き出す体勢をとっていた。
「ポーラ逃げろ!!」
ポーラはメロンを抱えて横に走った。ゼンジは、空中のサハギンに照準を合わせて一発発砲する。
しかし弾は当たらず、サハギンは水の玉を吐き出し、そのまま川へと消えていった。
ゼンジは慌てて横に飛んだ。
水の玉は、三人が居た場所に当たると、地面を削って弾け飛んだ。木の下は乾いていたので、砂埃が巻き起こり、反対側に飛んだポーラたちが見えなくなった。
「ポーラ無事か!?」
「メロンちゃんも平気じゃ!ゼンジはどうなのじゃ!?」
「こっちも大丈夫だ!そこを動くなよ!」
ゼンジはその場にうつ伏せで寝そべり、小銃を支えるために両肘を地面に立て、両足は肩幅に開き、伏せ撃ちの射撃体勢をとった。
(また出てくるはずだ……)
両目を開けたまま左目は肉眼で、そして右目はスコープ越しに川を睨んだ。
『ドクン……ドクン……ドクン』
心音と共に、銃口がブレ始めた。
「落ち着け!集中しろ!ふぅ~」
落ち着かせるように、大きく息を吐き出し目を閉じた。
その時、サハギンが川から飛び出す音が聞こえた。
(出た!)
同時に目を開いた。
すると、ゼンジは奇妙な感覚に陥った。
周囲から音が消えたのである。
静まり返った世界の中で、サハギンを凝視した。
サハギンが川から現れたその刹那、ゼンジ以外の動きが、まるでスローモーションのように遅くなり、落ちて行く雨粒が一つ一つハッキリと視認できるようになった。
「なんだこれは?」
左目の肉眼で捉えたらたサハギンを、右目のスコープ内に素早く合わせて引き金を引いた。
驚くことに、小銃から発射された弾丸をも肉眼で視認していた。
それは空気の尾を引き、サハギンに一直線に向かって行く。
(弾丸も遅い……ちゃんと当たるのか?もっと早く飛んでくれ)
そう思った瞬間、スローモーションは解除され、サハギンは大きく後ろに仰け反ると、背中から川に消えて行った。
「ふぅ~。当たったのか?しかし今の感覚は…」
そう言いながら立ち上がり、サハギンが消えた川を呆然と眺めていた。
「ハッポウするならそう言わぬか!ビックリしたのじゃ!」
砂埃が薄れる中、驚きの表情でゼンジを見るポーラが居た。
「すまん……それどころじゃなかった」
(今の感覚は何だったんだ…)
「ここも危険なのじゃ!」
「そうだな。またいつサハギンが出てくるか分からない。取り敢えず移動しよう!川から離れるぞ!」
『いやだ!い~や~だ~!』
「向こう側に行こう」
ゼンジは川に背を向けて、巨大な木の向こう側を指さした。その方向には、雨とモヤの奥に数本の木が、ぼんやりと見えていた。
『我の意見は?』
「本当は、サハギンの素材を回収したかったのじゃが、余裕がないから仕方ないのじゃ」
「喋り方!……え?素材の回収?」
メロンを抱いたまま、小走りでゼンジの横に来たポーラが残念そうにしていた。
「そうでしたね、説明します。え~っと……モンスターを倒すと、その亡骸から、鱗や肉、牙、爪、そして魔石等、様々な素材を剥ぎ取る事が出来ます。それをギルドに持って行くと、お金と換金して貰えたり、クエストを受注していれば、報酬と引き換えに交換してくれます」
「なる程、それなら是非持って行きたいな。よし!任せろ!」
ゼンジは小銃の紐を肩にかけ、近くに倒れている三体を、目だけ動かし確認した。
「衣のう…よし!出た!」
目の前に現れた衣のうを素早く取ると、近くで息絶えたサハギンに向かって走り出した。
(死んでるから収納出来ると思うんだが)
ゼンジは恐る恐るサハギンに触れて、衣のうを近づけると、そのまま吸い込まれた。
「よし!戻れ」
三体を、衣のうへと収めたゼンジは、衣のうを放り投げ消した。
「時間がないから他は諦めよう。さあ、行こうか」
小銃を右肩に担いだゼンジは、川を背にして歩き始めた。
『貴様の職業は錬金術師なの?しかもかなりレベルが高そうだね。アーティファクトクラスの物を瞬時に作り出すとは、貴様何者?』
小銃や衣のうを、ポンポン出現させるゼンジを、メロンは目を細めて怪んでいた。
しかし、それに対してゼンジは飄々と答えた。
「しがない公務員だよ」
『コウムイン?それが、貴様の職業なの?聞いたことないよ……貴様はその他に、異世……はっ!雨!いやだ!』
木の影から出たポーラと、彼女に抱かれていたメロンに、雨が当たり始めた。
『いやだ!我は濡れたくない!ポーラ戻って!お願い。一生のお願い』
頭を隠そうと、必死で両手を伸ばしたが、雨は容赦なくメロンを濡らしていく。
「ここは危険ですから離れないと、我慢して下さいね」
雨が当たり、メロンは濃い赤色に変わり始めた。
『体が重いよ~、水を吸って気持ち悪いよ~』
「ポーラ、降ろしてやれ!弱虫は自分で歩かせろ」
『ポーラ、降ろさないで!泥水はもっといやだ!』
「でしたら我慢しましょうね~メロンちゃん」
『ん~。水はいやなのに……』
雨に濡れるメロンへと、笑顔で話しかけるポーラであった。
(女神様、こちら自衛官、
もっと役立つ仲間が欲しいんですが。そう言えば、黒魔女とビニール仮面は無事ですか?どうぞ)
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