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38 蜂と呪いとイフリート

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~とある地下の大空洞~

サラサラと砂が降る大空洞。
天井は黒く、その数カ所からは、砂と共に日の光が僅かに漏れている。そして中央には、石を積み上げただけの、小さな祠があった。

床一面に広がる砂。
その砂の一部が黒く変色し、集まり人の形を成して行く。
それは漆黒のフードを目深に被り、背中には見るからにサイズ違いの大剣を背負っていた。その鞘には赤黒い蜂の刻印が印されている。
正面は、足元にのみ光が当たり顔は確認できない。

「あっちぃなぁ~っ!ったくだりぃっ。やり方が回りくどいんだよっ!」

誰もいない大空洞に、その者の声はこだまする。

砂を歩く音が響き渡る。しかしその者はその場を動いてはいない。

「初っ端からこうしとけば良かったんだよっ!」

剣を鞘から抜く金属の擦れる音が響く。
しかしやはり、その者は動かない。

「蛇には荷が重かったんだよっ!」

激しい金属音が鳴り響くと、祠の後ろの地面が巨大なクレパスのように左右に割れた。それはどこまで続くのか、どこまで深いのか分からない。
遅れて地が割れる轟音が続く。同時にクレパスの左右から、砂が流れて落ちて行く。

「これで出て来れるだろっ!」

その言葉で思い出したかの様に、祠が左右に割れ音もなく崩れると、灰となった。しかし無風の大空洞で、それは舞い上がり、砂が流れ落ちる隙間を出て行った。

「ちっ!逃げたかっ!まあいいっ!追わせて止めを刺させるかっ!」

祠を失った大空洞は大きく揺れ、その者の目の前の砂がゆっくりと盛り上がった。
そして巨大な何かが姿を現した。

「出たかっ!奴を追えっ!」

しかし巨大な何かは、炎を身に纏い大きな口を開け、その者を飲み込もうとした。

「まだ早かったかっ!」

動こうともしないその者の周りに、禍々しいオーラが渦巻いた。そして黒いオーラが、触手のように伸び始める。それを感じ取り、巨大な何かはその者を直前で避けて、砂を巻き上げ上空へと飛翔した。

「ちっ!勘の良い野郎だなっ!」

しかし触手の何本かは、巨大な何かに触れていた。

「これでアビスに落ちただろっ!」

その者はそこでようやく動いた。
正確には消え始めたのである。
足から地面にズブズブと埋まって行った。
足元に当たっていた光まで顔が下がった所で、フードの奥が露わとなる。

その者は黒い仮面を着けていた。左目の部分に真っ赤な丸が描かれた、おぞましい仮面を。

そしてその仮面も地面に埋まると、黒いシミを残してその場から消えた。

誰もいない大空洞は、わずかに揺れていた。巨大な亀裂から聞こえる、破滅の音と共に。


~~~

 
地上に転移したゼンジたちは、神殿の入り口を見て異変に気付いた。

「赤いのじゃ!」

「朝なのに夕焼け?何故?」

「ガッハッハ。こいつがイフリートか……マズイな」

目の前のロックジョーは、ゼンジたちの後ろを見上げていた。

「……」

直ちに振り向いたゼンジとポーラは、声も出せず驚愕する。

そこには真っ赤に燃える巨大なドラゴンがいた。
4本の角が、後方へ波のように、うねっている。

「イ、イフリートって、レッドドラゴンの事だったのか!」

トラウマであるドラゴンを前にしたゼンジは、勝手に震え始める両足を叩き、座り込みそうになるのを必死で堪えている。

『違うよ。レッドドラゴンをまとめる、エンシェントドラゴンだ』

「なんだそれ!どうしてそんなのがここにいるんだよ!」

「メロンちゃん!作戦を教えるのじゃ!妾は何をすれば良いのじゃ!」

『我に任せてよ。イフリートは我の側近だ』

そう言うとメロンは翼を動かし飛び始め、ピッ、と幼児が履く靴の音を鳴らし、イフリートの鼻っ柱に着地した。

『イフリート!姿を見せないと思っていたら、こんな所にいたのか!』

『この気配は、やはりマスタードラゴン様。しかしその、ちんちくりんな姿はどうした』

「はぁ。マスタードラゴン……あのぬいぐるみが?有り得ない」

『この姿はアビスにやられちゃった』

『ギャハハ!だから!あれ程気を付けるように釘を刺していたのに』

『そ、それは……ごめんなさい』

「わ、笑ってる…楽しそうに話してるな……」

「ガッハッハ。ゼンジ!話は後でじっくり聴かせてもらうぞ」

「はは……掻い摘んで説明します」

『ところで、こんな所で何してるの?』

『それが全く記憶に無い。突然身体の自由を奪われて、意識も押し付けられるように別の場所へ閉じ込められた。きっと封印されていたんだな』

『やっぱり。大体の検討はつくね』

『おう。だとしたらちょっとマズイな』

『大丈夫?あれから1年だよ』

『おう。その間、怒りが湧き上がるのを必死で抑えていたんだが、それも限界を迎えようとしていた時、酒の匂いがした。それを飲んで持ち堪えていたんだが、突然意識が覚醒し、この場に出てきた』

「ガッハッハ。俺の!!酒だ!」

「ロックジョーさん!今は静かにしてください!」

『黄金のマタタビールのお陰だね』

『いや違う!俺を起こした奴がいた!』

『それは誰だい?』

『それは……ぐゔゔぅぅ』

イフリートは突然苦しみ始めた。

『イフリート!その目はどうしたんだ!』

メロンが言うように、真っ赤な体には不釣り合いな、黒い炎が両目から吹き出している。

『退けぇぇ!!』

『うわっ!』

「メロンちゃん!」

イフリートが顔を振り、メロンは吹き飛ばされた。しかし小さな翼をパタパタと動かして、地面への落下は免れた。ポーラが駆け寄りメロンを捕まえると、ゼンジの隣に戻った。

『イフリート!イフリート!』

『グヴヴヴ……』

真っ黒な炎は、イフリートの全身を覆って行く。

『イフリート!我の声が聞こえないのか!闇に堕ちるな!』

「はぁ。雲行きが怪しくなってきましたね。はあ。青き流水よ、我に集いて壁となれ」

リズベスは詠唱を始めた。

『グワオオオオオ!!』

天に向かって吠えるイフリートの周りには、真っ黒な炎が燃え上がった。
イフリートの雄叫びにより、ゼンジたちの身体は麻痺してしまった。
そして、正当防衛のロックが解除される音が聞こえた。

「体の自由が効かないぞ!」

『イフリートの雄叫びには、麻痺の効果があるんだよ』

「熱い!目が開けられない!」

「黒いのじゃ!黒い炎じゃ!」

「はぁ。アイスウォール」

両手を突き出すリズベスの前に、氷の壁が迫り上がった。

「リズベスさん!凄い!これが魔法か」

「なぜ麻痺してないのじゃ!」

「はぁ。麻痺無効のアクセサリーです。それよりも、このままでは押し負けます」

その熱に耐えかねて、川の水が一瞬で干上がった。

「ガッハッハ。決裂だな。俺の酒を盗んだツケを払わせる。マッドハンマー」

ロックジョーは右腕を、川だった場所に肘まで入れた。そしてゆっくりと引き上げる。その手には、泥で出来た巨大なハンマーが握られている。

「マッドメテオ。ぬん!」

右腕の筋肉が膨張し、はち切れんばかりに血管がほと走る。そして、イフリートに向けて泥のハンマーを振り抜いた。

根本から千切れ飛んで行く泥の塊は、アイスウォールの上部を破壊し、黒い炎を通過して、イフリートの顔面に直撃した。
しかしイフリートに触れた途端に、泥のハンマーは一瞬で消し炭となった。

『グオオオォォォ!』

イフリートが叫ぶと、黒い炎は消えた。しかし美しかった赤い鱗が、赤黒く変色していた。

「ガッハッハ。面白い!マッドハンマー!」

再び右腕を肘まで地面に押し込み引き抜くと、先程より大きな泥の塊が、地面から出てきた。
その時干上がった川に、ようやく上流から水が流れ始めた。

ロックジョーは巨大なハンマーを担ぎ上げ、大股でしゃがみ込むと、身体中に膨大な魔力を張り巡らせ、片足を大きく上げてシコを踏んだ。

「マッドロック」

爆音と地響きを轟かせ、イフリートの足元にある、川の泥と砂地の地面、そしてアイスウォールの破片が、飛び上がりイフリートを包んだ。
体を覆っていた黒い炎が消えた事もあり、イフリートはコーティングされ、動かなくなった。

「うわっ!」

ゼンジたちは激しい揺れを受け、その場に倒れ込んだ。

「はぁ。せっかく作ったアイスウォールが砕けたじゃないですか」

「ガッハッハ。いささか視界が良くなったな。マッドメテオ」

砂泥や氷等が混ざった物が、イフリートを閉じ込めた所に、すかさず泥の塊をぶつけた。

『グォォォ!』

泥の塊は、コーティングされたイフリートに直撃して、その巨体を吹き飛ばし、峡谷の壁面にめり込ませた。同時にゼンジたちの麻痺が解けた。

「凄い!大地が揺れている……」

『グオオオオオ!!』

イフリートは壁面から這い出ると、泥のコーティングを振り払い、気が狂ったように吠えた。

「ガッハッハ。ひとつも効いとらんな」

「はぁ。遊んでないで、本気で戦ってください。熱いので」

「ガッハッハ。だったら全員邪魔だ。どっか行ってくれ」

「邪魔?ロックジョーさん、その言い方は……」

「はぁ。相変わらず口が悪いですね。ロックジョーさんが本気を出すと、少なからずとも皆さんに被害が及ぶからですよ」

「そ、それはちょっと困るのじゃ。逃げれそうにもないし」

「また動けない!」

イフリートの雄叫びで、再び麻痺してしまった。

「ガッハッハ。ちょいと暴れるぞ。下がってろ」

「麻痺ってるんで動けませんよ!」

「ガッハッハ。守りながら戦う程の余裕はないぞ」

その時イフリートが、大きな口を開け、地面ごとゼンジを丸呑みにした。

「ゼンジ!」

『え?』

ポーラたちは目の前の現実に、何が起きたのか思考が追いつかないでいる。

「……嘘……ゼンジ……ゼンジ~!」


(女神様、こちら自衛官、
攻撃が全く効かないじゃないですか!外がダメなら体の中から……って冗談ですよ。自分、食べられたんですけど。どうぞ)
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