ダイキライ

ジャム

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「ありがと。どっか行ったの?」

特に商品名の入っていない紙袋を見て、オレが首を傾げると、力さんは「行ってないよ」と答えた。


「ワカに会いたくて買ってきたんだよ。でも物はいいよ」と袋の中身を指差す。

こういうとこが、力さんらしいと思う。

「力さんって大人だよね・・」

「バーカ。大人ってのは、もっとスマートでストレートで・・情熱的・・だ。それに比べたらオレなんて小学生並みだろ?好きな子の顔が見たくたって電話一本なかなか掛けられない。しまいにゃ、言い訳がましく土産がなきゃここまで来れないんだから」

そう俯き加減に、はにかんだ力さんは、帽子を取ると長い髪を掻き上げた。

遠回しに、好きだと言われてる事に気づいていたけれど、それに答える術が見つからなかった。

自分は、身体だけなんだ。

裸になって絡み合って貪って、どうすれば気持ち良くなれるか、わかってるのはそれだけだ。

気持ちは、あの夏の山荘に置いてきてしまった。

力さんの事は好きだ。

だけど、それがいい事なのか悪い事なのかわからない。

好きだったら抱き合えばいい、そう思う反面、自分の気持ちの不確かさに、それでいいのかと惑う。

好きってなんだろう?

渋木さんはある意味真っすぐだってわかる。

自分のものにしたい。だから抱く。

だけど、力さんは違う。

好きだと言ってくれる。

だけど、それだけじゃダメだと、あの時言われた。

好きだけど抱かない、と。

それだけでは身体は繋げない。

そんな感情が人にはある、という事を教えられた。

それが、オレにはわからなかった。

だから。

オレは力さんの笑顔を見ながら、自分を苛む。

ただ、体温を分け合いたいだけで、身体を繋ぎたいと思う自分を恥じた。

だけど、身体に染み付いたものは無くならない。

それが強烈な感覚なら尚更だった。



力さんは、少し王ちゃんの事や仕事の話をしてから、またうちのピアノを弾いて、オレに歌を歌わせただけで、満足そうに帰って行った。


その夜、オレは渋木さんの声を思い出していた。

『ワカ、オレはまだ諦めてないからな』

胸が締め付けられる。

渋木さんが欲しい。

好きやキライはわからなくても、オレの身体は素直にそう言っていた。

身体の中心に熱が籠る。

どうにも出来ず、解き放たれない爛れた熱が、膿んで腐ってく。

オレはパーカーを片手に、深くキャップを被ると家の外へと飛び出していた。


青信号の点滅に、小走りに道を渡る。


自分でも何がしたいのかわからないけど、足は王ちゃんの事務所に向かってた。


行ってどうにかなるなんて思ってない。


でも、どうしても、体の中で何かがのたうち回ってて、抑えられなかった。


渋木さんと力さんに、久しぶりに会ったせいかも・・。


あの夏の山荘の事が、沸々と込み上げてきて、胸がジクジクと痛んだ。


イヤだ。こんな気持ち。


オレ、何やってんだろう・・行って、どうしようって?


第一、王ちゃんも渋木さんもいるかわからないのに・・。


でも、もう待ってるなんて出来なかった。


オレ、頭おかしくなっちゃったんだ・・。


もうダメだ・・きっとダメだ。このままでいたらダメになる。


苦しくって、訳分かんなくて、裸になって飛び出しちまうかも知れない。


その位、首が締まってて水の中で空気を求めてる金魚みたいにアップアップしてる。


頭の中は、ボンヤリと滲んでいて、はっきりした答えは出てない。


けれど、体は明確な欲求に支配されてる。


自分では、もうどうしようも出来ないんだ。この熱を冷ます方法なんて、一人じゃ全然わかんない。


だから、これは賭け。












王ちゃんの事務所は、5階建てのビルだった。


シンプルに四角い建物は、全面がガラス張りで出来ていたが、全ての窓にスクリーンが掛かっていて中の様子を見る事は不可能だった。


ビルの手前まで来て、怖じ気づく。


一体何をしに来たんだオレは・・。


まず、ビルの入り口に警備員がいる事に、怖じ気づいた。


どうやって、自分が王ちゃんの身内だって証明すればいいのかわからなかったし、会いに来たと言っても、なんて言えばいいのか思いつかなかった。


バカだ・・オレ・・。


ここまでくればなんとかなる、みたいな、変な期待してた。


「マジでアホかオレ・・」


歩道の端っこでしゃがみこみ、頭を抱えてオレは地面を見つめた。


ここまで来たのに・・。


そうだよ。オレ、来たじゃん。恥ずかしがってる場合かよ・・。自分でもう耐えられないって決心したんだろうが!


なんとか膝を立たせ、立ち上がる。


大丈夫、オレ、王ちゃんと似てないけどさ。


なんせ・・あの渋木さんが認めてくれた顔なんだぜ?


きっと、開発中の新人タレントくらいに思って貰えるって!ヨシ!


キャップを被り直し、堂々と正面玄関に向かって近づいて行く。

少し離れた場所に数人の女の子達が、誰かの出待ちなのか、たむろしていた。

その横も通り過ぎて、玄関前、濃紺の制服姿の警備員に軽く頭を下げて会釈をし、ガラス扉へ手を伸ばした。

「ちょっと待って。どちらへ御用ですか?」

背が高くガタイのいい警備員に、あっさりと捕まえられて、心臓が飛び跳ねた。

ああ・・マジかよ・・っやっぱこうなっちゃうのか・・っ

それでも、ここで捕まって簡単に追い返されて堪るか・・!

オレはキャップを取って、「おはようございます」と挨拶し、腕を掴まれたままで、警備員の目を見つめた。

「オレ、渋木さんにここに来るよう呼ばれたんですけど」

すると、警備員の顔が「渋木さん」に反応した。

腕を掴んでいた手から一瞬、力が緩む。

が、気を取り直した警備員に再度しっかりと腕を掴まれ、

「ああ・・。なら、こっちで待って貰いますよ。今連絡入れますから」

と、引っぱられるようにビルの中へと連れ込まれる。


これは・・うまくいったのか・・!?

っていうか・・!オレほんとに渋木さんに会いに来たことになっちゃったじゃん・・!!

どんな顔で渋木さんがオレを迎えに来るかと思うと、恥ずかしくて顔が熱くなった。

なに・・やっちゃってんのオレ・・っ

何が『賭け』だよ!

オレが誰に会いに来たってんだよ・・?

誰に・・?

誰に何を求めて・・っ

頭の中がグジャグジャになる。

警備員に引っ張られて、通された部屋は無機質な白い部屋だった。

まるでテレビで見た刑事ものの取り調べ室みたいな雰囲気。

壁、椅子、テーブル、そんだけ。

そのあまりに媚びのない部屋の違和感に、部屋の入り口で立ち尽くしてしまうと、警備員にドンッと背中を押され、つんのめる。

「入れよ」

横柄な態度に思わず振返ると、警備員の男が帽子を外してテーブルの上に投げた。

帽子を取った男の顔は、意外と若い。

20代の後半くらい?短く刈り込んだ髪型や鋭い一重の吊り上がった目が、制服そのまま警察官や自衛官のそれを連想させた。

「で?渋木さんがなんだって?どこでその名前聞いてきた?ったく、こういうの本当に多いんだよな。あの忙しい人が個人のアポなんか取る訳ねえだろ?」

眉間に皺を寄せた警備員の男がガリガリと頭を掻く。

オレは、本当に取り調べ室に連れて来られたんだと知って愕然とする。

やっぱ、無理だったんだ・・。しかも渋木さんの名前出した時点でアウトかよ・・!ツイてない。

正直に、王の弟だと言おうかと迷っていると、男の手がオレの顎を取った。



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