ダイキライ

ジャム

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「なんかワカが、おかしい」

次のツアーで歌う曲目選びと、社長との会食のため、事務所の応接間で打ち合わせをしてる時だった。

応接間と言っても、たかだか5階建ての小さな事務所だ。

革製の黒いソファーセットに、ありきたりな木目調のローボード、青々とした南国風の観葉植物に壁には有名な名画のコピーが高級な額の中に飾られている。

そのソファーの1人掛けの席に座っているのは、見たまんま野獣肉食系の王だ。

筋肉質で長身、最近焼いた浅黒い肌の顔は、キツい吊り目、日本人にしては高い鼻と、唇は少し厚め。肌の黒さを目立たさせるためか、今日は白いノースリーブのパーカー、そのチャックを下げ、広めに開けた胸元にはシルバーの二重チェーンが覗いている。下半身はビンテージ物のダメージジーンズに、靴ひもの乱れた黒いワークブーツ姿。

その相方の力は、3人掛けのソファーに座り、柔らかく沈む背もたれへゆったりと背中を預け、資料を片手にツアーの日程をじっくりと確認している。

まだ9月の残暑が厳しいというのに、力は黒のジャケットを羽織り、中には水色のサマーセーター。細身のチノパンを足首で軽く巻くり、足には明るい茶色の革靴。

着やせする体質で、顔も際立って派手さは無いが、あっさりとしていて整った顔立ちだ。

全く趣味の違う二人がユニットを組んでデビューすること早7年。

最近出したアルバムの売れ行きはなかなか好調で、社長が激励の食事に誘ってくれる位いには、人気が出てきた。

だが、本人達はその事に特に感慨は無く、特に王の感心は、可愛い弟のワカの話ばかりだ。

「なんか変なんだよ」

王がポツリと漏らした呟きに、力は、一瞬ピンとキた顔をしたが、敢えて一旦スルーし、何も進言しようとはしない。

そういうところが、空気を読める、力らしいところだ。だが、そのせっかくの優しい気遣いを無にするように、オレは「ワカがどうしたって?」と、話題を王へと戻した。

と、あからさまに目をつり上げ、自分の膝の上に頬杖をついた王が「テメーにゃ言ってねえ」と、オレを睨んだ。

「お前の心配ごとを心配して何が悪い?オレはお前のマネージャーだぞ?」

嘯くオレに王が更に目を吊り上げる。

「お前の心配は、オレじゃなくてワカの心配だろ」

王の鋭利な視線を受け止め、数秒室内に沈黙が流れた。

この険悪な空気に、仕方無さそうに力が「まあまあ。話し聞くから」と王の話の先を促す。

王は憮然としながらも、力に向き直り口を開く。

「昨日オレが帰ったのに、アイツ部屋から出て来なかったんだ」

「ふ~ん。寝てたんじゃないの?」

と、力が極力当たり障りの無いコメントを返す。

が、王は敏感に自分の弟の異変に気づいているのだろう、「ワカはオレが帰ってきたら、寝てても起きる奴だ」と反論すると、胸の前で腕を組んでソファーに反り返る。

「まあ、そんな日もあるんじゃないの?それより、渋木さん、明日ってどこで撮影やんだっけ?」

と、それ以上話を聞きたく無い力は、資料のプリントを捲りながら、オレに仕事の話を振ってくる。

が、「キヌタだ」と短く答えたオレは、「それでワカは元気なのか?」と、再び王へ話を返し、上着の胸ポケットから煙草を取り出し、開け口の横を数回軽く叩いた。

そんなオレに、力は、あからさまにイヤな顔をして、自分の額を手で押えた。
王は苦々しい顔で、「朝も会ってねえ」と呟き、オレが薄口で作ったホットのレモネードを口に運ぶ。

王はこれでも歌手として喉のケアは人一倍気遣ってきた。

見た目がチャラチャラした露出ケモノ系だろうが、自分の声へのプロ意識は一流だ。

夏でも冷たい物を飲んだりは絶対しないし、刺激物の摂取は極力避けるようにしている。

煙草を一本、口に咥えようとしたが、王の返事に思い止まった。手にした煙草をもう一度箱の中へと仕舞う。

「そうか。それは心配だな」

そう言って、オレは腕時計で時間を確認した。

社長との会食は7時半からだ。まだ一時間は余裕がある。

そんなオレの態度を察した力が、オレの名前を低く呟いた。

「渋木さん・・」

力は前屈みになって両膝の上に肘をつき、両手の指を顔の前で組んで、その手の隙間からオレをギロリと睨んだ。

言葉にしないが、オーラで『アンタがどっかに消えたら王が暴れ出すよ』と脅している。

確かにそうだ。王はワカを本当に大事に思っている。それも、オレに違わず、かなりのご執心だ。

たかが1日2日、高校2年生にもなる弟に会えなかっただけで、このむくれよう。

少し、いや、かなり、変質な兄と言えるだろう。

「そんなに心配なら電話して来たら?」

力の提案に、王が「そうだな。そろそろ家に帰ってる頃だ」と席を立った。

王が部屋を出ていくのを目で見送ったオレに、力が口を開いた。

「渋木さん、ワカと会ったんでしょ?」

力は、1を言えば10を理解してしまうようなところがある。

察しのいい力に、隠すつもりの無いオレは「ああ」と正直に答えた。

その答えに、力は眉を顰めた。

「なんで?王がもう会うなって言ってたじゃん」

「会わないつもりでいたんだが、偶々な。それに、アイツがオレに会いに来たのに、それを拒む理由はオレには無い」

「ワカが来たの?まさか、ここに?」

驚きを隠せない力が、声を潜めて、オレの方へ前屈みになる。

「ああ」

と、端的に答えると、力はそれ以上聞く必要は無いと判断したのか、諦めたように黙りこんだ。

硬く目を閉じ、何かに耐えるような表情を浮かべ、何度か自分の髪を後ろへ掻き上げると、決心したように目を開いた。

思案の末に力は、早口でオレに囁いた。

「王は、ワカを抱いた」

力の台詞に、一瞬何を言われたのかわからず、オレは力と視線を合わせたまま、声を出す事も、指を動かす事も何も反応を返す事が出来ず、ただ呆然と力の顔を見つめていた。

すると、部屋のドアがガチャリと開いて、王が部屋の中へ戻って来る。

「居なかった」

誰が?と聞く必要なんか無い。ワカの事に決まっている。

そして、ワカがどうして電話に出ないのか、それも今のオレにはわかりきった答えだった。

多分、ワカは今、オレのマンションに居るだろう。

抱き合ったのはつい2日前。

もうオレの手で無理に開かなくても、ワカは自分から、オレを甘くキツく飲み込んだ。

ワカは、オレを好きだと泣きながら体を繋げ、そこにあるのが当たり前のように、一番深い場所にオレを誘い引きつけると、何度も何度も白濁を撒き散らしてイッタ。

きっと今頃、糸の切れた凧のようにフワフワとオレの部屋へ来ている筈だ。

体が、ワカにそうさせる。

いや、オレがワカの体に、そう教えたからだ。

ワカが求める甘い蜜を、あの無垢な体にたっぷりと注ぎ込んだ。

それは、アイツの世界が180度ひっくり返る位いの衝撃を受けるような大事件だったに違いない。

だが、そこまで狂わせた事をオレは今、密かに後悔していた。

意地を張って、ワカに求めさせるのでは無く、自分から早々にワカに会いに行けば良かったと後悔する。
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