補講します。

ジャム

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代行です①

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まだ夏の暑い盛り。
補講でほぼ夏休みを潰した僕は、最後にたった一週間だけ残った休みを神田木と二人で過した。
とは言え、神田木の本職は近くの大学に務める講師で、学生が夏休み中でも仕事はある。
専門学校の講師アルバイトが終ったからと言って夏休みがすぐに取れる訳ではなかった。
その後、神田木が休みを取れたのは土日を含めた3日だけ。
そのうちの2日を、鎌倉近くの海で過し、シーズン最後の打ち上げ花火も見る事が出来た。
僕は、この夏の終りに恋人と泊まりで旅行に行くという初めての体験をした。
短かったが、楽しい事もいっぱい、恥ずかしい事もいっぱいあった。
その最たるものが、泊ったホテルのベッドのシーツを汚してしまった事だ。
神田木が巧妙に自分の射精を遮るので、滴る程の先走りでシーツを汚してしまったのだ。

いや、多分、一回くらい射精しちゃってたかも・・
もしかしたら・・二回・・
いや、でも先生にフェラされてイッたのもあるし・・

と、昨夜の記憶を神田木の車の中で蘇らせていたら、次第に居たたまれなくなった。
男二人で泊った部屋のシーツが、あんなにシミだらけになっていたら、絶対おかしいと思われる。
そんな事を悶々と気に病んでいたら、神田木に「なんか元気ないな」と心配され、実は・・と内心を打ち明けると、神田木に大爆笑されてしまった。
「カエデは可愛いな~・・たまらん」
そう言って車のハンドルを握りながら、カエデの頭をくしゃくしゃと撫で回した。
「心配すんな。ああいう所の人間は場慣れしてるから、どうせ女呼んでヤリまくったくらいにしか思うてへんやろ」
「え・・そっちに思われるのも、すごいヤなんだけど」
そんな風に思われたら、もう二度と同じホテルには泊りには行けないとカエデは蒼くなった。
「わかった、わかった。今度泊りで行く時は、オレがシーツ持参で行ったるワ」
「うう、もっと違う案は無いの・・?」
これじゃ、おねしょが気になって校外学習に行けない子どもみたいだ。
「そうやな・・エロい方と、ドエロい方があるけど、どっちがええ?」
「それ一緒じゃん・・っどっちも嫌です」
即答した僕に神田木が噴き出す。
「わかった。じゃあカエデがイク時はオレが全部飲んでやるか」
「ワーーー!!なんでそんな恥ずかしい事、サラッと言っちゃうワケ!?」
「あー?これでも、ドエロい方じゃねえぞ」
淡々と神田木に言われて顔が引き攣る。
神田木が大人過ぎて、ついていけない。
これでドエロい方じゃないと言われて、じゃあそっちはどんな案だったのか気になってしまう。
神田木が自分で言うくらいだ、相当にエロい事だろう。その辺、神田木は遠慮がない。
セックスの時の神田木は、雄の本性丸出しで自分に挑んで来るから、どれだけ自分が性欲に疎かったのかがよくわかる。
「今度、大学病院の方からカテーテル貰って来るか・・」
そう呟いた神田木の台詞の怖さを、僕は後でネットで知る事になる。
この世の中が、何でも調べられる時代で良かった・・かは、わからないが、暫くは神田木の部屋に泊まりに行く事は控えようと心に決めたのは事実だ。



これで夏休みも終り。
後期の授業が始まる前日に、ハナちゃんが髪を切った。
「どしたの、それ」
「イメチェンしてみたの。でもちょっと切り過ぎちゃったかな・・これじゃ、カエデみたい?」
ふわふわくるくるの背中まであった長い髪をバッサリと切ったハナちゃんが、恥ずかしそうに笑って舌を出す。
こういう仕草に男はメロるのか。
これが、素で自分を可愛く見せるテクニックなのか。
つくづく、僕は女が怖くなる。
いや、本当に怖いのだ。
今までも、僕は何度も何度も、ハナちゃんがただの可愛いだけの女の子ではないという事を味わってきた。
自分をダシに神田木に近づいたり、神田木のメアドを寄越せと脅迫されたり、待ち伏せも然り。
それが、わかっているから、神田木に会わせたくない。
神田木がいくら僕を好きだと言ってくれても、顔が似ているだけに心配になってしまう。
いつ神田木をハナちゃんに取られてしまうかと怖くなるのだ。
そんなささくれた気持ちから毒が生まれる。
「長い方が良かったのに」
ふわふわ乙女のイメージで。
たぶん、神田木はそっちに興味はない。
だから、今までみたいな雰囲気でいてくれてた方が良かったのだ。
「似合わなくはないでしょ?だってカエデ似合ってるもん」
そうイタズラな笑みを浮かべるハナちゃんに、僕は眉を顰めた。
同じ様な顔で同じ様な髪型の二人。
二人の相違点は、かさかさの唇か、たっぷりと濡れた唇か、そこだけだった。



「お前の姉ちゃんと間違えた・・」
そう驚きを隠せない顔で、僕の横に座ったのはクラスメイトの吉木だ。
後ろからカエデだと思って肩を叩いて声を掛けたら、ハナちゃんだったと恥ずかしそうに項垂れる。
「お前ら、似過ぎ・・。つーか、あの人、めっちゃ可愛いな・・長いのも良かったけど、短くても全然可愛い」
「それ遠回しに、僕に可愛いって言ってる?」
「言ってねえ。あの可愛さは男の身体からは染み出ない」
「シミ・・!?」
吉木の言葉で、思わず神田木の台詞を思い出してしまい、肩がビクリと震える。
「イヤラシい言い方すんな・・!」
吉木の首を両手で締めてやると、慌てて吉木が僕の腕を掴んで引き剥がした。
「ったく、カエデは、お子ちゃまなんだから・・でも、お前が女装したら、あんな風になるんだろうな」
薄っぺらい胸元を指差されてドキリとした。
細い肩、ひ弱な腕、体毛の薄い白い肌。
一瞬、男か女かわからない中性的な容姿。
「ホラ」
と指差され、吉木の指がカエデのTシャツの袖口を引っかけ、下に引く。
袖の隙間から見える肌色に、宛てられた視線が強くなる。
「お前、細いせいか、こういうチラが、男のくせに本当ヤラしいんだよね」
吉木の手を「ハイハイ」と、机に頬杖をついたまま顔を背けて払い除けたが、内心では心臓が飛び跳ねる程焦っていた。
なぜなら、神田木と旅行した際、神田木に身体中にキスマークを付けられてしまったからだ。
特に乳首の回りにはねっとりと赤いマークが重ねられ、その中心で尖った肉粒にもありあまる愛撫を施された。
もともとが肉が薄い身体なので、噛んで揉まれて腫れぼったくなった自分の乳首を見ると恥ずかしくて堪らなかった。
そして、気になるせいか、つい触ってしまう。
風呂場で、指で触れて、その瞬間、自分が神田木を思い出している事に気付いて、慌てて手を引っ込めた。
赤く膨らんだ胸の突起が自分を恨めしく見上げている。
どうしてやめてしまうんだ、と責められているようで、慌ててシャワーを勢い良く出し、頭から被った。
神田木と抱き合うようになって、自分の身体がイヤラシくてしょうがない。

インランだ・・
これじゃ、インランだよ・・

泣きたい気持ちになって、カエデは浴室の鏡の前で、両手で額を抑えて項垂れた。
自分の身体がイヤラシくてしょうがない。
神田木の事を考えると、どうしても抑えられない衝動が沸き起きる。
身体が内側から細胞分裂を起こして組み替えられてしまったみたいに、条件反射みたいに『神田木』の全てに反応する。

先生が欲しくて堪らない・・

そんな気分になって、それを打ち消すように首をブンブンと横に振った。


「夏休み、どうだった?」
だからだろうか、吉木のそんななんでもない問いにも、神田木との事が思い出され、顔が熱くなるのを隠して「補習だった」とそっけなく答えるのがやっと。
「あー、そっか、お前、全部赤点だったもんな・・!」
大ウケする吉木に、自分の顔が赤い事に気付かれなかった事をホッとしていると、始業のチャイムが鳴った。
薄っぺらい教室のドアを開け、担任が入って来る。
これまた薄っぺらい白衣に身を包んだ70近い爺ちゃん先生だ。その担任の後ろに続いて入って来た人間に、カエデは驚いて声を出しかけた。
軽く手を上げ、神田木が教室の壇上に上がる。
「おはよう。彼、知っている人もいるでしょ?夏休み中の補習を担当してくれた神田木先生です。実は、私ね、今月、研修会があったり、海外で医学会に呼ばれてしまったりして、その間、私が授業を抜ける日に、彼に代わりに来て貰う事になりました。まあ、N大の優秀な講師なので、教え方は私より上手いよ。聞きたい事があったら、彼がいる内に色々質問して」
担任から揶揄うような紹介を受け、神田木が会釈する。
当たり障りのない自己紹介の後、この夏休みの補講の時の感想を述べ、カエデをジッと見据えると「カエデ、またよろしくな」と笑顔で付け足した。
壇上から直に声を掛けられたカエデは真っ赤になり、慌てて礼をするのが精一杯だった。

聞いてない・・!

カエデはついさっき自分の頭の中を占めていた顔が、今、目の前にある事に激しく狼狽えた。
まさか、実物が目の前に現れるなんて思わない。
来るとわかっていたら、あんな事を思い返したりしなかったのに・・
そう自分を呪っても遅かった。
とにかく、気を沈めようとカエデは必死で頭の中で小難しい医学用語を連ねた。
バカみたいにDNAの塩基配列を唱え、静かに深呼吸をする。
こんな大事な事を黙ってるなんて、本当に神田木はいい性格をしている。
きっと海に行った時には、この話はついていた筈だ。
それなのに、昨日、電話で話した時も自分には何も言わなかったのだ。
嬉しいけれど、呆れた。
当の神田木はイタズラが成功した子どものように嬉しそうな顔で笑っている。
またこれから学校で神田木に会えるのだ。
それが嬉しくない筈はない。
けれど、少しだけ心に影が差す不安もある。
それは、ここにはハナちゃんもいるからだ。
自分と会えるのと同じ分だけ、神田木がハナちゃんと会う機会も出来るからだ。

授業が終ると同時に、神田木のところへ問いつめに行こうと事務室へ向かった。
すると、エレベーターホールで既にハナちゃんに捕まっている神田木の姿がある。
その光景に、正直うんざりしてしまう。
1人、頭一つ分飛び出ている神田木が女子3人に囲まれ、彼女達の質問に相づちを打ちながら、何か答え辛そうに笑っている。
近づきたくない気もするが、ここで引いてどうすると自分を叱咤した。
神田木は、自分の彼氏だ。
ハナちゃんに遅れを取ってどうするのか。
そう自分に言い訳をしながら、なんとか神田木の視界へと入る。
と、期待した通り、神田木がカエデに気付き、目を細めて体の向きをカエデに向けた。
ハナちゃん達に「またな」と振り返ってから、こっちへと近づいて来る。
そんな神田木にホッとしつつも、カエデは眉を釣り上げた。
「カエデ」
「先生・・!もう、先生じゃないって言ったくせにっ」
カエデの批難の声も嬉しそうな顔で受け止め、神田木は両腕を広げてカエデを胸に抱き締めてしまう。
「ワーーーッ」
こんなとこで何すんだ・・!?
と、悲鳴を上げたカエデの頭を神田木はくしゃくしゃと掻き混ぜ、
「怒ってるカエデも、可愛い、可愛い」
と、満面の笑みで抱擁し、
「カエデ、またプリント括るの手伝ってくれ」
と、肩を抱いたままカエデを事務室へと拉致した。
この怒濤の神田木の攻めに、カエデは真っ赤になってバクバクと心臓を鳴らすだけで、何の抵抗も出来なかった。
これだから、神田木には敵わないのだ。
それでも、一応の主張はしておかなければ、この先もきっと神田木に勝つ事は出来ない。
「あのさ、本当に怒ってるんだけど・・っ」
事務室内なので、気を効かせて小声で訴えるカエデに、神田木は噴き出しそうになった。
一応、机の前と横はパーティションで区切られているとは言え、すぐ後ろは丸見えだ。
事務のお姉さんが時折、コピー機へと歩いて行くし、書棚へと資料を探しに行く先生もいる。
なのに。
神田木は隣に座らせたカエデの肩を掴んで引き寄せると、スッと顔を寄せてキスをした。
それから「黙ってて、ゴメンな」と神田木が囁く。
こんなキスで許されると思ったら大間違いだ。
そう思うのに、もう、少しも怒れない。
神田木が教室に現れた時の驚きや、さっき見た光景でささくれた気分より、神田木にキスをされて嬉しい気持ちの方が勝ってしまう。
会えないより、会える方がいい。
遠くより、近く。
声より、キス。
そんな風に神田木が愛しくて、机の下にある神田木の手にそっと手を重ねてみた。
その手を神田木の手がひっくり返して、今度は指を組んで握り直して来る。
いわゆる恋人繋ぎみたいに。
「夜、一緒に飯食いに行こか」
神田木の明るい声に、カエデの口元も弛む。
「ステーキがいい」
「お前・・それ、絶対、オレに払わせる気やろ」
途端に暗い顔になった神田木に、カエデは事務室内だというのも忘れて爆笑したのだった。
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