僕の体で神様を送ります。

ジャム

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中間テスト

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今年の夏は、一体いつから始まっていたのか。

気がつけば連続猛暑、最高気温の記録更新。

日本中がぐったりするような暑さで全ての生気が失われそうな危機感を感じながら、オレ達はどうする事も出来ず『毎日』を繰り返している。



『それでも地球は回ってる』

明日がくれば、今日も終わる。



だけど、そんな日常を淡々とやり過ごすには、今年の夏は少し暑すぎた。

部屋の壁に掛けられたハンガーには、少し大きめのYシャツ。

その袖を手に取って、しばし見上げてしまう。

そうしてみると、まるでそこに『彼』がいるようで、胸が締め付けられた。



早く返しちゃえばいいんだ。

そうすれば、こんな風に思い出したり、胸が痛んだりしない。



「リュウト」

オレを背中からやさしく包む腕。

その少し冷たい体温が、いつでも傍にある事に少しホッとする。

握っていたYシャツの袖を放して、背後に立つ睡蓮を少しだけ振り返る。

「・・さびしいんですか?私がここにいるのに」

オレの心の中が読める睡蓮は、頭一つ分上から、その優しく低い大人の声でオレを責めた。


「寂しくなんかないよ」


本当は、そんな強がりを言っても無駄だ。

睡蓮には、自分の気持ちが全部見えてしまう。

全部わかった上で、睡蓮が自分を強く抱き締め支えてくれる。


そんなやさしい手が、この世界にはもう一つあることをリュウトは知ってしまった。
が、
今はただ、睡蓮の優しい抱擁に包まれていたかった。
自分の中に生まれる、怪しいモヤモヤに心を支配されたくない。

憂火の事なんかーーー、考えたくなかった。








3回目の『神送り』。

それはやはり唐突に、リュウトの足下に、ゴロニャンと湧いて出た。


神の国という異次元へ戻りたいという願望。

どんな事情がそっちにあるのか知らないが、それでも、

「ちょっと待て!」

と、その自称神様を制さずにはいられなかった。


もちろん、神側にとってもリュウトの事情なんてものは全くお構いなし。

その日が一学期の中間テストの日だろうと、朝っぱらだろうと、10分しか無い休み時間だろうと、関係なくやって来る訳だ。



「無理!」

リュウトと睡蓮は、学校に現れた自称神様を、人目を避けて社会科準備室に引っぱり込んだ。


「人間如きが我にもの申すか」

仰々しい口調は、正に神様口調だが、見た目は茶色の虎柄の・・デブ猫。

「待って待って・・・睡蓮、コイツ本当に神様な訳?」

睡蓮は腕を組んでデブ猫をマジマジと見つめ、

「まだ成り立てって感じではありますが・・間違い無いですね」

と、オレの顔を見た。

「いや・・ちょ、睡蓮~~~っオレ、テストだしっヤバいって!しかも猫って猫ってどうすりゃいいんだよ~~っ」

体に触れなくてもオレの心中を察してくれた睡蓮は、デブ猫に向き直る。

「神よ。その姿で逝かれるおつもりですか?そのお姿では、少し難儀するかと・・」

「なに?猫の何が悪いというか?」

恐ろしくダミ声でデブ猫が鳴く。

「出来れば人のお姿に。人間が姿を変える事は出来ませんので・・。それとも・・自ら精を絞られますか(自慰するか)?」

と、ニッコリと笑う睡蓮に、デブ猫はややショックを受けた様子で、自分の耳をピンと立たせた後、何度も何度も毛繕いのように舌で体を舐め始めた。

「動揺を隠すために毛繕いを始めてしまいましたね。まだまだ(神として)浅いです」

「睡蓮・・自分でって・・どゆこと?」



『神送り』は、リュウトの体の中と外での精の放出により、神の国という異次元への門をリュウトの中に開かせる儀式。



「つまり。初めてした『神送り』の時と同じように、・・入り口を変えればいい訳です」
と、睡蓮が自分の唇を指差した。

その残酷な合図に、思わずリュウトは両手で口を押え、首を横に振った。


「飲めって!?猫のを!?」


「そして、あとはリュウトの方を・・私が」

透き通った水色の瞳、超絶美形な容姿からは想像もつかないその淫靡な発言に、リュウトの背筋がゾクッと戦く。


「ちょ、待って待って!とりあえず、オレ、テストに・・休み時間終わっちゃうし」


「逃がすか!」


立ち上がろうとするリュウトの腕に、デブ猫が飛び付いた。


「いや、無理!いくらなんでもオレっ・・オレ、猫のやつ飲めないって!睡蓮助けて!」


リュウトの悲鳴に咄嗟に睡蓮がデブ猫を抱き上げ、リュウトの体から引き剥がした。


「ありがと!!睡蓮!ちょっとそのままソイツ抱っこしてて。50分したら戻って来るから!」


「あ・・リュウトっ」

「お前、精霊のくせに、私に逆ら」

激昂しかけたデブ猫の顎の下に、すかさず睡蓮が掌を差し出した。

そのまま顎の下の柔らかな毛並みを撫でさする。

すると、デブ猫は気持ち良さそうにグルグルと喉を鳴らし始めた。


睡蓮は、安堵の息を吐いた。

しかし、これで50分持つのか・・と、不安になりながら、猫を膝の上に抱き直し、猫の頭や顎の下を撫で続けた。




とりあえず、教室に戻ったリュウトだが、まるきりテストに集中出来ない。



それもまさかの『猫の○○』を飲め、という難門に直面した直後では、仕方ない事だろう。


それは、この世界の常識からかけ離れた異次元の世界の話なんだ、と、割り切って考えようとしても、現実に対応しなければならないリュウトにはカルチャーショック過ぎる内容だった。




マジで頭おかしくなるかもオレ・・。

猫の○○って・・見たことも聞いたこともねえ。

ただでさえ、神様かなんかわかんない奴らと、ヤリまくんなきゃいけない体になっちゃったってのに・・、マジ無理!


アリエナイ!


何この体・・『門』とかホントどうでもいいっ!

いっその事・・逃げて逃げて逃げまくってやろうかな・・?




テスト中だというのに、リュウトの思考回路は完全にショートし、ただ自分の理不尽な運命を呪うしか出来ない。


机の上のテストの問いに一つも手がつかないまま、時間は着々と過ぎていってしまう。

頭を抱えて項垂れていると、答案用紙を指でトントンと叩かれ、リュウトは驚いて顔を上げた。

そこには。

真っ黒なスーツに身を包んだ、白髪混じりの中年の男がリュウトを見下ろしている。


「し、死神!!」



思わず口から出てしまい、慌てて回りを見回すと、クラス全員の動きが時間が止まったように静止している。

「うそ・・止まってる?」

「時間を少し止めた。お前にちょっと用があってな」

「え!また!?」

思わず顔を赤くするリュウトに、憂火は噴き出しそうになった。

そのリュウトの頭をポンポンと叩くと、憂火はリュウトの手元を指差す。

「これとこれ。これも。そっちは・・・これだな」

英語の問題の選択肢を次々と選び、ものの3分、リュウトは答案用紙の空白を殆ど埋める事が出来てしまった。

「あ、ありがとう・・!」

憂火の顔を見上げ素直に礼を言うリュウトに、いつもはしかめっ面の憂火も破顔した。

「この間は世話になったからな・・」

その台詞に、数日前の憂火との事が一気に思い出され、リュウトは自分の顔が熱くなる。

「憂火さん。そろそろ」

前の黒板の横の壁に寄りかかっていた暮が、腕時計を見ながら憂火に声を掛けた。


「リュウト、お前の『門』を無理矢理通ろうとするヤツが来るかも知れない。オレ達が全力で阻止するが、もし、お前の前に現れても絶対に通すな。どんな理由があっても絶対だ」

「ええ!?なにそれ」

「もし、襲われそうになったら連絡しろ」

「襲われ!?」

そう言って、憂火は内ポケットからサインペンを出し、ペンのキャップを口に咥えて外すと、リュウトの右腕に自分の携帯のナンバーを書きなぐった。

それも腕の真ん中に大きく。


「ちょ、そんなデカデカ!」

「他の人間には見えねえよ」


腕を解放されて、見るとちゃんとリュウト側から読めるように数字が書かれていた。

「あんたの・・携帯?」

その数字の羅列を眺めながら呟くと、リュウトの頭上から小さな低音が響いた。


「憂火」

「え」


小さな声に、リュウトは憂火の顔を見上げた。

と、目線を合わせようとしない憂火が一度咳払いし、

「憂火だ」

と、もう一度呟いた。

同じ様に、リュウトも「憂火」と、口を動かす。


それに憂火は満足したように、うんうんと軽く頷くと、暮の方へと向かって歩き出し、リュウトへ後ろ手に手を振った。


その背中がフッと視界から消え、一気にリュウトの周りの時間が戻ってくる。


一斉にクラスメイトが動きだし、皆が必死に問題を解く様子にリュウトは一人顔を上げて眺めていた。


「どうした水橋?」


教科担当の教師がリュウトに声を掛け、近づいて来る。

が、リュウトの答案を見て、「終わったんなら見直し!」と、リュウトの頭をポンポンと叩くとまた教壇へと戻って行く。

リュウトは自分の頭を撫でながら、教室の前方を眺め続けていた。

たった今、目の前にいた死神達は、リュウトが瞬きもしないうちに教室から消え去っていた。
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